忘れていいんよ by 私の母
母が来て、いっしょにサンドイッチを食べた。
それから紅茶を入れて、
つい先週、母の孫(私の娘)が友人とある哲学者といっしょに出たトークショーのアーカイブを、テレビに映して、母に見せてあげた。
孫の髪が長くなってて、「いいわ〜かわいいわ〜、このまま切らずに長く伸ばしてふわふわのパーマをかけたらいい〜」などと、母は言っていた笑。
このトークショーは『記録と記憶による癒し』がテーマだったけど、
母は89歳ながら、文学少女だったので、結構こういう内容は好きで、冷静かつ楽しんで見ていた。🥰
2時間のショーのあと、母の感想は….
「書いたもんでも、写真でも、記録というのは、有難いものやなあ。🫶
あなたが存在したと認識されるのも、ほんまに有難いことじゃわ。🫶
でな、それはそれでいいんじゃけど、忘れるっていうのも、有難い天からの力なんよな。😊
戦争を経験したし、いろいろ嫌でも生きていたら苦難ってあるやろ?👍
死別もあるし、離婚する人もいるし、いろんな人たちと別れていったり、
経済的に困窮する時期があったり、病気もあるし・・
生きていたら、いろんなことがあるよ。👍
だからな、その時にあった痛みっていうのをな、
忘れていくのも、とても大事なんよ。☝️
痛みを忘れたらだめ・・とは、
このトークショーではまったく言うてないけど、
そういうことを言う人もたまにおるやろ?
でもな、忘れるっていうのは、生きていくのに必要なんよなぁ・・・
終わったことに、執着したら生きていけないんよ
それを冷たいとか、言う人もおるけどなぁ
どんなことが起きても、
人生はずーっと続いていくから、
忘れないと、過去っていうものに、力を奪われるからなぁ。👍
時には、忘れたらダメなんとちがうか?とか、そんな心の声に悩んだりすることあるけどな。
いや忘れる、そうでないと前に進めん!🔥って、そう自分に言いきかせて、忘れるのはいいことなんよ。というかな、忘れるって、必要なこととママは思うなあ。勝手やと言われてもなぁ。🤣」
阿波池田弁を、ちょっとわかりやすくしながら、母の言葉を書いてみたけれど
まさに、そうだと、私も思う。😉✨
私だって、親がらみ、異性がらみ、仕事や人間関係がらみで
嫌なことや、できれば起きて欲しくなかった経験は、いろいろあった。
でも、これまで(特にここ数日)書いているように
ダンナさんの助けもおおいにあって、
どんどん、痛みを口に出して彼に話し、聞いてもらい
泣いたりもしながら、
どんどん癒されていった。
そうやって解放されていかないと、
心の病気を抱えたまま、しんどい足取りでしか歩めない人生になっただろう。
だから、解放されたら忘れたらいい。😃
いや、忘れて、解放されるべきだと思う。
終わった!と 宣言すること。🔥
もう終わったんだ! さあ前に行くよって宣言すること。🔥
これ、すごく大事。
母が私に対してキツかった時代のことも💀😹💦
このyuigon日記にはたくさん書いたけれど
でも、それは、そういう時期があっただけで
今では、終わったこと。
終わったことなのよね。
今は、もう
痛みもなにも、私は、もう忘れてしまって、元気。🙋♀️
それが、とっても健全で、とっても、いいこと。
これは、あらゆる「痛い経験」に通じることだと思う。
終わったことは、終わったこと。
過ぎたことは、過ぎたこと。
時はどんどん移り変わっていく。
私たちも同じ。
仕方がないことだらけが人生だから、
他者も自分も、責めてはいけない。
もし、
「もっと自分を責めろよー!忘れるな!」というような人が、仮に外部にいたら🧌🧌🧌
「いや、もう、充分、これまでに自分を責めて、私も苦しみました。だから もう、すべて終わったんです」
と、言い切ったらいい。😾
『言い切ること』・・・自分に対しても、他者に対しても。
それは、これからも続く人生を生き抜いていく力になる。
そう、
私は思うな。
また書きます。😽🫶🫶🫶🫶🫶
(最近は、自分が思うままに日記として書いています。これがこのyuigon日記の目的なので、これでよしとしよう)