- 運営しているクリエイター
#掌編小説
掌編 「毒々しい金魚」
どん、と花火の音がして、ゆっくりと下りてきた緑の火花が落っこちた。お腹の底へ響く音がもう一度、どんと鳴ると、ガラスに入った氷がからんと高い音を立てて、崩れた。透明で、小さな氷山みたいな形をした氷の中に、今度は紫の火が灯って、サイダーみたいにぱちぱち弾けた。
ベランダへ落ちた花火の尻尾は、きらきらと風が泣くような声を出して、燃え尽きた。カーテンレールからぶら下がった、ハンガーには金魚柄の浴衣がか
掌編 「知的パラサイト」
それは、人類滅亡の合図だったのかもしれない。
ある日、あらゆる固定・携帯電話、スマートフォンに、世界同時に着信があった。発信元は不明。ただ、例外なしに、全人類へ着信が入った。
着信に出た人々は、ことごとく発狂した。運よく、電話に出られなかったか、あるいは、電話を取るのに遅れた人たちは、発狂し、暴徒と化した彼らの姿を見ることになった。
彼らは、口の端に泡を吹き、唐突に傍らにいる人間を襲った。
掌編 「ビルを喰うビルの街」
「このビルは、築何年でしたか?」
半袖のワイシャツを着た、クールビズルックの若者が、後ろを歩く腰の曲がった管理人へ振り向き、尋ねた。
髪の薄い老人は、わずかに白髪の残った頭を掻き、あー、と歯切れ悪く、言い淀んだ。それを見て、若者はすぐに付け加える。
「今、いる場所は、築何年のビルです?」
古ぼけたビルの通路は、かび臭い空気に満ちていた。ぼろぼろの内装は剥げかけており、指で触ると、荒い石の粒が
掌編 「こわれちゃった」
在原がマンションの中へ入った時、既に事は済んでいた。
「茜さん、またですか」
ワンルームのその部屋の、廊下には、点々と赤い血の跡が続き、廊下と部屋を隔てる扉のちょうど境の場所で、一人の男が倒れていた。
在原は土足のまま、部屋に上がり、スーツの内ポケットから、ビニールカバーを取り出して、靴にかぶせるように履かせた。
「茜さん?」
灯りの点いた部屋の方へ、彼は歩いていく。死におおせた男の死体を
掌編 「少女のはじまり」
山田さんと小川さんは付き合っている。
朝練に向かう途中、教室に忘れたシューズを取りに行った時のことだった。
物静かな、空気が丸ごと凍ってしまったような、冬の朝の教室で、二人はまじまじと互いのことを見つめていた。
彼女たちの吐く息が白く凍えて、朝日にきらきらと反射した。薄曇りの朝、雪が降るんじゃないかっていうくらい寒くて、触ると壊れてしまう、氷のガラスのような雰囲気だった。
二人は、廊下を
掌編「一人ぼっちのレインコート」
夜、雨音をかき消して、固定電話が鳴っていた。じりり、というコールが十、二十と重なって、部屋の天井にまで広がった音の響きは、雪のように降り積もり、フローリングの床を白く染めた。
一センチほど積もったコール音には、猫の足跡があり、その足跡の数から、随分、長い間、コールが鳴り響いていたことが分かる。そして、電話台の脇には、幼い人の足跡がはっきりと刻まれ、彼女が一度、受話器を取りに来て、引き返した様子
掌編「くさったあかねちゃん」
佐渡島あかねという女は、死の臭いのする女だ。というよりも、腐っている。
いや、ネットスラングでいう所の腐るではなくて、本当に肉が酵素によって分解され、腐臭を放っているのだ。
かといって、彼女が完全に死んでいるとするのは論外で、佐渡島はなぜだか腐りながらも、生きている。寡聞にして、肉が腐るという病気は聞いたことがないし、検索をかけた所、この世界にそういった病気は存在しない。
さて、佐渡島