顧客との間で戦略的パートナーの関係を築き、RFPの前に自分たちの強み(=選ばれる理由)を刷り込め
節は夏に近づいていた。新体制が発足してすでに3ヶ月が経過していた。
笠間たちOBFコアチームの活動は、計画から計画の実行に移り、そろそろ実績につながるきっかけくらいは出てきてほしい時期に差し掛かっていた。
新組織が発足する少し前あたり、事業計画作成で盛り上がっていた時期に、笠間は事業部長たちに集まってもらい、顧客開拓の重要性を伝えていた。かくしてこの時期には、OBFコアチームは、事業部と兼務で参加しているOBFメンバーたちと共に顧客開拓のための活動を開始していた。
ドイツのフランクフルトで開催された工作機の展示会に出展した折には、ブースに来訪した2社の工作機メーカーからRFP(提案依頼)を獲得していた。様子見で出展した彼らにとっては、想定外の成果だった。
ところが、現実は甘くはなかった。
RFPに記載されていた内容に小野寺工業の面々は言葉を失った。小野寺工業の強みを発揮できる質問は皆無だったからだ。
OBFコアチームが営業を、事業部が技術を担い、総力を結集して提案活動に臨んだが、どちらも残念な結果に終わった。海外実績の無さも大きな減点材料だった。
笠間は当面、顧客開拓に力を入れるつもりだった。RFPを獲得できたことで弾みもついた。しかしこの一件で、自分の考えの甘さを思い知らされた。
「RFPを拾っていたのではだめだ。商談は、RFPが出るまでが勝負だ」
これが笠間の実感だった。
海外の大型工作機メーカーは、近畿工作機とは違い、自動車メーカーなどの大口顧客の要求や期待を分析した上で、ベースとなる工作機(=ベース機)を開発していた。ベース機のコンセプトは工作機メーカーが決定するが、仕様には顧客の声が反映されていた。彼らが加工制御装置メーカーに出すRFPには、顧客の声が色濃く反映されていた。海外で実績のある加工制御装置メーカーならばエンドユーザー(=自動車メーカーなど、工作機を使って製品を加工する企業)の要求を先読みし、あらかじめRFPに備えておくくらいのことはやっているだろう。
工作機メーカーと加工制御装置メーカーの関係も国内とは違ってきていた。
工作機が複雑化し専門性が高まるに連れて、工作機メーカーは自分たちの力だけではデキのいいRFPを書くことができなくなっていた。そこで彼らは、RFP作成段階から加工制御装置メーカーなどのTier1サプライヤーを検討に参加させていた。その結果、提出されるRFPは、検討に参加したTier1サプライヤーに有利なものとなっていた。不公平だと噛みついたところで、しかたない。日本の商習慣は、海外では通用しないのだ。
高い壁にぶつかった笠間は、浦田にアドバイスを仰ぐことにした。新体制が立ち上がったのを機に、変革活動への浦田の関与率は以前の半分程度に低下し、小野寺工業を訪れる機会も週に1回程度になっていた。
相談を受けた浦田は、間髪入れずにこう言った。
「戦略的パートナーですね」
それは、笠間がはじめて耳にする言葉だった。
通常、工作機メーカーと加工制御装置メーカーは、発注を「する側」と「される側」の関係だ。これを浦田は「上下関係」と呼んだ。発注する工作機メーカーは「上」、発注される加工制御装置メーカーは「下」というわけだ。
昔と変わらず、近畿工作機と小野寺工業の間には上下関係があった。サプライヤーに当たる小野寺工業は、近畿工作機から与えられる「上意下達」の要求に対し、自分たちなりの知見や分析を加えた提案をしていればよかった。この関係すら、海外では通用しなくなっているわけだが、近畿工作機と小野寺工業の実態はさらにひどかった。小野寺工業は近畿工作機の言いなりに開発とモノづくりを行っていたにすぎなかったのだ。そこには、戦略性の欠片もなかった。
浦田は、腐り切った「上下関係」と比較して、戦略的パートナーを「目的を共有する関係」と説明した。工作機メーカーと力を合わせて市場を攻略する姿、それが戦略的パートナーである加工制御装置メーカーの理想の姿だった。
海外のRFPは、顧客とその戦略的パートナー(=工作機メーカーと、検討仲間に選ばれた加工制御装置メーカー)の手によって作成され、よほどのことがない限り、戦略的パートナーが発注を手にしていた。
これが当たり前の姿だった。RFPを手にしただけの小野寺工業がいくら頑張ったところで、勝負付けは済んでいたのだ。
「狙いを定めた工作機メーカーの戦略的パートナーになることが、海外市場を勝ち上がるための最初の一歩なのですね」
笠間は低い声で、唸るようにそう言った。
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[ポイント]
勝率を上げるには、戦略的パートナーになることが欠かせない。さもなければ、勝つために欠かせない事前の刷り込みをするチャンスがない。
そして、戦略的パートナーになりたければ、これまで慣れ親しんできた顧客との「上下関係」(発注する側が「上」、される側が「下」の関係)に別れを告げ、顧客と同じ方を向き、顧客と対等に議論でき、顧客と共に事業拡大を目指すことのできる「目的を共有する関係」を目指すしか道はない。
戦略的パートナーになれたところで、これで終わりではない。大切なのは「何を刷り込むのか」。刷り込むものはズバリ、「選ばれる理由」、これしかない。これを見つけ出すには、顧客を観察し、顧客の潜在的な要求を発掘しなければならない。
顧客との表面的な情報交換を続けたところで意味はない。戦略的パートナーという立場を活かし、突っ込んだ議論に相手を議論に引きずり込まなければならない。議論の場は、顧客を観察する絶好の機会になる。
何事も準備作業が大切である。自分たちの商材や技術を棚卸しし、それらを顧客目線で評価し、顧客への提供価値に表現しておかなければならない。この作業は技術サイドと営業サイドの二人三脚となる。
[場当たり的な後藤部長の思考]
営業は顧客との間でRFPをもらえる関係を作っておかなければならない。RFPが出た後は技術部が頑張ればいい。
競合の出方を予測し、それに合わせて提案内容を工夫しなければならない。相手の弱点をさりげなく指摘し、自分たちが勝っている機能や性能をはっきりと伝える。調査票は、正直に答えても仕方なく、よほどのことがない限り「〇」で答えるべきだ。その上でインパクトのあるデモンストレーションができれば受注できたようなものだ。
機能や性能で差がない場合は、価格勝負に持ち込むしかない。利益よりも受注優先だ。失注したら何も残らない。
[本質に向き合う吉田部長の思考]
RFPが出た時点で勝敗はほぼ決している。それが現実だ。
常日頃から付き合いのある顧客の案件は勝率が高い、これは事実だ。それゆえ、「顧客と仲良くしていればいい」と安易に考える人もいるが、仲の良さだけで案件が取れているわけではない。取れた案件はどれも、RFPに関係なく、常日頃からの交流があった。経営幹部は将来に向けた戦略を共有していたし、企画部門は共同で市場分析を行っていた。技術部門はキーテクノロジーについて議論を重ねていた。この過程で顧客の潜在ニーズを突き止めるチャンスが広がるし、予算規模もわかる。
交流の最終目的は、RFPに私たちの意見を反映することだ。いわゆる「事前の刷り込み」である。
近年、事業環境や技術は複雑さを増しているせいで、RFP作成には高い専門性を伴うようになった。もはや、顧客だけではRFPを書くことができない。このような状況を背景に「事前の刷り込み」の重要性はますます高まっている。提供側からすれば、刷り込みのチャンスが広がったというわけだ。
何を刷り込み、どこに誘導するのか、このあたりについては日頃から議論しておこう。事前の準備は欠かせない。
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