まんまるなみだ
「詩」の置き場です
「写真」の置き場です
「音楽」の置き場です
揺れているのは空になったキイロスズメバチの乾いた巣で 崩れてゆくのは空になったアリジゴクの円錐形の砂の巣穴 すべて満たされてしまったら成立しないこの世界で 終わりの始まりを見つめてゆく 無音の叫び、無力の雄叫び、涙は秋と冬のあいだを 青く真っすぐ流れてゆく
知ろうとはしない 素人は死なない 知らなくていい 白切らなくていい 泣かなくていい 中身なくていい 手遅れの涙 出遅れた波だ
機体はまもなく着陸態勢に入ります はじめての地に降り立つ前の高揚に似ている恋 ささやかな期待はもれなく外れました 季節外れの夏日のようにあなたとはちぐはぐで 冷やされた感情がほどよく蒸留され 私にまとわりつく気体はまもなく琥珀色の涙に戻ります
未踏峰の鋭角な斜面のように 首筋に涙を伝わらせているあなたは 決して人を寄せつけない存在であってほしかった 月光のように未知が満ち満ちて湖面へ広がるなら 首筋に涙を伝わらせている理由を 決して推察しないでほしい
トラウマにも バカにも 馬が潜んでいて 僕は馬を 乗りこなしたい と思った 泣くな 男だろ より 泣けよ 人間だろ を推すよ
不協和音のなかで 静かに眠れたのは 僕の揺らいだ情緒 と共鳴してたから 嘘にまみれた君の 表情に共感できた のは 夕陽に照り返る涙 が鮮血のようで生 を主張してたから 交わされてきた言 葉が記号化されて ゆく 育ててきた植物が 枯れるように美し く すべて何事もなか ったから
流星のように落下する光は 涙を追いかけていた 水紋が 悲しみの分だけ広がり そしてまた 静寂 水面に分散した光が集まり やさしく傷口をふさぐ
ミズナラの黄葉が 一陣の風に はらはらと 舞い みずからの感涙は 色なき風に はらはらと 舞う わたしたちは 抜群の不安定さで はらはらと 秋を愉しむ
涙から涙が生まれて絶え間なく あなたがかなしみを流すとき まぶたは鋭いナイフで負った傷口のように 痛々しかった 涙から涙が生まれて絶え間なく あなたがよろこびを流すとき まぶたは羽化したばかりの蝉の抜け殻の裂け目のように 清々しかった
ミリバールはいつのまにかヘクトパスカルに変わり 空気は肺に取り込むものじゃなくて 顔色をうかがいながら読むものになっていた カロチンはいつのまにかカロテンに変わり あなたの名字は 聞き慣れない響きのものになっていた ビルマはいつのまにかミャンマーに変わり 僕はといえば、これまで流してきた涙の分だけ 身軽になっていた
瞬きで会話するホタルのようにあなたと 瞬きでわかりあってみたかった 羽撃きを覚えたばかりの小鳥のようにあなたと 瞬きで飛び立ちたかった 何者でもないわたしたちはあの夏 何者でもありたかった 何者でもないわたしたちはあの涙 何かしらの意味を持たせたかった
味のなくなったガムを 噛み続けている 説得力のなくなった涙が 流れ続けている 横顔が 夕陽に照らされた朝顔のように萎れている 花の寿命は一日だけれど あなたの寿命はまだ続くのだけれど
ウソ泣きは五回目で罪悪感がゼロになる そのたび涙の塩分濃度は薄まり、とはいえ純水になるわけでもなく 失恋は五回目で喪失感がゼロになる そのたび傷心旅の移動距離は延び、とはいえ恋に臆病になるわけでもなく 夏は上書きされるたび暑くなり 私は上書きされるたびゼロになる
反論されないよう理論で武装し 他国の脅威に対抗するため核武装する 自信のない自らの見栄えがよくなるよう肩書きで武装し 相手を傷つけたことだって武装した涙で許しを請う 嫌気のあとからゆるやかに光が差すような そんな武装解除をねがいます
学区か校区か、体育座りか三角座りか 通信簿か通知表か そんな小学校のころの呼び方の違いで 盛り上がる それより あなたが友達に何て呼ばれていたとか どんなとき泣いたのか気になるけれど 思い出なんて都合よく改竄してしまっ たから都合のよい記憶しか残っていな いと笑う それから あなたがどんな夏休みを過ごしたとか 花丸をもらった理由など気になるけれ ど 記憶なんて都合よく改竄してしまって 夕方の落雷の音は小学校のころ以来だ と盛り上がる
唯一無二の という言葉は信用しない 信用してね という言葉も信用しない 無機質な記号と化し 色や温度を失った言葉が 路上に転がっている夏 間違いない という言葉は信用しない 愛している という言葉も信用しない ぼくのために流したわけじゃない 夏を潤すきみの涙のみ 信用してもいいと思った