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#7 ゲーム学習のサービスデザイン PART1
以前の記事「#5 ビジネスゲームによる正統的周辺参加の可能性」で、ビジネスゲームにおける課題とその解決への糸口について述べました。
そこで、今回はその続きとして、より具体的な解決方法を見出したいと思います。
このテーマを考えるにあたって、「デザイン」という視点から、二部構成で記事執筆を行います。本記事では解決方法を提示し、次回の記事でそれに至った背景を紹介する予定です。
「失敗しないゲーム学習の導入方法を知りたい」「継続的なプロジェクトとしてゲーム学習を行いたい」といったテーマが気になる方はぜひご覧ください。
はじめに
冒頭でも触れましたが、以前の記事でビジネスゲームの課題について紹介しました。※詳細はこちら↓
まず簡単に前回の振り返り行いたいと思います。
そもそも現場学習には、社会的な実践共同体への参加度合いを増すことが学習であるという考え方があります。
言い換えると、「最初は下っ端の仕事(周辺)をしながら、より熟達している人がこなしているより重要な仕事(中心)を見よう見真似で覚えていき、徐々に参加度を増していくこと」を学習と捉えています。
しかし、その現場では学習に必要なリソースがないということで、そもそも現場で学ぶことが不可能であるという指摘がされてきました。
とはいえ、現場で学べないというは、私たちの感覚から少しずれていると感じる方もいるかと思います。実際、周辺領域には、実験的施行が可能な領域も存在し、その中で私たちは学ぶことができます。
ただ、その実験的領域さえ実現するには制約が多く、困難であるといわれており、現場学習をデザインすることはかなり困難です。
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そこで、期待されているのが「シミュレーション」です。シミュレーションは、実験的領域を成り立たせる要素を含んでおり、解決の糸口であるといえます。
シミュレーションという擬似空間で何を学ぶか、シミュレーションと現実のあわいで学びが転移するかという大きな懸念はありますが、その解消ができれば、より効果的な現場学習の方法を見出すことができます。
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では、それをどのようにデザインするべきなのか。
ここから今回の本題に入っていきたいと思います。以下では、次の3点に沿って説明を行っていきます。
・ゲーム学習提供の失敗例と改善方法
・ゲーム学習提供にかかせないADDIEモデル
・パッケージ開発のADDIE / カスタマイズ提供のADDIE
ゲーム学習提供の失敗例と改善方法
ゲーム学習におけるソリューション提供において、よくあるパターンが、ゲームで学んだことが実践で活かせないということです。
例えば、ビジネスシミュレーションゲーム研修を提供したものの、ゲームや講義が画一的であるため、現場の課題感やニーズから、かけ離れたものになってしまうという状況があります。
その場合、受講者は、当然ゲームで学んだことを実務で活用するイメージがわかず、成果につながらないという結果を招いてしまいます。
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そこで、改善方法を検討したいと思います。
結論としては、ゲームや講義の設計時に可変的な余地を残し、フルカスタマイズ可能な提供体制を整えることを提案します。
提案の型となるパッケージは存在しつつ、状況に応じてカスタマイズできるようにすることで、組織にフィットした提供が可能になるからです。
現場の状況や細かなニーズに対応できなければ、思い描く実践に結びつきません。パッケージとカスタマイズの二つが組み合わさることによって、効果的な提案につながるといえます。
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では、どのようにすれば「パッケージ×カスタマイズ」というゲーム学習提供は成り立つのでしょうか。
従来のゲーム学習プログラムでは、パッケージのみで、ゲームや講義のカスタマイズの余地が少ないものもあります。
その実現を目指すにあたって、インストラクショナルデザインの観点から、パッケージとカスタマイズの両方に共通するモデルを紹介したいと思います。
ゲーム学習提供にかかせないADDIEモデル
そのモデルとは、ADDIEモデルです。
ADDIEモデルは、分析(Analyze)→設計 (Design)→開発 (Development)→実施(Implement)→評価(Evaluate)の頭文字をとったもので、効果的な学習プログラムをデザインするためのフレームワークです。
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具体的には、各項目で以下のようなポイントを満たすことが推奨されています。
分析(Analyze): ニーズ分析&テーマ決定、対象者分析、ゴール分析の実施
設計 (Design):構造化(何を教えるか)、系列化(どの順番に教えるか)、教授方略(どう教えるか)の決定
開発 (Development): 学習活動と教材の種類の意思決定・草案準備
実施(Implement): 設計に従って与件のもと教育の実施
評価(Evaluate): ゴールに沿う方法を使い、評価・再分析・再設計
このADDIEモデルを、前述したパッケージ開発とカスタマイズ提供の両方で回すことが、今回提案したゲーム学習の提供スタイルに必要です。
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パッケージ開発のADDIE / カスタマイズ提供のADDIE
以下では、「パッケージ開発のADDIE」と「カスタマイズ提供のADDIE」のそれぞれについて検討したいと思います。
まずは「パッケージ開発のADDIE」です。以下に各項目を示します。
A:分析(課題発見/定義)
→社会的課題・ニーズを捉え、ゲーム目的を明確化する
D:設計(要件定義)
→学習目標 / ルール / シナリオ / デザインを詳細に計画する
D:開発(ルール設計)
→設計した内容を基に実際のコンポーネントを作成する
I:実施(テストプレイ)
→完成したゲームを提供し、テストする
E:評価(フィードバック)
→学習目標が達成されたか確認し、改善点を特定し反映する
注意点として、ゲーム学習は、そもそも講義、ゲーム、振り返りから構成されているので、ゲームだけデザインするのではなく、3つを含めたパッケージを開発することが重要です。
また、ゲームはもちろん、学習プログラムとしての組み換えが可能な余地を残し、常に更新できるようにしておく必要があります。
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次に、「カスタマイズ提供のADDIE」です。以下に各項目を示します。
A:分析(ヒアリング)
→組織や対象者の分析を行い、全体像を定義する
D:設計(提案書作成)
→全体像を基に学習目標や対象人数を決定する
D:開発(指示書作成)
→教材 / 講師 / 環境整備等の具体的な準備を進める
I:実施(研修提供)
→準備した教育プログラムを実施する
E:評価(振返り面談)
→評価を基に振り返りを行い、再度サイクルを回す
注意点として、サービス提供先の担当者と協力関係を築き、現場の声とパッケージに差はないか、その差をどう埋めるか検討することが重要です。
また、結果をレポート化し、今後の実施に向けた改善やアフターフォローも必要で、先方担当者も巻き込みつつ事前・事後の活動を含めて回していくことが求められます。
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以上の2つのADDIEモデルが相互に関わり合い、パッケージ開発とカスタマイズ提供の形自体もダイナミックに進化していきます。
ここまでの話に関して、自身が開発した「QRP GAME」を事例に、詳細をお伝えるする発表機会があります。
8/6(火)〜8/7(水)@ 長崎 にて行われますので、ご興味のある方はぜひお越しください。
まとめ
さて、今月は「ゲーム学習のサービスデザイン」というテーマで、新たなゲーム学習提供の提案を行いました。
ゲームをつくっておわりではない、長期的なプロジェクトとして回していくためには、その仕組みが必要です。
次回の記事では、今回の仕組みを考えるにあたった背景について紹介できればと思います。
本記事が、皆さまの今後のゲーム学習に対する考えや学びへのヒントになれば幸いです。
もっと詳しく知りたい方へ
ロバート・M. ガニェ、キャサリン・C. ゴラス、ジョン・M. ケラー、ウォルター・W. ウェイジャー 著 / 鈴木 克明、岩崎 信 監訳(2007)インストラクショナルデザインの原理
筆者:大空 理人
東京大学大学院 学際情報学府 修士課程。Ludix Labにて、人の学びや成長につながる「楽しい経験」を創り出す学習コンテンツの設計や教育プログラムのデザイン方法論を研究。また大学院進学と同時に、株式会社NEXERAに新卒入社し、クリエイターとしてビジネスゲーム及び研修カリキュラムの企画、開発、運用を行う。2023年に『ELSI Game Lab』を設立。科学技術と社会の接続・課題解決にも努める。
東京大学 ELSI Game Lab:@ELSIGamelab
大空 理人:@masato_edut