見出し画像

プライドが邪魔をする2

プライドが高い人はプライドの対象になっているもの(偶像)でインチキ自己肯定しています。つまり、インチキ自己肯定している限り自己受容ができていません。自己受容できなければ波動を体感することもできません。

私自身、波動の体感する精度が弱い場合はまずインチキ自己肯定を疑っています。自己受容とインチキ自己肯定は正反対の構図。これを覚えおけば対処は早くなります。

さて、プライドが高い人というのは割と実績があったり社会的地位が高い傾向があります。しかしそのような人ほど自己受容ができません。
逆にできる人はかなり優れた人だと思います。
というかそういう人はプライドがないです。
自己受容ができないままプライドだけが高くなっていく人は大人になって、子どもを操り人形にしてインチキ自己肯定してしまいます。プライドが高い人の身近な例を挙げます。今まで関わってきた人の中で最もプライドが高かった人は祖父でした。エベレスト級のプライドの高さだと思いました。

祖父は戦時中近衛兵でした。近衛兵に選ばれることは名誉なことだとされていたようです。私はどうでもいいと思っていますが。
天皇陛下から「優秀である」と称賛されたそうです。

戦時中天皇という存在は「神」でした。「神」に称賛されるという経験を祖父は誇りに思いましたがそれが大きなプライドになってしまいました。

まぁ、明治天皇が偽物であることがわかった以上昭和天皇も偽物なわけで、祖父は偽物からお墨付きを得たというわけです。何も知らず本人はこの世を去りましたが…何とも言えないですね。

そんな祖父は、ある時交通事故を起こしました。加害者側です。
運転操作を誤ったらしいです。その当時、私はまだ高校生で詳しい事情は知らないのですが、被害者は歩行者で半身不随になってしまったそうです。事故を起こした以上、相手に謝罪をしに行かなくてはいけないわけですが、これがなかなかできませんでした。
プライドが高くなってしまうと、自分の過ちをなかなか認めることができないのです。自分はこんなにも偉いんだ。そんな私が何故謝らないといけないんだという思考になるのです。

実際祖父は、自分は悪くない、向こうが勝手に飛び出してきたから悪いんだと言いだす始末で、両親はかなり困り果てたそうです。

しかし、被害者の家族は怒り心頭。
このままでは訴えられる可能性もあったかもしれません。
保険会社を通すにしても、人身事故なんだから謝罪するくらいの誠意は見せないとダメでしょう…。

結局祖父は被害者のお宅を訪問し、土下座して謝罪しましたがものすごい屈辱感を味わったそうです。プライドが高い祖父はその屈辱感を受け入れることができず、ごまかして逃げてしまいました。
自分の醜態を受け入れられず虚勢を張ったのです。
虚勢を張るのもインチキ自己肯定です。そんなことを繰り返していくうちにただプライドが高いだけの頑固爺になり果てました。

プライドが高い人ほど、自分の非を認め受け入れたり謝罪することが困難になります。まるで、認めるくらいなら死んだ方がマシとでも思っているかのよう。こういう人が自殺に走ってしまうのかもしれません。

コンプレックスの塊の人が高い地位を獲得してもただプライドが高くなるだけです。特に誰もが羨むような社会的地位やステータスを持っている人は要注意です。誰もが羨むような社会的地位やステータスというのがそもそも偶像なのです。
それを持っている自分と持っていない自分をどちらも受け入れられるかどうかを確認してください。それができなければ確実にインチキ自己肯定しています。その高いプライドは早めに捨てないと後で厄介なことになります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?