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【読書】ヒルビリー・エレジー


こんにちは!エルザスです。


今回は読書感想文。
米国の副大統領に就任したバンス氏の著書、『ヒルビリー・エレジー』を取り上げます。




今のアメリカをもっと知らなきゃ


去年、ある動画を見てそう痛感しました。
その動画がこちら↓


29:20頃から、アメリカの景気調査の話が始まります。

前嶋教授「例えばミシガン州の景気調査をみると、共和党支持者は、今はもうリセッション(景気後退)だと思っている。バイデン政権のスタートから景気が悪いと思っている。
バイデン政権になったから(共和党支持者は)『もうリセッションだな』。トランプ政権になったら民主党支持者は『景気が悪い』と思う。統計モデルが役立たない」
高橋P「やべぇ国だな

前掲動画より


このチャンネルの創始者である高橋さんの「やべぇ国だな」という一言に物凄く共感しました。

自分の支持政党でない方の党が政権を取ったら、経済状況に関わりなく即座に不景気だとみなす。ファクトなど存在しないかのように。

たしかにやべぇ国です。

この動画の公開後、大統領選では共和党のトランプ氏が勝利しました。ご存知の通り、トランプ氏は移民の強制送還や関税の引き上げなど、これまでのグローバリズムに逆行するような政策を掲げています。


どうやら今のアメリカは、私のイメージしていた姿とはだいぶ別物になっているらしい……


私にとってアメリカは、「合理的に判断する人が日本より多く、多様性を重んじ、グローバリズムを広げ、世界の民主主義国家にとって模範となるべき国」というイメージでした。
しかし、そんなイメージはアメリカのいち側面でしかなかったようです。
………言語化してみて気づきましたが、こんなに良いことずくめの国があるはずありません。しかし、私は本心からアメリカにそういうイメージを抱いていたのです。



先の大統領選における民主党ハリス候補の敗因分析が、私にとってはまた衝撃的でした。

曰く、「ハリス氏が敗れたのは、民主党が唱えてきた多様性の尊重や環境問題への対応などの価値観が、大卒のリベラルなエリートにしか受け入れられず、凋落した白人労働者層からそっぽを向かれたから」だというのです。

私は、多様性の尊重や環境問題への対策はすべての人に関わる大事なテーマだと思っています。しかしそれを、大卒エリートの、いわゆる意識高い系だけの価値観だとみなす人たちがいる。そしてそうみなしているのは、黒人でもヒスパニックでもなく、白人労働者層なのだという。

実際、大統領選の行方を左右する激戦州でトランプ氏勝利の原動力となったのは、まさにこの白人労働者層でした。

凋落した白人労働者層とはどんな人々なのか。彼らはいったいどんな暮らしをしていて、何を重んじているのか。

自分とは別の価値観を持つこの人々に、私は大いに興味を引かれました。
これからはアメリカに無邪気な憧れを抱いたままではやっていけない。もっと解像度を高めて、アメリカのことをよく知らなければならない。

そのためにうってつけの本がありました。
『ヒルビリー・エレジー』です。


『ヒルビリー・エレジー』はどんな本?


前置きがかなり長くなりました。

『ヒルビリー・エレジー』は、トランプ氏のもとで副大統領に就任したJ.D.バンス氏が書いた自伝的作品です。
アメリカ中西部と南部(ラストベルトと呼ばれる一帯)における労働者階級(ヒルビリー)の厳しい生活や、文化的背景などを描いています。

特に、経済的困窮、教育格差、家庭内暴力、薬物問題などが世代を超えて続く現実がクローズアップされています。

こんな風に紹介すると小難しい本のように感じますが、これがまあ、不謹慎かもしれないが面白い!

筆者の母親は今で言う「毒親」の極みのようなもので、夫をコロコロ変えるし、家族に暴力を振るうのは当たり前、薬物依存は次第に深まり、人から責められるとパニックを起こして、子どもを乗せた車を時速160kmで疾走させる……

そんな親のもとで育った筆者の半生は、普通なら重たく深刻なものになりそうです。しかし、筆者の語り口がライトなためか、決して暗くならず、むしろユーモアが散りばめられていてスイスイ読めてしまう。
しかも、筆者は毒親のもとを離れて海兵隊に入隊、その後大学で法律を学び弁護士になる、というわかりやすい立身出世の道をたどっていきます。過酷な環境からスタートして栄達してゆくストーリーは、やはり読んでいて勇気と希望をもらえるものです。

アメリカ社会の実相を描いた作品でありながら、アカデミックなものではなく、読み物として面白い。
それが『ヒルビリー・エレジー』の魅力と言えるでしょう。



現代アメリカの病巣


さて、ようやく本題です。
結局、凋落した白人労働者層とはどんな人たちなのか。
筆者は自らも白人労働者層出身でありながら、極めて端的に、こう書いています。

白人の労働者階層には、自分たちの問題を政府や社会のせいにする傾向が強く、しかもそれは日増しに強まっている。

本書257P

将来の成功や失敗は、「自分自身の未来をどのように思い描いているか」にかかっている。ところが、「敗者であることは、自分の責任ではなく、政府のせいだ」という考え方が広がりつつあるのだ。

本書258P


自己責任論が独り歩きするのも困りものですが、国民の少なくない層が完全な他責思考になるのもやはり問題です。ところが、アメリカの白人労働者層ではその他責思考が広がりつつある。

責める相手が、先の大統領選ではバイデン・ハリス・民主党だったということなのでしょう。

アメリカの労働者層は、普通は民主党を支持するものでしたが、過去にも一度、労働者層が共和党の大統領候補にこぞって投票したことがありました。
レーガン氏が当選した1980年の大統領選挙です。

レーガンは、祖父のようなラストベルトの民主党支持者の大部分を取りこんで、アメリカ史上最大の地滑り的勝利をおさめた。
「レーガンがそんなに好きだったわけじゃない。モンデールの野郎が大嫌いだったんだ」と、祖父は語った。
レーガンの対抗馬だったこの民主党候補は、北部出身の高学歴なリベラルで、ヒルビリーの祖父とは文化的に対極にいた。そんなモンデールに祖父が票を投じるわけがない。

本書73-74P


「高学歴なリベラル」に対する労働者層の反感。これこそまさに、今回トランプ大統領が当選するに至った原動力でした。
「歴史は繰り返す」ということを実感せざるを得ません。


もう一箇所、引用しておきたい文章があります。

ヒルビリーは人生の早い段階から、自分たちに都合の悪い事実を避けることによって、あるいは自分たちに好都合な事実が存在するかのように振る舞うことによって、不都合な真実に対処する方法を学ぶという。
こうした傾向は、逆境に対処する力を生むが、同時に、アパラチアの人たちが自分自身の真の姿を直視するのを困難にしている。

本書37P


こうした現実逃避の傾向は、自らの境遇が直視に耐えないほど酷いものであるがゆえに生み出された「生きる知恵」なのかも知れません。
しかしそうした傾向が本当だとすれば、ヒルビリーは容易に陰謀論に飛びつくことでしょう。「貧すれば鈍する」とはまさにこのこと。

人々が建設的な対話を避け、安易に陰謀論に飛びつくようになった先に待ち構えているのは、分断された社会以外の何ものでもありません。

それで良いのか、アメリカーー?



折しも昨年、アメリカで内戦が勃発した状況を描いた映画『シビル・ウォー』が公開されました。それはまさに、分断が進んで寛容さを失った果てにある地獄そのもの。
ミズーリ出身の白人だからアメリカ人、香港出身のアジア系は中国人。アメリカ人は生かし、中国人は無造作に殺す。
『シビル・ウォー』では、そんな反乱勢力の兵士が出てくるシーンが強く印象に残りました。


現実のアメリカには、そんな方向に進んで欲しくありません。


高校生のころ、アメリカの国家制度は古代ローマをモデルにして作られていると教わりました。
大統領はローマ皇帝と同じく、軍の最高指揮権を含めた強い権限を持つ。議会は上院(元老院)と下院(平民会)の二院制。ちなみに上院は英語でsenat、ラテン語の元老院senatus(セナートゥス)ほぼそのままの単語です。

そして、古代ローマの国是は「クレメンティア」、つまり「寛容」の精神なのだと『ローマ人の物語』を読んで知りました。


ローマの偉大さは、たとえ異民族であろうと、ローマにとって有用な人物ならばどんどん市民権を与えて国家に取り入れ、同化していったことにありました。



そのローマを模した国家、アメリカが、「寛容」の精神を失いつつある。自立した人間としての責任感も、誇りもーー
『ヒルビリー・エレジー』が指摘しているのは、まさにそういうことでした。


スピーディな展開を面白く読みながらも、不安になる気持ちを抑えることができない不思議な本。それが『ヒルビリー・エレジー』です。

トランプ2.0が始まるのに当たり、これから先の世界の行く末を考えてみる上でも、読んでおいて損はない一冊だと思います。



ではまた!

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