「短編」慈愛の王。
その昔。
とある王国が繁栄と栄華を極めた。
その王国の名は慈睡国。
国のシンボルは慈しみを表す蓮花。
国王は慈愛と慈悲を兼ね備えた聖なる善王。
国民は与え合うことを喜びとした徳高き民。
慈睡国。
かの大国は文明も然ることながら。
その心の清らかさと美しさには誰もが驚嘆を表す。
民は常に幸福で満ち溢れ。
全てを愛し与え合う。
不満を語る者は一人として存在せず。
誰もが幸福の中に溶け込んでいた。
かの国の教訓は以下の通りである。
諸々の苦しみは心より生じる。
心をあまねく観察し。
全ての苦しみを滅せよ。
また諸々の幸福は心より生じる。
心をあまねく見聞し。
全ての幸福を成就せよ。
慈心。
かの心は全ての苦しみを取り除き。
全ての幸福を顕とする。
この国のシンボルである慈花の如く。
心を慈しみによって制せよ。
民はこの教訓の通りに心を清める。
身体ではなく心。
悪心ではなく慈心。
民は慈心の中に生きる。
全ての苦しみを退き。
全ての幸福を享受せしめ。
全ての衆生に慈願を与える。
素晴らしき民は素晴らしき王から生まれる。
愛しき民よ。
我。慈眼の王はそなたらを愛する。
民の苦しみは私の苦しみ。
民の幸福は私の幸福。
美しき民よ。
常に幸福でありなさい。
あなたが痛むなら私も痛む。
あなたが喜ぶなら私も喜ぶ。
常に苦楽を共にしよう。
私という存在は民のもの。
民が私の全てを有している。
私のものなど何処にもない。
全ては功徳の宝石たる民に明け渡された。
民は私の所有者である。
慈眼の王は全てを愛する。
慈眼の王は全てを哀れむ。
慈眼の王は全てにひれ伏す。
慈眼の王は全てに尽くす。
私は民の全てを称賛する。
これ程までに素晴らしい民はいない。
私の命は民に捧げられた。
我が命の所有者は民である。
もはや私の命は私のものではない。
民が全ての所有者である。
あなたが苦しむなら共に苦しもう。
あなたが悲しむなら共に悲しもう。
あなたが喜ぶなら共に喜ぼう。
あなたが幸せなら共に幸せとなろう。
私は王として喜んで民の贄となろう。
私は王として喜んで民の礎となろう。
民の幸福が全てである。
民の幸福に比べれば。
我が幸福など取るに足らぬせんなき幸よ。
私は王として。
民の幸福の為に自らの全てを投げ捨てる。
民の幸福だけを願い。
民の幸福の為に全てを捧ぐ。
私という存在は民に明け渡された。
もはや何も残っていない。
真理はただ在る。
それは大いなる慈悲。
私の全てが消え去ることでそれは現れる。
一切は慈悲の輝きで満ちている。
慈悲は万象にあまねき満ちる。
起き得る事象全てが慈悲である。
民も王も何一つとして変わらない。
全ては慈悲の化身である。
私は王として責務を果たす。
国が為。民が為。法が為。
私は果たすべき全てを果たす。
それが王の運命である。
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