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ICUで「明日も生きたい」と思えた理由

有希は呼吸停止からの緊急挿管(気管までチューブを入れて、呼吸器に繋ぐこと)された状態でICUに搬入された。

挿管後肺炎を起こし、その治療で投与された抗生剤の影響で、偽膜性腸炎(腸の激しい感染症)も合併した。その後麻痺性イレウスも合併し、徐々に多臓器不全に陥っていった。

このままでは、生命が危ぶまれるという状況を、奇跡的な回復で脱したが、まだ人工呼吸器に乗っており、予断を許さない状態。少し前までは意識もなかったが、やっと最近覚醒している時間も出てきた。

有希は人工呼吸器に長期間繋がっているため、首に気管切開の穴があり、そこからカニューレというプラスチックの付属品を取り付け人工呼吸器が気管内に直接空気を送り込める状態になっている。自分で呼吸できず、声帯を空気が通ることはない。なので、声を出して喋ることはできない。

しかし、ICUでは人工呼吸器管理が必要な患者は日常茶飯事。また、機械が付いていなくても、声が出せない状態の人も多い。

すると、スタッフは唇を読むのだ。

入院中の身体的ケアに加え、精神のケアも重要視されている。看護師は様々な工夫をし、集中治療室にいる時も、より日々の質を上げる工夫をしている。新型コロナ以前のICUは、忙しいながらも、現在よりも患者一人当たりに使える時間も多かったのかもしれない。大人のICUには珍しい子供ということもあったかもしれない。

有希は丁度高校生で、音楽にハマるお年頃。

話題は、皆んなが聞いている音楽になった。

ベッドの左でケアをしてくれている看護師の雀(スズメ)さんが、ベッド右でケアをしてくれている鴎(カモメ)さんに聞く。

雀さん「普段どんな音楽聴いてるの?」

鴎さん「えー。なんだろう。結構何でも聞くよ。」

雀さん「え、嘘⁉︎意外!(笑)。なんかガチャガチャしてる音楽聴いてそうな印象だったわ。」

鴎さんは笑顔と照れくささが混ざった表情で、明るさが滲み出る声で続ける。
「うん。結構ガチャガチャした音楽聴いてる。え、分かる?」

雀さん「うん。そんな感じする。しかも、邦楽聴いてそう。」

鴎さん「えー!?どういう意味?でも、ガチャガチャしたJ-POP聴いてるわ。」

雀さんは笑いながら言う。「なんか、ガチャガチャした音楽聴いてそうだなぁって雰囲気。明るいからじゃない?」

鴎さん「えー。笑」

雀さん「有希ちゃんは、どんな音楽好きなの?」

口パクで言いたいことを「言う」と、唇を読んで、理解してくれる。

こうして、リアルタイムで会話を成立させる。

口パクでも、作業中に会話をしたり、処置の時に質問したり、声が出るのと遜色無い意思疎通が可能な優秀な能力の持ち主がICUで働いている。

有希は深く考えず、普通にスタッフと会話するのが当たり前になっていた。

ずっと寝ているだけだった状態から、最近やっと少し覚醒した状態が増えてきたばかりなのだが、やはり今を楽しむことに長けている有希。こういう時、「会話が楽しい」という感情が溢れる。

有希「うーん。POPが多いです。」

雀さん「オー。カッコイイ。誰が好きなの?」

有希「流れてたら、結構何でも聞きます。」

雀さん「その中でも、好きな人は?」

有希はちょっとはにかみながら答える「Daniel Powterとか好きです。」

雀さん「そうなんだー。私知らないわ。流石だね。」

有希「あんまり有名じゃないんです。でも、歌声が綺麗です。」

雀さん「どういう音楽なの?」

有希「結構高い音だから、ビックリするかもしれません。男性なんですけど、女性とも違う…高い音が綺麗な声なんです。」

雀さん「そうなんだ〜。どの曲がオススメ?」

有希「Bad Day。勇気づけられます。」

雀さん「調べてみよう。」

有希「感想聞かせてください。」

こんな日常の何気ない会話が、とても楽しかった。

そして、「明日もこの人達と話したいから生きたい。」と思えた。

現状、いくら笑って過ごしていても、痛みも苦しさもとてつもない。正直、口には出したことはないが、「死んだ方が楽かもしれない」と頭をよぎったことは、何度となくある。それでも、スタッフとの楽しい会話があったから、「生きたい」と思えた。何度でも、思えた。そして、死にたいと思ったことはこの間一度もない。

肉体的には人生で一番辛い時期だった。それでも、精神的には救われていた。毎日毎日、接触した際の笑顔や交わされる会話が、その瞬間、苦痛をかき消すには十分だった。

案外、大儀など必要ない。「生きたい」と思える瞬間があるだけで、生にしがみつける強さを貰える。

毎日「楽しい」と思える時間がある。他を全て忘れて、会話できるということほど貴重なことはない。

生きる力をくれてありがとう。

非日常の中に、日常の楽しさを編み出してくれてありがとう。

私が今生きているのは、この時のスタッフの方々の優しさのおかげです。お見舞いに来てくれた、友人や家族のおかげです。

人は人に生かされている。



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KG
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