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物語で出会った知識を忘れたくない
小説を読んでいると
よく知らない言葉に出くわすことがある。
単語自体は知っているけど意味は分からないものだったり、はたまた言葉丸ごと何なのかまるっきり分からない時も結構ある。
そんな時、自分は少し得した気分になるのだ。
普通の生活の中では知り得ないこと。
自分の興味の外側から入ってくるもの。
きっとこの小説を読んでいなかったら、永遠に調べようとしなかっただろう知識に関して「物語を読むこと」を通して知ることが出来るから。
つまり、物語が知識を授けてくれるのだ。
まぁ、たまに落としていくのを拾っていくような感覚の時もあるけど。
例えば、最近再読した坂木司さんの「和菓子のアン」と言う小説では、遊び心に満ちた和菓子の知識をたくさん知ることが出来た。
和菓子のアン/坂木司
そうだ。まずは一般的なところで春ならぼた餅、秋ならおはぎと名前が変わる。(p.209)
正直、かすかに覚えはあったのだけど、いざ問われてみるとちゃんと答えられたか分からないなぁというこの知識。
おはぎって呼び方たくさんあるんだね。
この小説では他にも専門的な和菓子の知識がたくさん登場するので、読んでると段々、大福や饅頭、練り切りを食べたくなってくる衝動に駆られる。
ちなみに、自分は団子を口に頬張りつつ読んだ。
行儀が悪いことは反省しているが、致し方なかった。
文句の程は、あまりにも美味しそうにみたらしを売ってた団子屋に言って欲しい。
こんな風に、普段は見落としがちな言葉や今まで触れてこなかった世界が、手のひらに収まるほどの小さな本から不意に落ちてくるのだから驚きだ。
ただ、必ずしもその知識が頭に残り続けていくとは限らない。
先ほど紹介した「和菓子のアン」に関しても、最近再読したから覚えているという部分も多いにあるのだ。10年後に覚えているかと聞かれたら、自信を持って答えることはできない。忘却確立は65%と言ったところ。
なんせ本は次から次へと迫っているのだ。
積読している本の山を
必死に切り崩している際中なのだ。
せっかく覚えた知識も、洪水のような情報の海に流されて行ってしまう。
それが、もったいなくてしょうがない。
だから今は、本の内容や読み終わった時の感情を忘れないように、せっせと文字に起こして感想文としてしたためるようにした。ゆるくではあるけど。
しかしながら、それ以前に読んだ本や物語の端に出てくる細かい知識はどうしても記憶から漏れ出てしまう。そういう物語の本題とは関係ない端の部分が面白かったりもするんだけどな。
ただ、そんな6月の梅雨時期の降水確率と張り合うレベルの忘却確立を誇る頭の中でも、なぜかずっと忘れないでいる言葉がある。
それは「友愛数」と言う言葉。
これは小川洋子さんの「博士の愛した数式」に出てくる言葉で、登場人物たちの何気ない会話の中で登場する。
博士の愛した数式/小川洋子
簡単にあらすじを説明すると、事故によって記憶が80分でリセットされる博士のもとにやってきた家政婦の私と、その息子のルートが博士の大好きな数字を通して交流しながら、心を通わせていく物語。
そんな「博士の愛した数式」では、数字にまつわる言葉や知識が数多く登場するのだけど、その中でも特に印象に残っているのが「友愛数」だった。
正解だ。
見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。
220の約数の和は284。
284の約数の和は220。友愛数だ。
めったに存在しない組み合わせだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。(p.32)
つまり、片方の数字の約数の和を足すと、もう片方の数字になる対となった数字のことを「友愛数」と言う。名付けた人はとても良いセンスをしてると思う。何様なんだろうか自分は。
この本では他にも、興味深くて面白い数字の知識がたくさん登場する。
「数学は苦手だから」と言う人も安心して欲しい。自分も数学は全然得意じゃなかったし、もはやセンター試験はロトシックスばりに勘でマークシートを塗りたくっていたぐらいだったけど、博士の分かりやすい説明のおかげで「うんうん」と何度も頷きながら数字の世界に魅了される程だった。
そして何よりも自分が嬉しかったのは、この本に出てきて初めて知った「友愛数」と言う言葉を今でも覚えているということ。
物語から授かった知識が
物語と共に今も記憶の中にいるということ。
この「友愛数」という言葉がふと頭に浮かんだ時に、自分は「博士の愛した数式」のことも一緒に思い出す。知識と物語が繋がっていて、その本を読んだときの感情が溢れてくる。
もちろん、今まで読んだ本の中でも「なるほど!」と手を打った知識や初めて知った言葉はいっぱいあった。そして、後に忘れてしまっている事柄はいくつもあるだろう。
それでも、今読んで心に残った言葉や本から得た知識は、いつの日か連想して物語を思い出せる。
「友愛数」と「博士の愛した数式」のように。
だから、そんな経験をまたしてみたいと思いつつ
これからも物語を読んでいく。
参考書や専門的な本から学ぶ知識も、それはそれで自分の血となり肉となるもの。
だけど、唐突に現れてはひょいっと帰っていく物語から得た知識も自分は好きだったりする。
もちろん、ひょいっと帰らせないことが大事だ。
でも、あいつらすぐに右から左へ流れていくからな。
困ったものだな。
そんな訳で、これからも物語が不意にプレゼントしてくれる知識を忘れないようにしたいと思っている。
これを意識しながら読むと
読書がもっと楽しくなるかもしれない。
あくまで、かもだけど。