曇りの日には窓を磨こう
気分を変えたいとき、助けになってくれるのはどんなことだろう?
たとえば、深呼吸をする。
深く息をしようとすると、つい吸う方に意識が向ってしまうが、上手くいくコツは、しっかりと吐き切ることだ。
細く、長く、最後の一息までを絞り出した後。
力を緩めると、たっぷりとした空気が肺を満たしていく。
新鮮な空気が胸郭を押し広げていく感覚は、波立った気持ちをしずかになだめてくれる。
たとえば、水を飲む。
できればがぶ飲みじゃなくて、ゆっくりと味わうのがいい。
口に含んで、喉を通り過ぎていく感覚。
舌の上に広がる温度。
そういう感覚をひとつひとつ拾い上げていくと、ただノーカロリーの水を飲んでいるだけなのに、なんだか不思議と、エネルギーをチャージしてるような気分になる。
まるで、植木に水でもやるみたいに。
たとえば、思いっきり伸びをする。
指先から頭のてっぺん、爪先まで、思いっきり反対方向に引っ張るみたいに伸ばして伸ばして。
ふっと脱力すると、それまで肩周りや首周り、その他もろもろに無意識に入っていた力も、一緒くたになって抜け落ちる。
そうして深く息を吐くと、力と一緒に、別のものも剥がれ落ちてくれるような気がする。
あれはいつだったか。
窓を磨くのは、晴れの日よりも曇りの日の方がいい。と教えてくれた人がいる。
「晴れの日は空気が乾いて、汚れが落ちにくいでしょう?
だから曇りや雨の日は、窓拭き日和なのよ」
ぐずぐずとした天気と一緒に、心までぐずぐずと落ち込んでいきそうな時は、よくこの言葉を思い出す。
思い出して、本当に窓を拭き出すわけではないのだけれど。
晴れには晴れの、雨には雨の、曇りには曇りの良さがあるのだな、と思えるだけで、なんとなく救われた気分になる。
エネルギーの枯渇した抑うつの最中、窓を磨き上げるのは、普段以上の一仕事だ。
実際には、ほぼ不可能といってもいい。
だから代わりにというわけでもないけれど、試みに、眼鏡を磨いてみたりする。
これならば、どんなに丁寧にやっても1分とかからない。
そうして磨いた後は大抵「あれ? こんなに曇ってたんだ」と、視界のクリアさに驚くことになる。
まるで、内向きに閉ざしていた小さな窓がひとつ開いて、さわやかな風が流れ込むような。
そんな気分になる。
なるほど、眼鏡も目も、見ようによっては、世界に向けて開いた窓のようなものかもしれない。
時には、あまりクリアに見えない方が楽なこともあるけれど。
光を取り込みたいときにはまた、眼鏡でも磨こう。
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