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『猿飛佐助からハイデガーへ』 木田元

夢中になって読んだ本は、人生のなかに深々と刻み込まれているものだ。
哲学者の木田元にとって、それは少年のころ満州で読んだ『猿飛佐助』や『百地三太夫』などの少年講談シリーズであり、海野十三や江戸川乱歩の本を開けば、いまでも「一冊一冊、買ったときの興奮や、表紙の装丁と手ざわり、ページを開いたときのにおい、挿絵、主人公の名前などがまざまざと浮かんでくる」という。

本書は、読書体験を軸にすえた自伝的エッセイである。著者は16歳のときに、江田島の海軍兵学校で終戦をむかえた。上野の地下道で野宿をし、池袋ではテキ屋家業に手をそめて、闇米屋で家族を養いながらも、叔母の家で岩波文庫に読みふけったり、貸し本屋で戦後文学に触れたりした。
農林専門学校に入ってからは小林秀雄を通してドストエフスキーの小説を知り、青年期の「自分の絶望にもう少しうまく対処できそうに思えて」、ハイデガーの『存在と時間』を手にとるにいたった。それが哲学者、木田元の誕生につながったのだ。

本書は、各分野の第一人者が本の魅力を書いていく「グーテンベルクの森」シリーズの第1弾である。哲学者として難解なイメージのある著者の、意外な人生遍歴や読書体験がわかっておもしろい。
また、70年におよぶ読書の喜びや思い出が平明な語り口でつづられているので、「書物の森」へのガイドブックとして気軽に手にとることもできるだろう。


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