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9月読んだもの 雑観
最初に雑観を書いたのが10月だったので
いつの間にやら季節を一周してしまっていた。
いつかの岸辺に跳ねていく/加納朋子
大きな体と穏やかな人柄を合わせ持つ少年と、お人好しで誰にも優しい幼馴染の少女、そんな二人の物語が重なった時、相手を思いやる温かな真実が明らかになる、加納朋子の長編小説。
「日常の謎」にフォーカスした作品が多い加納さん。
この作品でも、あっと驚く仕掛けが施されている。
自分でどうにかしなければならないこと。
他の人に頼っても良いこと。
その二つの線引きが曖昧になればなるほど
無理に背負っていく荷物が増えていく。
きっとそのバランスを均等に保っている人なんて一握りで、多くの人がその重みに耐えかねて投げ出してしまったり、潰されてしまう寸前まで抱えこんでしまう。
でも、この作品に登場する二人のように、片方が背負った重荷に気づいてくれたならば、片方は支えられることを恐れずに受け入れることが何よりも大事なんじゃないかと思った。
自分も友達が背負いすぎた荷物に気づいた時には
手を差し伸べてあげられる人でありたいな。
鳩の撃退法/佐藤正午
元小説家の男が自らの記憶を元にした小説を軸に、数々のトラブルや騒動が織り込まれ、思いもよらない物語が浮かび上がる、佐藤正午の長編小説。
新幹線に乗った時の車内広告で、やたらと目に入ったこともあり興味を持ったこちらの作品。
何だか妙に語呂がいいタイトルで
つい口に出したくなる。自分だけかな。
一家の失踪。偽札騒ぎ。忍び寄る裏社会の影。
非日常な出来事たちは小説家の手によって、さらに輪郭を無くし、現実と虚構との境目を朧げにしていく。
それぞれの時系列が複雑に絡まっていて、描かれている一幕はどこまでが切り取られて捻じ曲げられたものなのか、読者には判断がつかない。
例えるなら、机をびっしりと埋め尽くすように無造作に貼られた付箋を、一枚ずつ剥がして読んでいるかのような気分にさせられる。
それでも、この上下巻で1000ページを超える物語を読み切る事ができたのは、主人公を始めとする登場人物たちの、噛み合っているのかいないのかよく分からない会話劇と、どこか気取った文章に惹かれてしまったんだろうなと。
ただ、この物語を読み終えた直後は、主人公の喋り方がしばらく移ってしまいそうでなんか嫌だった。
惹かれはしたけど、なりたいわけではないからな。
ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術/黒田悠介
議論をする際の相手役になりながら、気づきやスキルなどの価値を提供するディスカッションパートナーとして、これからの新しいキャリア論を提唱している黒田悠介さん。
そんな黒田さんが「ライフピボット」と言われるキーワードを用いて「キャリアの転換」について語っているこの本。
何となく「副業」や「転職」について考える機会も増えていた中で、本屋に平積みにされていたこの本が目に入り、気になって読むことに。
特に興味を惹かれたのが「ライフピボット」つまり、キャリアの転換を軽やかにこなしていくために必要な「三つの蓄積」と言われる概念。
①価値を提供できるスキルセット
②広く多様な人的ネットワーク
③経験によるリアルな自己理解
どうしても新しいチャレンジをするとなると、何から始めれば良いのか分からず、その場で立ち往生してしまうこともしばしば。
そんな時に、これまで自分が経験してきた「三つの蓄積」が、偶然を交えながらも自らのステップアップを手助けしてくれるのだ。
また「三つの蓄積」を貯めるためのアクションとして推奨されている「六つのアクション」のうち、二つ目の「発信し続ける」と四つ目の「コミュニティに参加する」については、自分でも意識して取り組んでいたことだったので、とても興味深く読む事ができた。
それに、この「発進し続ける」と「コミュニティに参加する」はどちらも「ライフピボット」で言うところの「じわじわ効いてくる」アクションに分類されているのも驚きだった。
本人が意図せずとも、同じような方向性で「蓄積」は積み上がっているものなのかもしれない。
また、コロナ禍になってから書かれた本になるので、不安になりがちな現状の世界を踏まえた上で書かれていることもあって、自分事としてすんなりと内容が入ってきた。
何となく「転職」や「副業」に対して、高いハードルのようなイメージを持つ人こそ読んでみて欲しいなと思った。参考にしてみては。
カラフル/森絵都
自殺を図った少年の体を受け継ぎ、家族や友達との関係に翻弄されながらも自らの過去と向き合っていく、森絵都の不朽の名作。
子どもの頃に読んだ人が多いのかもしれない。
自分が読んだのは最近だったけど、何だか懐かしい気持ちになった。
生前の罪によって生まれ変わるための輪廻のサイクルから外された主人公が、運よく現世での再挑戦のチャンスを得たことから物語は始まる。
自殺を図った少年の体に魂だけがホームステイした状態で、周りに気づかれないように振る舞って生活する。
この物語では、特殊な状況下である主人公だからこそ感じる心の機微がとても丁寧に描かれていた。
どこか他人事でありながら、自らの感情を抑えきれずに周りに吐露する。でも、だからこそ、そんな彼が起こす行動の変化に胸を打たれる。
誰もがカラフルな色を羨んで追い求め、見えないキラキラしたものになりたがる。そうしていつしか自分の色を決めつけて、周りの色に馴染めずに窮屈な世界に閉じこもってしまう。
だけども、この世がカラフルで複雑怪奇な色をしているのと同様に、自分たちも一色では表しきれない清濁入り混じった一面を併せ持っている。
良いところばかりでもないし
悪いところばかりでもない。
そんな登場人物たちの姿が
とても人間らしくて良かった。
クララ殺し/小林泰三
夢と現実の二つの世界で少女の命を狙う邪悪な殺人計画を巡り、主人公はどうにかして彼女を守るべく、両方の世界で真実を追い求める、小林泰三の長編ミステリ。
前作「アリス殺し」に続く「メルヘン殺しシリーズ」の第二作目となる。
まさか続くと思っていなかった。あの終わり方で。
今作は、あまりにも登場する人物が多い上に、馴染みのない覚えにくい名前の人物たちが矢継ぎ早に会話を繰り出してくるので、気を抜くと誰がしゃべっているのか見失いそうになる。
ちなみに、前作に引き続き登場する蜥蜴のビルは
今回も見事な道化っぷりを披露していたので非常に見分けやすい。助かる。
また、現実と夢の世界が何度も反転しては物語が展開していくので、終盤に差し掛かるにつれて頭がこんがらがってくる。何度も考えるのを放棄したくなった。
しかし、前作に引き続いてダークな世界観とポップな邪悪さを内包した物語は、最後まで読者を惑わしては驚きの真実を提供してくれた。
メルヘンチックな童話と残酷なミステリ。
全く異なる世界観でありながら、どこか通ずるものがあって、違和感なくミステリの要素が物語に溶けこんでいるのが面白かったな。
あと、なんだかんだ正直者のビルは憎めなくて好き。
9月は以上、5冊。
ちょっと遅くなってしまったし
少し長くなってしまった。
来月こそは後回しにせずに
月末には完成させてやるぞ。