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#54 色とりどりな教職員集団をつくろう~マシュー・サイド『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』より~|学校づくりのスパイス

 前回は単なる個人の総和とは異なる「集団の知性」(集合知)について考えてみました。今回はさらにこの視点を一歩深め、学校という組織の集合知と集団の多様性(ダイバーシティ)の関係について考えたいと思います。

 今回とりあげるのは『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年)です。筆者のマシュー・サイド氏は英タイムズ紙のコラムニストであり、また卓球の全英代表としてオリンピックに2回出場した経験もあるそうです。

優れた人の組織より、いろいろな人の組織

 学校は組織体です。近年の学校課題はますます教員個々の力量で対応することの困難なものが多くなりつつあり、組織力の発揮が今日の学校にとってきわめて重要な課題であることを学校関係者の多くは自覚しています。

 ところが学校の組織力を発揮するためにはどうしたらよいのか、という問題については、あまり議論は深められていません。組織力発揮のために、学校現場でくり返し強調されてきたのは「共通理解」です。ですが筆者はこの言葉にずっと違和感を抱いてきました。

 というのも、それぞれの教員の脳を解剖して、頭の中の回路を調べるわけにはいかないからです。だから「共通理解」がなされているか否かは言動から評価するしかありません。誤解を恐れずに言えば、個々の教員が似通った言葉を発し、足並みをそろえて行動できていれば共通理解がなされていることになる、というのが学校現場にありがちな思考法ではないでしょうか。

 けれども、この「共通理解」の発想には、致命的な弱点があります。それは、教員の一体感と引き替えに、組織のダイバーシティが犠牲になることです。本書には次のような指摘が出てきます。
 「人は同じような考え方の仲間に囲まれていると安心する。ものの見方が同じなら意見も合う。すると自分は正しい、頭がいいと感じていられる。自分の意見を肯定されると、脳内の快楽中枢が刺激されるという研究結果もある。こうした『類は友を呼ぶ』傾向には、いわば引力のような力があって、その集団全体を問題空間の片隅に引きずりこんでしまう」(68頁)。

 この指摘を聞いたらドキッとする学校関係者は少なからずいるのではないでしょうか。ドキッとしないならば、問題はさらに深刻であるのかもしれません。

 本書のテーマは多様性ですが、本書では集団の多様性を高めることは、優秀な人材を集める以上に、集団の知の発揮にとって重要であることがくり返し強調されています。

 たとえばボストンのルート128の西側地域とシリコンバレーとの対比です。

 1970年代に奇跡的な経済発展の地として有名であったルート128の西側地域には世界最大級のハイテク企業6社が建ち並び、優秀な人材を集め、自分たちですべてをまかなうことで中間コストを削減し、知的所有権によって優位性を高めていたといいます(206~208頁)。
 
 一方のシリコンバレーはよく知られているように「エンジニア達が自由に交流し、情報やアイデアが活発に行き交い、融合して、さらに新しいアイデアが生まれた」(210頁)と表現されています。その後の両地域は対照的な運命をたどることになりましたが、二つの地域の明暗を分けた原因をサイド氏は「天才族はネットワーク族より賢いが、イノベーションを起こす率は低かった」(320頁)とまとめています。

マシュー・サイド『多様性の科学 画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織』ディスカヴァー・トゥエンティワン

ダイバーシティな学校組織づくりは可能か?

 今日のように多様化した社会に対応するためには、学校内の組織成員間でも現象の見え方が異なっていたほうが有利なのは、理屈を考えてみれば自明なことですが、効果的なダイバーシティを現在の学校の中で実現していくのは容易な課題ではありません。

 現在の日本の学校システムのもとでは、教員は標準化されたカリキュラムで養成され、採用後の成長も育成指標によって枠づけられ、先述のように組織のなかでは共通理解が強調されるからです。

 しかし、だからといってあきらめる必要はありません。以下に紹介するように、本書には、学校で多様性を活かすのに活用できそうないくつかのヒントがあげられています。

 第一にリーダーの存在です。多様性が大切であるからといって、リーダーを置かなかったり、複数置いたりする場合には、責任の所在が曖昧になり、かえってアイデアが殺されてしまう結果となるそうです。組織にヒエラルキー(序列)は必要であると本書は指摘しますが、ただしそれは「支配」によってつくられるべきものではなく、フォロワーの心理的安全を高めたうえで、「尊敬」によってこそつくられる必要であるということです(148~161頁)。

 第二に人を標準化して理解し、型にはめてしまうことのリスクを自覚することです。本書では心理学のある実験で、無駄をそぎ落としたオフィス環境よりも、絵や観葉植物のある環境のほうが生産性は高くなり、個人の好みや個性に適応させられる環境であると、さらに生産性が高くなることが指摘されています(305~309頁)。学校流に言えば、教室や職員室の自由度や彩りを高めたほうが生産性につながる可能性があります。

 第三に自分が陥っている無意識のバイアスを取り除く努力です。本書では履歴書を目隠しして審査を行うといった工夫や、若手社員など声の小さな人の意見をより拾いやすくする「影の理事会」といった工夫が紹介されています(331~336頁)。学校でもたとえば、カリキュラムや活動の評価改善を検討する際には、紙に書いて一覧化してから行うようにすれば一部の人の声ばかりが結果に結びつく弊害を軽減することができるはずです。

 これらの発想を何らかのかたちで実現することは、個々の学校経営の実践の中でも、また一人一人の教員の学級経営の実践中でも可能です。

 もっとも、組織のダイバーシティが大切だからといって、これをマニュアル化して「型にはまった多様性」が追求されるとすれば、それこそ自己矛盾です。上であげたようなヒントをどのように具体化していくのが効果的かは、多分に学校の置かれた環境に依存しているはずです。リーダーの腕前の見せどころではないでしょうか。

【Tips】
▼筆者のサイド氏はTEDでも人気です。

(本稿は2018年度より雑誌『教職研修』誌上で連載された、同名の連載記事を一部加筆修正したものです。)

【著者経歴】
武井敦史(たけい・あつし)
 静岡大学教職大学院教授。仕事では主に現職教員のリーダーシップ開発に取り組む。博士(教育学)。専門は教育経営学。日本学術研究会特別研究員、兵庫教育大学准教授、米国サンディエゴ大学、リッチモンド大学客員研究員等を経て現職。著書に『「ならず者」が学校を変える――場を活かした学校づくりのすすめ』(教育開発研究所、2017年)、『地場教育――此処から未来へ』(静岡新聞社、2021年)ほか多数。月刊『教職研修』では2013年度より連載を継続中。

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