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ゼロの関係

少し前に月夜の祈りのラジオへ届いたレターの中に、
「仕事で人と接することは平気だけど、プライベートで人と関係を築くことが苦手」と書いている方がいた。嫌われるんじゃないか?とか、想像してしまうらしい。すごいわかると思った。

私も、接客を含むバイトをしている。お客様やスタッフとやり取りをするのは、心底合わない相手を除いて、まあ大丈夫だ。なんでかというと、お互いの目的が明確だから。お客様は欲しい商品が購入できればそれで良くて、私はそのために尽力する。スタッフはその日の営業が無事に終わればそれで良くて、私も同じことを願っているから、好き嫌いを抜きに、協力し合う。役割とか、力関係が決まっている時間って、私にとってはかなり楽だ。

これがプライベートになると、途端に緊張する。誰かと知り合うと、その人の中で自分がどういう存在なのか気になる。「こいつとの出会いはハズレ」って思われたくないし、その人にとって、私の優先順位ってどれくらいなんだろうとか考える。なぜか、ランク外だとは思っていない。仕事だと、ものごとの前提は会社が作ってくれるから、事実誤認(及びそこからの妄想)は起こりにくい。私がゼロからつくる日常は、人と関わると即、自分の病的なところが露わになり、もう引きこもりたいってなる。

だけど引きこもると、退屈になる。退屈ってすごい、自分に罰を与えている感じがする。そんな時に「あなたはどう生きたい?」とか書いてある記事を見ると、「どう生きたいってそんなんそのまま生きたいに決まってるやろ」とキレ散らかしてしまう。本当は、病的なまま世界と付き合って良いって、知っているのだ。好きなように出ていって、好きなように解釈し合いたいのに、自分を閉じ込めているから、怒るのだ。妄想とリアルの差にがっかりしたとしても、自分を晒していくことが、私の健康法だなと改めて思いました。

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