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#読書感想文

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文芸書から自己啓発書まで、読書感想文として書き留めています。ご参考になれば幸いです。
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2020年11月の記事一覧

安部公房(1991)『カンガルー・ノート』の読書感想文

安部公房(1991)『カンガルー・ノート』の読書感想文

大学時代、安部公房の『壁』と『砂の女』を読んで、うわさどおり、予想どおり「ああ、天才だな」と生意気にも思った記憶がある。

その勢いで、ほかの作品もどんどん読んでいけばいいのに、その当時の私は「天才であることはわかった。放っておこう!」と安部公房から離れてしまった。なぜ、そう考えたのかは、はっきりとは覚えていないのだが、心残りではあった。安部公房の天才ぶりを確かめずに、死ぬのはよくない。

という

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川上弘美(2006)『ざらざら』の読書感想文

川上弘美(2006)『ざらざら』の読書感想文

川上弘美の『ざらざら』を新潮文庫で読んだ。2006年にマガジンハウスから出版され、2011年に文庫化されている。もとは、「Ku:nel(クウネル)」で連載されていた短編集だという。解説は吉本由美である。

川上弘美の文体はなめらかである。決してその巧みさを強調したりはしない。描かれる世界も特別ではないように思わせるが、特別な世界を描いている。

この『ざらざら』の登場人物たちは、当たり前のように恋

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安部公房(1967)『人間そっくり』の読書感想文

安部公房(1967)『人間そっくり』の読書感想文

安部公房の『人間そっくり』を新潮文庫で読んだ。文庫版の初版は1976年である。福島正実の解説によれば、もとは早川書房から1967年に日本のSFシリーズの一冊として出版されたものだという。

というわけで、この作品は、SFではあるが、決して奇想天外な展開はない。

主人公は『こんにちは火星人』という週6日の帯番組の脚本家(構成作家)の男性である。そこに火星人を名乗る男がやってくる。禅問答のようなやり

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安部公房(1975)『笑う月』の読書感想文

安部公房(1975)『笑う月』の読書感想文

安部公房のエッセイ『笑う月』を読んだ。単行本は1975年発行で、1984年に文庫化された作品である。

夢にまつわる17編のエッセイが収められている。ただ、エッセイといっても、夢の話であるため、ショートショート、短編小説だと思って読んだほうが、すんなり飲み込める。

印象深かったのは、終戦後、中国の瀋陽で、チフスが流行しており、医師免許はなかったが診療した経験があるとか、奉天市で育ったことなどが、

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川上弘美(2003)『ニシノユキヒコの恋と冒険』の感想

川上弘美(2003)『ニシノユキヒコの恋と冒険』の感想

川上弘美の『ニシノユキヒコの恋と冒険』を新潮文庫で読んだ。単行本が2003年に出版され、2006年に文庫化されている。

読了して、まず思ったことは、なぜわたしの人生にニシノユキヒコは現れないのだろう、ということであった。

ニシノくんは、色男である。川上弘美は、現代の光源氏として、『源氏物語』の翻案として、『ニシノユキヒコの恋と冒険』を創造したのだと思われる。

十人の女性の目を通して、読者はニ

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川上弘美(2009)『これでよろしくて?』中公文庫の感想

川上弘美(2009)『これでよろしくて?』中公文庫の感想

川上弘美の『これでよろしくて?』を中公文庫で読んだ。2009年に中央公論社から単行本が出版され、2012年に文庫化されている。解説は長嶋有だ。

この小説は専業主婦の菜月が主人公で、井戸端会議的なサークル活動と夫の家族問題が主軸である。

川上弘美らしい飄々とした文体で、重苦しさはない。専業主婦になったとき、直面しなければならない問題が描かれていく。

それは夕飯の献立といった日々の営みのことであ

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藤本和子(1986)『ブルースだってただの唄』の読書感想文

藤本和子(1986)『ブルースだってただの唄』の読書感想文

藤本和子の『ブルースだってただの唄』をちくま文庫で読んだ。もとは朝日選書として、1986年に出版、2020年ちくま文庫として発行され、解説は翻訳家の斎藤真理子である。

藤本和子が聞き手となり、編集した女たちの物語である。その語りは、悲劇でも喜劇でもなく、淡々としているが、凛々しさも感じられる。

彼女たちの人生の中心には、”黒人の女性”であることが、鎮座している。否応なく、それを意識せざるを得な

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