こんな時代だからこそ、私は書店を歩きたい。
本はネットで買う時代?
いやいや、こんな時代だからこそ、私は書店を歩きたい。
幼少期、小学館から出版されていた学年別学習雑誌、「小学◯年生」シリーズを読むのが好きでした。
毎月うちに遊びに来てくれていた祖父と駅前の書店へ行き、買ってもらうのが楽しみでした。
私は自己主張が苦手な子供でしたが、ときどき読みたい漫画をさりげなくおねだりしてみると、一緒に買ってもらえたりしました。
漫画を買ってもらった日は、それを見つけた母が、いたずらを見つけたように小さく笑って、私にアイコンタクトを送ってくれました。
私の書店の原体験は、ここにあります。
幼い頃に祖父と歩いた書店。巨大な書架に所狭しと並ぶ無数の本たち。当時は本気で、「この場所にはなんでもある」と信じていました。
本格的に読書をはじめたのは大学に入ってからでしたが、書店を訪れ、実際に本を手に取りながら選ぶことの楽しさは、幼い頃からずっと身体に刻み込まれていました。
今回は、私と書店についてのお話です。
私の書店との付き合い方、書店に対する愛。そんなことを、雑記として書き残しておきたいと思います。
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月に1度の冒険
私は月に1回、池袋で開催されている読書会に参加しています。
読書会が終わったら、その足でジュンク堂書店 池袋本店を訪れ、気になった本を購入するのが習慣です。
以前、ジュンク堂書店 池袋本店での購入本紹介のnoteを書いたとき、大型書店を見て回るルーティンについても書きました。今でも、その習慣は変わっていません。
新しい本との運命的な出会いを大切にしたくて、私は書店を歩きながら、未知の本の情報を得るように心がけています。
今はSNSなどで、新着本や話題本の情報が意識せずとも流れてくる時代です。しかしSNSの情報は、自分が興味のあるジャンルに偏ってしまう傾向にあります。
新しい本と出会う可能性を狭めないように、月に1回の大型書店での冒険は、何より重要です。
それまで自分が思いもしなかったジャンルの本との出会い、直感に任せて本を購入する喜び。これからも、その感覚を大切にしていきます。
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本好きであることを、無条件に受け入れてくれる場所
私の家の近所には、個人経営の古本屋さんがあります。
小さな店舗ですが品揃えは豊富で、思わぬ掘り出し物が見つかったりして楽しいです。
以前、京急梅屋敷の葉々社さんを訪れたときにも感じたことですが、小さな街の小さな書店にしかない、あの特別な空気感が私は好きです。
店主さんに小さく挨拶して、静かに店内を見て回る。かすかに紙の擦れる音が聞こえる静寂の中、丁寧に書架の背表紙をなぞっていく。
そこでは、時間の流れが、明らかに外界と異なります。
本を手に取りながら自身の感性に問いかける時間は、本を読まない人からすれば無駄に見えるかもしれませんが、私にとっては重要な栄養源。
大型書店も好きですが、私は小さな街の小さな個人書店の、本好きであることを無条件に受け入れてくれる空気感が好きです。
そこに行けば、いつまでも本のことだけを考えていていい、心の避難所。そんな古本屋さんで出会った本は、ひときわ思い入れが深くなります。
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右脳を最大限に働かせて
大型書店でも個人書店でも、店内を歩いていてお目当ての本と遭遇する瞬間は、何にも変え難い喜びです。
「読みたい本リスト」にある本を見つけたときの、あの高揚感。
そして、「読みたい本リスト」にはない本にどうしようもなく惹かれたときの高揚感も、忘れてはなりません。
インターネットやSNSで面白そうな本を調べて「読みたい本リスト」を作り、書店でその本を探して買う。
このようなプロセスで本を購入することが多いのが実情ですが、私はもっと、右脳を最大限に刺激するような本選びがしたいと思っています。
計画的、効率的な本選びではなく、もっと、感情的、感覚的な本選びを。
AIによるリコメンドで本を選ぶような受動性ではなく、野性の勘に従い無数の本から獲物を見つけ出す能動性を。
予定調和ではなく、偶然がもたらす選書をしたいです。
そのためには、やはり実際に書店に足を運び、頭の中にある固定観念をできる限り取り払って、直感で本を選んでいくしかありません。
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以上が、私の書店との付き合い方、書店に対する想いでした。
願わくば街の書店が、これからもずっと残り続けますように。
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