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#14 ビジネスゲーム研修の未来予測 〜NEXERAゲーム学習研究所立ち上げへの思い PART2〜
自己紹介
基本情報
大空 理人(おおそら まさと)、1999年生まれ、山口県出身
プロフィール
NEXERAゲーム学習研究所所長。2020年 NEXERAに参画。ボードゲームクリエイターとして従事した後、リサーチャーとして、2024年10月に「NEXERAゲーム学習研究所」の立ち上げを行う。東京大学大学院 学際情報学府にて、教育工学的なアプローチを通じて、ゲーム学習を研究している。
本記事は「#13 なぜ今ゲーム学習なのか 〜NEXERAゲーム学習研究所立ち上げへの思い PART1〜」の続きです。もし前回の記事をご覧になられていない方は、ぜひ以下URLからご覧ください。
さて、前回の記事の最後に、近年ゲーム学習市場の中でも特にビジネスゲーム研修が注目されており、実際にAWS(Amazon Web Service)やPwCといった企業でも活用が増加していることを紹介しました。
本記事では、さらに一歩進んで、なぜビジネスゲーム研修が注目されるのかを分析し、今後の拡大の兆しについて述べたいと思います。私が考える、企業でゲーム学習の研究活動を行う意義についてご紹介もできればと思いますので、ぜひ最後までご覧いただけますと幸いです。
なぜ、ビジネスゲーム研修が注目されるのか
前述の通り、海外でビジネスゲーム研修は注目されていますが、日本国内でも時代にマッチした学習手法として注目されるようになりました。その背景には、以下の3つの要因が挙げられます。
①ビジネスパーソンの学びの変化
②ゲーム学習理解への土壌形成
③多様なニーズへのコンテンツ開発
それぞれについて、詳しく紹介したいと思います。
①ビジネスパーソンの学びの変化
実践力 ▶職場学習(OJT)
基礎力と思考力を現実社会で活用し、持続可能な未来への責任を持って、自律的に活動し成果を生み出す行動力や人間関係形成力
思考力 ▶ゲーム学習
論理的・批判的思考力、問題解決・発見力、創造力、メタ認知・適応的学習力など、課題に対して思考する力
基礎力 ▶座学(講義、eラーニング)
言語スキル、数量スキル、情報スキルなどすべての学びの土台となる基本的な能力
現代の教育では、より急速に変化する社会や複雑化する課題に対応するため、単なる知識の習得を超えた能力が求められています。国立教育政策研究所は「21世紀型能力」を提唱しました。この体系は教育課程における指針ですが、大人の学習にも示唆ある内容となっています。具体的には、基礎力、思考力、実践力という3層構造で構成され、これらが相互に補完し合うことで、個人の成長と社会への貢献を目指します。
企業内教育では、基礎力は座学(講義、eラーニング)を中心とした座学のインプットによって、実践力はOJTなどの職場学習を中心としたアウトプットによって教育が行われますが、その橋渡しを行う思考力はこれまで受講者自身の解釈に任されていました。
また、思考力に関して、時間的・費用的なコストのかからない効果的な教育手法を設計することは常に課題となっていました。ゲーム学習はその穴を埋める教育手法として注目されています。単なる遊びではなく、教育工学的アプローチに基づいて設計された研修手法の一つであるため、その学習効率や満足度の向上が期待されています。
②ゲーム学習理解への土壌形成
ミレニアム世代以降(1981年生まれ〜)
・『ファミリーコンピュータ』が1983年販売
・幼少期からゲームの発展を肌で感じている
団塊Jr.世代+(〜1980年生まれ)
・ゲームに触れる機会がなかった / 少ない
・遊びと学びは「水と油」という感覚
実際にゲームで遊んだ、ゲームで学んだ経験があるゲームネイティブな世代が社会を構成するようになることで、遊びと学びを矛盾するものと捉えず、ビジネスゲーム研修への受容度が高まり、その普及が期待されています。
2025年には労働力人口の半数以上を「ミレニアル世代以降」が占めるとされています。ミレニアル世代(1981~1996年生まれ)は、デジタルネイティブとして初めて登場した世代であり、アナログからデジタルへの移行を幼少期に経験しています。
この世代より上の人々は、そもそもゲームに触れる機会が少なかったため、ゲームで学ぶ研修に対して若干の抵抗感を感じることがあります。しかし、知識詰め込み型の教育の限界はしばしば指摘されており、特に現代において退屈でつまらない研修は敬遠されがちです。そこで、ゲーム学習は課題解決のアプローチとして注目されてきましたが、受講者の社会的背景の変化により、その活用が受け入れやすくなることで、さらに普及する可能性が見出されています。
③多様なニーズへのコンテンツ開発
デジタルゲーム
システムの力を活用して、複雑なシナリオやリアルタイムのデータ処理が可能に。オンライン環境を利用することで、地理的に離れた学習者が同時に参加することができ、学びの機会も拡大する。
アナログゲーム
対面での交流や物理的な道具を用いた体験を重視する形式で、プレイヤー同士が直接対話しながらゲームを進めることが求められる。この対話を通じて、自然な振り返りや意見交換が促進され、学びの深まりが期待される。
現代において企業が抱える課題は様々で研修に対するニーズが多様化しています。例えば、マーケティング・財務・経営戦略といったビジネススキルからキャリアデザインやマネジメントといったテーマまで幅広い課題が浮き彫りになっています。
これらのテーマは、現実においても複雑で内容を分かりやすく伝えることが非常に困難です。しかし、近年のゲーム技術の進化により、構造的で知的な体験を提供することが可能になりました。デジタルはもちろん、アナログゲームに関しても、研究によって技術的な特徴が整理され、その表現力が格段に向上しています。
複雑なビジネスシーンも表現できるゲームの技術革新は、現代においてビジネスゲーム研修の普及を後押ししており、実際に業種・業界・規模を問わず、多くの企業で導入が進んでいます。ビジネスの現場では、リスクを伴うシミュレーションや演習を低コストで実現できる点で、ゲームを教育に活用する意義がますます注目されています。
ビジネスゲーム研修が拡大する兆し
ここまで述べてきた背景から、私はビジネスゲーム研修は時代にマッチした手法であると認識し、現在はその研究開発に努めています。
そして、こうした流れは今後さらに加速すると信じています。日本の生産年齢人口が減少する中、多くの企業では人的資本経営の推進がこれまで以上に重要になり、より高い効果を持つ教育手法が求められる時代に突入しました。
インターネットが普及した現代では、単に情報を知っているだけではなく、それを応用するスキルが必要です。また、生産年齢人口の減少に伴い、ミレニアル世代以降が占める割合がさらに大きくなるため、新たな世代に適した学習手法が求められます。
そのため、シミュレーションを通じて実務スキルを磨くことを目的とした「ビジネスゲーム研修」がさらに注目を集めることが期待されます。
ゲーム技術の開発コストの低下や表現力のさらなる向上が見込まれ、ゲーム学習が広がった未来も遠くはありません。
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ただし、ビジネスゲーム制作には高い専門性が求められ、開発には多くの時間とコストがかかります。また、運用時には適切なファシリテーターが必要であり、その育成も課題となります。
ビジネスゲーム研修の内容が一律的な場合、受講者一人ひとりの多様な学習ニーズに対応することが困難です。その結果、研修内容が受講者にとって抽象的なものに感じられ、学習効果が薄れてしまう可能性があります。
また、教育現場や企業研修の受講者は、職務経験、スキルレベル、学習目標などが異なる場合がほとんどで、新入社員と管理職では、研修に期待する内容や目的が大きく異なります。すべての受講者に対して有益な学びを提供するためには、研修の内容や形式が柔軟に調整可能であることが重要です。
こうしたリソースを確保するのが難しい場合があるため、自分自身がそのギャップを埋める存在になれたらと考えています。学術とビジネスを行き来できる、その狭間にいる人間だからこそできる価値提供を目指し、今後も活動を継続する予定です。
最後に、ここまでビジネスゲーム研修が拡大する兆しというテーマで書いてきましたが、その未来をつくる当事者として、実現に努めます。こうした個人的な想いや野望を持って立ち上げたのが「NEXERAゲーム学習研究所」です。以下プレスリリースでは、その紹介と第一弾の取り組みとなる研究レポートを公開しているので、ご興味のある方はぜひご覧ください。
今月の記事は以上です。それでは!
もっと詳しく知りたい方へ
・「AWS offers 6 game-based training experiences to power up your cloud skills」(2024),
https://www.aboutamazon.com/news/aws/aws-game-training-cloud-skills(最終確認日:2025年2月12日)
・「Games & simulations PwC Academy introducing you a unique experience of learning」,
https://www.pwc.com/cz/en/akademie/games-simulations.html(最終確認日:2025年2月12日)
・文部科学省(2013)資料1 教育課程の編成に関する基礎的研究(国立教育政策研究所発表資料)(4),
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/095/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/07/18/1336562_01_4.pdf(最終確認日:2025年2月12日)
・小々馬敦(2024)新消費をつくるα世代 答えありきで考える「メタ認知力」, 日経BP.
・藤本 徹 (編集), 池尻 良平 (著)・福山 佑樹 (著)・古市 昌一 (著)・松隈 浩之 (著)・小野 憲史 (著)(2024)シリアスゲーム, コロナ社.
筆者:大空 理人
NEXERAゲーム学習研究所 所長|東京大学大学院 学際情報学府 修士課程。Ludix Labにて、人の学びや成長につながる「楽しい経験」を創り出す学習コンテンツの設計や教育プログラムのデザイン方法論を研究。また大学院進学と同時に、株式会社NEXERAに新卒入社し、リサーチャー/クリエイターとしてビジネスゲーム及び研修カリキュラムの企画、開発、運用を行う。2023年に『ELSI Game Lab』を設立。科学技術と社会の接続・課題解決にも努める。
東京大学 ELSI Game Lab:@ELSIGamelab
大空 理人:@masato_edut