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雑感記録(331)

【僕の好きな画】


一度は終わったかに見えた命も
形を変えながら続いていく。
生きていく力が、今日も天にほとばしる。

入江明日香「飛翔」『風のゆくえ 生命の真影』
(東京美術 2018年)P.92

突然だが、僕は美術に関して特定で好きな作家と言うのは2人しか居ない。1人は清原啓子。これは過去に記録を残しているのでそちらを参照されたい。清原啓子の銅版画は純粋に美しい。あの精緻な作品は恐ろしい程に美しいのである。『清原啓子作品集』を見るとデッサンの細かさ然り、銅板画の細かさ然り、その緻密さには驚かされるものである。

清原啓子の素晴らしさはその銅版画に留まることを知らず、作品集に散りばめられる詩が素晴らしく美しいのである。画と詩が堪らなくマッチしている。アプリオリに画があるのか、はたまた詩があるのか僕には知る由もない訳だが、それぞれを単体で見てもそれそのものとして屹立する存在感は半端ないのである。上記記録でも書いているが、彼女の蔵書目録を見て僕は納得する訳だ。早くに命を絶たれてしまったことが悔やまれて仕方がない。

そしてもう1人。入江明日香の作品が好きである。

その人を知ったキッカケは上記記録で書かせていただいた社長さんに教えて貰った。清原啓子も社長さんに教えていただいたのだが、不思議とハマる。そして自分は緻密な画が好きなんだなと改めて分かる。僕はどちらかと言うと、抽象画よりかは鮮明で緻密な作品が好きなのかもしれない…というか好きである。今日は入江明日香の作品について語りたい。


お気に入りの画集である。

昨日、僕は日本近代文学館が主催する夏の文学教室に参加した記録を残した。実は会場に向かう前に東京駅側にあるMARUZENへ行った。目的は画像の右にある入江明日香の2つ目の画集である『雷鳴と花』を購入する為である。以前、入江明日香が新たに作品集を出すということを聞きつけ、このタイミングで購入することにしたのである。

些か話は脱線するが、僕は新刊書店にあまり行かない。というのも簡単な話で僕は毎日神保町に居る訳で、本については事足りている。それに僕が大抵読むジャンルと言うのは哲学や社会学が多く、それも古典を読む傾向にある。新刊書店に行くよりも古書店に行く方がお目当ての作品に出会う可能性が高いのである。しかし、最近の作家で追っている人が居ると中々難しいものである。

だが、大型書店、とりわけ池袋のジュンク堂や、それこそ東京駅側のMARUZENなどは規模が大きいので、ゆっくり時間を掛けて歩いてみると昔の作品も埃を被って本棚の隅に鎮座していることがある。それを見付けることが実は最近のマイブームである。平日は昼休みを返上して古書店を巡り、休日は新刊書店に行き、隅っこに追いやられている作品を眺める。僕にとっては至極幸せな時間である。

画集に関しては新刊でも色々と購入できる訳だが、海外の作品ともなると中々難しいものである。僕の例で言えば、リヒターの画集が欲しくて新刊書店を何件かはしごしたことが在るが見当たらなかった。しかし、神保町の、僕のお気に入りの古本屋には沢山あった。値段は…結構お高めな訳だが、しかし貴重な作品が見られるということであれば値段などは気にしない。好きな物事に僕はあまり金額を惜しまない人間である。

と話は脱線してしまった訳だが、入江明日香の作品は新刊書店でしか基本買えない。当たり前と言えば当たり前かもしれない。それは単純に最近の人だからである。逆に古書店に鎮座している方が僕からすると怖い。まあ、ここまでの話は蛇足でしかない。


最初の作品集である『風のゆくえ 生命の真影』を見た時、僕は衝撃を受けた。あの瞬間は未だに忘れることが出来ない。

この衝撃を語るには僕の美術に関する好みを先に書かねばなるまい。僕は言ってしまえば日本画が好きではない。美術館に行っても日本画よりも西洋画の方を中心に見に行く傾向にある。別に自分自身で意識的に避けている訳ではなく、純粋に日本画の展示等にはあまり足を運ばない。あの独特なタッチがあまり得意ではないのかもしれない。

とはいえ、屏風を見るのは好きである。あの立体感とでも言えば良いのだろうか。平面で描かれる画が立体感を以て眼前に現れるのは壮観である。特に面白いのが、屏風は見る角度によって描かれている画の表情が変化する部分である。僕は屏風が展示されていると右往左往して他の人の邪魔になっているような気がするなとこれを書きながら反省する。

入江明日香の作品は表紙からも分かるように、どこか日本画の様な雰囲気を持っている。と言うよりも現に掛け軸に描かれている作品もある訳で、そういうものがベースになっているのかなとは思う。実際作品を見ると武士であったり、そういったものが中心に据えられている。最初、表紙を見て「ああ、苦手かもしれないな」と思っていたのだが、ページを捲って行くごとにあらビックリ。

「なんて美しいんだ…」

と言葉がそれ以外出てこなかったことを記憶している。あれは確か2021年の頃だった。1人実家の自室で言葉にならない声で「おおおお」となったことをよく覚えている。しかも、これが版画でと言うのが衝撃だった。実際に作品を見てもらうと分かるのだが驚きが隠せない。清原啓子以来の衝撃であったことは確かである。

「生きているもの」と「命の終わったもの」。
「風化」と「再生」。「儚さ」と「力強さ」。
そんな相反するものたちの「共存」を描くことに
ずっと興味を持ってきました。
最近はそれに加え、見る人に、時空を超えて
「過去」と「現在」を旅しているような感覚を
楽しんでいただけるテーマにも取り組んでいます。

入江明日香『風のゆくえ 生命の真影』
(東京美術 2018年)P.104

僕は作品集を見終わってこの文章を読み思わず「すげえ…」となってしまった。それが自分自身で未だにどう表現していいのか分からない。だが、最初の部分については画を見るとどことなく分かる。線の感じであるとか、特に描かれる顔はどことなく消え入りそうな雰囲気を醸し出しているのに、真っすぐこちらを見つめるその力強さというのをヒシヒシと感じていたが、それがここに書かれていた。

これも少し脱線してしまうが、僕は人物画というものがあまり得意ではない。これは日本画、西洋画を問わずである。見られている感覚とでもいうのだろうか。僕はそれが苦手である。これは実際僕の性質にも相通じる所があり、人と話すときに目を見て話すことが怖い。無論、気心知れた人たちは全然問題なく自然に眼を合わせることが出来るのだが、それ以外の人たちとは眼を見て話すことが苦手である。

どうも向こう側から「眼を逸らすなよ」と脅迫されている感覚を僕はいつも抱いてしまうのである。ところが入江明日香の描く人物画は不思議と見ることが出来る。いや、むしろ引き込まれるまである。言い方が通俗的でこの言葉を使うのは憚られるが、敢えて言うのであれば、そのアンニュイな感じが堪らなく居心地がいいのである。こちらを真っすぐ見つめてくるのにどこか弱々しい。だけれども、どこか醸し出されるその雰囲気にはどこか力強い何かが存在しているのである。

入江明日香『Fleur d''iris』(2017年)
『風のゆくえ 生命の真影』(東京美術 2018年)P.6

それはモチーフとして戦国時代に存在するような、武器を持っている様子が描かれているからなのか。顔はどことなく頼り無さげなのに、力強い何かが僕等の目の前にやって来るのである。僕はその部分が好きである訳だし、入江明日香が書いたような術中に嵌ってしまっているのかもしれない。


そして2作品目である『雷鳴と花』。これがまた最高だった。

相反するものをひとつに融合した存在は堅く、力強く、揺るぎない。初めて目にしたものにとっては異形であっても、それは未来を予感させる。

入江明日香「鋼」『雷鳴と花』
(東京美術 2024年)P.106

ここに収められた画の凄まじさは半端ではなかった。美しさも勿論ある訳だが、それ以上にカッコいい。そして何より相反するものが確かに様々に散りばめられているのである。これは単純にだが、女性が甲冑を着る。甲冑という過去に刻まれる現代。弱々しい表情の力強さ。あらゆるものが一斉に僕の方にやって来る。そこに僕は心を奪われてしまったのである。

これはどう自分自身でも表現していいか未だに分からないのだが、その衝撃たるや。実際に画集を購入して見て頂きたいものである。一応、Amazonのリンクを貼っておくので興味がおありの方は見られるといいかもしれない。

僕は過去に再現性の在るものに対しての興味がさしてなく、加えて言葉で全てを表現できてしまえる作品についてはあまり興味関心がない。勿論、作品について僕等は言葉でしか語り得ないので仕方がないとは思う。だが、それでも語り尽くせない何かを持つ作品には心を奪われるものである。それが僕にとっての入江明日香の作品である。

どの作品を見ても僕には言葉にならない何かが心にしこりとして残っている。それを今回何とか言葉にしてみようとしたのだが、どうもうまくいかないというのはここまで読んで貰えれば分かるだろう。何とも稚拙な文章ばかりで、のべつ幕なしに語ってしまっている。しかし、こういう作品に出会えたことに僕は感謝をしたい訳である。それは考える余地があるからである。

正しく、僕風の言葉で言うならば「あそび」としての作品がここには存在するのである。


さて、今日は少し疲れているのでここまでにしておこう。画集もまだ数周しかしていないから、もう何度も味わいたいので少し時間が掛かるだろう。本当に手放しでオススメできる作家である。ぜひ興味がある人は手に取られるといいかもしれない。

よしなに。

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