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小さな蟹から学んだ事

岩場の窪みに溜まった

小さな生簀の様な世界を

覗くとワクワクしてしまう

イソギンチャクが触手を

伸ばしてこちらに手を振っていたり

照れ屋な小魚が隙間から隙間に

ピュンピュンと泳ぐ姿を見つけては

追いかけたくなる

蟹が岩に同化してるつもりなのか

じっと動かないが

水面から覗きこんでいる

僕にはばっちり見えている

手を入れて近づけていけば

蟹はやべぇっ!と、でも思ったのか

慌ててかさこそ動くものだから余計に目立つ

やる事なす事すべてが

裏目に出てしまう蟹の運命やいかに!

僕の指につままれて水中から引っ張られて

踠く小さな身体

そうは言っても

立派なハサミを持っていて

威嚇のつもりか精一杯の脅威を

僕に見せつけてくるのがまた可愛らしい

蟹のお腹はおにぎりの形をしていて

それが大きいか小さいかでオスかメスかの

判別が付くと父に教えてもらった僕は

さっそく蟹にお腹をチェックしてみると

オスのようだ

やんちゃざかりの蟹は

諦める事を知らないのか

つままれている状態でも踠く踠く

小さな命の必死の抵抗無力だろうとも

死にたくないから生き残れる可能性が限りなく

0だろうとも最後まで諦めてはいけない

弱肉強食の世界では必要不可欠な感情が

今僕の小さな指先から伝わってくる

悲しいかな

どれだけ暴れても僕の指先には痛くも痒みくも

なく暴れてる姿を見るのがとにかく面白いと言う

嗜虐的で残虐的、幼稚的好奇心によって

蟹の未来を左右してしまっている

あぁそこに命を慈しむ心が

あったらこの先の蟹の運命は

幸せになれるのかもしれない

他者を思いやる感情が

その瞬間芽生えたのであれば

世界は平和なのかもしれない

命に大小はなく、すべからく

同じ地球に生きる生き物同士

共存共栄尊重して

いかなければいけないのに

残念ながら世界はいつだって

勝手気ままのわからず屋な

感情に弄ばれてしまっている

蟹を捕まえたのならば

家で飼いたい

ずっと見ていたい

面白い生き物を

見て楽しみたい

好奇心は声になり

父ならわかってくれると

期待して僕は捕まえた蟹を

見せに行った

だけれども

父は静かに首を振った

持って帰るにも

バケツも何も無い上に

手で持って帰っている間に

弱って死んでしまう

水道水では生きてはいけない

海水はどうする?

蟹のご飯はどうする?

いろいろ言われても

僕の頭には目の前の楽しい

未来しか見えていないから

あれやこれやと言われても

納得出来なかった

どうしても飼いたいと

言っても父は頑なに首を横に振るばかりだった

海に帰してやりなさい

心は悲しみでいっぱいだった

父ならわかってくれると思ってたのに

せっかく捕まえたのに

指に挟んだ蟹を見ていると

ゆらゆらと歪んできて

目が熱くなってきた

鼻が垂れて来て啜っても

どんどん出てくる

可哀想だから

蟹を海に逃したら

次に可哀想なのは僕なのだが

それに関しては父は何もいわなかった

納得できない

でも父を説得できない以上

思いはみたされない

拒む心と諦める心の葛藤

そんな事を思っていたら

指先からするっと蟹は

抜け出して海の中に戻っていった

慌てて岩場の物陰に隠れて

次はもう捕まえられないように

奥まった場所まで

身体を押し込み

僕には見えない探れない場所に

隠れてしまった

姿を見失っても

しばらく僕は水面から

目を離さなかった

ゆらゆら揺れる水面に

きらきらと陽がさして揺れていた

悲しい顔をした自分の顔が

そこに映っていた

さっきまで指先で

挟んでいた小さな命は

もういない

手のひらは海水に濡れて

袖口はべちゃべちゃだ

潮の香りがする手のひらが

生温い風を受けて涼しい

生きることと手に入れる事

諦める事と喪失感

海が教えてくれる

大切な事柄

小さな蟹との相対によって学んだ

悔しいや楽しいという感情

子どもの頃の僕には

納得出来なかった事も

大人になって振り返れば

あの時の感覚を学べたのは

貴重な経験だった

命に小さいも大きいもなく

力いっぱい

みんな生きているのだ

岩場の溜まりのあちこちには

そんな貴重な学びの

芽生えの種が

たくさん見つけられる

子どもの頃の僕は

そんなワクワクやドキドキに

夢中になっていたのだ

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