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極上のコーヒーや音楽のよう | 『短歌タイムカプセル』 東直子・佐藤弓生・千葉聡

短歌とは、言葉だけで奏でる音楽かもしれない。

そんなふうに、まだぼんやりとした興味や浅い知識の中で出会った短歌について、もっと色々知りたいなと思っている中で手にしたのが、東直子さん、佐藤弓生さん、千葉聡さん共編著の『短歌タイムカプセル』です。

この本をつくるにあたっての説明に

2016年の秋、編者三人が集まり、「一千年後に残したいと思う現代短歌を一冊のアンソロジーにまとめよう」と話し合いました。収録歌人を選ぶにあたり、戦後から2015年までの間に歌集を刊行した人を対象としました。収録歌は、2016年以降に発表されたものも含んでいます。

とあります。

この本は、1907年生まれの葛原妙子さんから、1989年生まれの大森静佳さん、藤本玲未さん、吉田隼人さんら総勢115名からなる短歌の詞華集で、歌人の生まれ年にはおよそ80年の幅があります。

また2025年の今年は戦後80年を数えるということで、奇しくも共通する80年という時代の流れの中で詠まれてきた短歌ですが、「言葉を紡ぐ」ということに関して世代の違いがなんらかの違いを生むのだろうか、というちょっとしたハテナマークが頭に浮かびました。

で、その答えは私にとって「NO」でした。

もちろん、生きた時代が違うということは、その時代その時代にしか生まれない文化や流行、それから時代のムードや思想的なものなどがあり、自分が意識するしないにかかわらず影響を受けるものが少なからずあると思います。

ただ、影響を受けたとして、それがどういうかたちでその人から発露されるかというのはひとりひとりで違うはずであり、歌人という方々は時代や世代にかかわらず、受けた影響を自分オリジナルのフィルターを通して濾過し、丁寧に一滴ずつ抽出した極上のコーヒーのように言葉を紡ぐことができるのだな、という尊敬の念が生まれました。

それは例えば、このふたつの歌

早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ

『橙黄』1950年

生きている間しか逢えないなどと傘でもひらくように言わないでほしい

『てのひらを燃やす』2013


最初の歌が葛原妙子さんで、あとの歌が大森静佳さんです。
時代や世代関係なく、どちらもとっても言葉が瑞々しく色鮮やかで素敵です。

短歌の歴史は古く1300年ほど前の『万葉集』にまでさかのぼるようですが、この『万葉集』の「葉」の文字は「世」、つまり時代を表しているらしく、万世ばんせい=永遠にいついつまでも続くように、という思いや願いが込められているそうです。

そうやって、多くの人々により時代をいくつもいくつも超えて真空パックされながら紡がれてきた短歌は、きっとこれから先もそれを楽しむ人たちが自由に時代を行ったり来たりできるのでしょう。
まさに「タイムカプセル」なんですね。

最後に、この本で紹介されている歌人の中で、やっぱりものすごくものすごく好きだなって思う笹井宏之さんの歌を。
絞りきれなくて、ふたつ。

晩年のあなたに窓をとりつけて日が暮れるまで磨いていたい

『ひとさらい』2008

つきあかりを鞄にいれてしまいます こんなにもこんなにもひとりで

『てんとろり』2011


きっと、この本を手にとって開いてみれば、「なにそれ!」っていう素敵な驚きに満ちた出会いがある、と思います。
うん、たぶん、きっと。



東直子・佐藤弓生・千葉聡『短歌タイムカプセル』(2018)書肆侃侃房



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