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90歳の館長と9人のドラァグクイーンのドキュメント映画「十人十色の物語」が、寝不足してでも観る価値ある名作だった。

駅前の女子高生たちが、バッと一斉に私を見ました。
さながら、チーターを察知したガゼルの群れ。

「キャー!ミミズク、めちゃかわー!」
と、私が叫んでしまったから。
そりゃ見ますよね。
だって、ヒゲのオッサンが野太い声を、甲高く響かせてるんですから。

「きゃーみみずくめちゃかわー。だって」
「キャハハハハッ!」
誰かがマネをして、ドッと笑いが起きていました。

たまたま、ペット用の小さなフクロウを肩にのせて散歩してる人がいて。
私が思わずハシャいでしまったのがいけなかった。
一緒にいた連れ合いが
「アンタはほんまにおばちゃまやなぁ」
と、背中をポンポンしてくれました。
自分を分かってくれる人と出会えたのは、本当にありがたいことです。
(笑いをこらえてたのは見逃さなかったけど)

私はシス男性を自認しているのですが、育った環境のせいか、感情がたかぶると”女性的”とされる振る舞いになります。
「わー見ろ見ろ!」ではなく「キャー見てみて!」
「んだとコラァ!」ではなく「なによ!ちょっと!」
などなど。
つまり、テンション上がると噴き出ちゃう、ボルケーノ型おばちゃま。

それが理由で、若い頃は職場でイジメられたこともありました。
先輩「お前は中身が女だな。今日からオカマキャラでいけよ」
私 「・・・(いろんな意味で失礼だな)」
先輩「そんでデブキャラ」
私 「・・・(オカマ関係なくなったな)」
といった具合。

そんな私にとって、ドラァグクイーンのお姉様方やゲイバーのマスターとおしゃべりする時間は、とても居心地の良いものでした。居心地が良すぎて、かつてはお店の近くに住んでてたくらい。
異性愛者のピン客でもカウンターに座らせてくれるお店が、まだなかなか見つからなかった昔のことです(木こり専としてスカウトされたことも)。

あれから時代は一巡り。とあるドラァグクイーン映画に、こんなに魅了される日がくるとは。その一作と別れるのが寂しくて、サブスクやめられないくらい。

とあるご年配の女性と、お姉様方の素敵な関係を追った物語。
『十人十色の物語〜今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン〜別府ブルーバード劇場』といいます。
シアター・フォー・オールという配信サービスで見ることができます。

内容は、タイトルそのまま。
2021年に卒寿を迎えた岡村照さんと、ドラァグクイーン9人のドキュメンタリーです。

照さんは、昭和24年から続く大分県別府の映画館「別府ブルーバード劇場」の館長。御歳90歳超えです。
一見したところでは、セクシャルマイノリティなどの世界とは無縁そう。

しかしそれは先入観。いや、偏見なのです。
だって、この劇場で開催される映画祭には、彼女を慕うドラァグクイーンのお姉様方が、毎年全国から応援にやってくるのですから。
「てるちゃ〜〜〜〜ん!」って手を振りながら。

そんな羨ましい関係に迫った本作は、90分たらずの観やすい尺。
ほぼ全編が10人へのインタビューという、シンプルな構成です。

彼女たちがこれまでどうやって生きてきたのか。どんな人と出会い、別れ、そして今どう考えているのか。
ドラァグクイーンという生き方を選んだお姉様方の言葉。
90歳を超えてなおオープンマインドでいられる、大お姉様の言葉。
その一言ひとことが、めちゃくちゃに面白い。そして味わい深いのです。
読後感は、ビターで、スイートで、ビューティフル。かなり中毒性の高い映画です。

すべての人に是非おすすめしたい作品だったので、少しご紹介したいと思います。

性の目覚め。初恋。家族。カムアウト。バッチリ笑わされ泣かされる、エンターテイナーの真骨頂。

本作におけるドラァグクイーンへのインタビューは、かなり突っ込んだ内容ばかり。性の目覚めについて、初恋について、家族について、カムアウトについてなどなど。

語り口は、シリアスであったり、ユーモラスであったり、あっけらかんとしていたり。まさに9人9様ではあるものの、いずれも赤裸々です。

でも。そこはさすがのドラァグクイーン。カルチャーを背負ったパフォーマーであり、エンターテイナーです。
なので、ずっとおもしろい。ずっーっと聴いていられる。独特なフロウの一人語りが、しっかりエンターテイメントになっているのです。
あぁ。見ず知らずの、赤の他人の話が、こんなに心地よいなんて。

さらに、聴いていられるだけでなく、見ていられる。
これは丁寧に収集された資料の数々、そしてお姉様たちの衣装、メイク、エレガントな所作によるところが大きいと思います。
座っているだけで、画になる。まさにドラァグクイーンの真骨頂といったところでしょうか。

「これ、笑っていいの?」とかナシ。安心して笑えます。ウソつきました。ちょっとだけギョッとするところがあります。
そして泣けます。もらい泣きも、笑いすぎの涙もあります。私は夜中にゲラゲラ声出して笑いました。

そしてなにより、考えさせられます。それは「出会い」について。

ドラァグクイーンのみなさんの多くは、自ら出会いを求めてきた人たち。
生きづらかった地元や、学校、人間関係。
そこを飛び出して出会った、新しい世界、新しい人。
出会いと別れを重ねるなかで、嬉しかったこと、感動したこと、衝撃を受けたことが語られます。
悲しかったこと、つらかったこと、現在進行形の苦労も少し語られています(このバランスがまた絶妙。ちょっとカカオ多めのチョコみたい)。
その結晶である今の彼女たちが、魅力的なのです。
凛としてしなやか。タフでありながら繊細。知的なのに人情深い。
新たな出会いを怠けることは、自分を怠けることなのかもしれません。

そんなお姉様方は、パンチライン量産マシン。
「このセリフが心に残った」とか挙げてたら、全編書き起こしになるレベルです。
でも、あえて一つだけあげるとしたら。とあるエピソードの最後に、ポツリと加えられた一言。

「はじめてちゃんと泣いたかな」

私の目は、まだ名前のついていない涙でいっぱいになりました。40歳のおっさん、視界がユラユラしたの久しぶりです。
私はここで「ゲイ」という英単語の元来の意味を知りました。「プライド」に込められた想いも。

ドラァグクイーンは絢爛が看板のエンタメ稼業。明るく振る舞って当たり前の客商売です。
それはわかっちゃいるのですが、苦味さえ笑いのめすあのパワフルさや、理屈無用のカラフルさは、まちがいなく救いになるのです。
ホワイトボードを擦るように、自分を消したくなってしまう。そんな夜にはとくに。

なんだか眠れないな、とか。もうTVは通販番組ばっかだろうな、とか。そんな時に観てみてください。おそらく、ますます眠れなくなります。
でも、そこがいいんじゃない!
ゆっくり眠れるような映画もいいですが
「この映画なら、寝不足しても惜しくない」
と思える映画もいいものですよ。

ちなみに。エンディングテーマも最高です。
新宿二丁目発ドラァグクイーンアイドルユニットGAYSHA GALsの「キラキラ☆MAKE UP」という楽曲。ジャンルはパラパラかな。
RAM RIDERプロデュース。
この一文、込み入ってますね。情報量多すぎ。
間違いなく言えるのは、さすがのRAMちゃんクオリティということです。

https://ramrider.com/news/gayshagals-kirakira-make-up190527/


照ちゃんは「未来からやってきた人」。”らしさ”に揺さぶりをかける生き方。

さて。本作の中心人物、照ちゃん。彼女がなぜそれほどまでにドラァグクイーンのお姉様方から慕われるのか。

それは、照ちゃんが分け隔てなくみなさんを歓迎し、一緒にパーティを楽しむからです。
しかもそれが、お仕着せではない。誰かに教えられたとか、世の中がそうなってるからとか、そういうんじゃないんです。とても自然体。あくまで当たり前なこととして。
とあるお姉様はこう言いました。
「照ちゃんは未来から来た人。みんな、照ちゃんみたいになるといい」

観客は、ここで一つのミステリーを感じることになります。
どうしてそんなオープンマインドでいられるのか。
齢90歳を超えてるんですよ?同性愛がタブーとされて来た時代を長く生きてらっしゃるわけですから。

照ちゃんへのインタビューが、その背景を徐々に明らかにしていきます。
ネタバレになるので、詳細は控えたいと思いますが、別府という町での生い立ちに関係がありました。
「なるほど。そういうことか」
と。

別府は港町。もしかすると、いろんな人がいろんな所から流れてくるという土地柄だったのかもしれません。
他の町同様、閉鎖的なところが強く残るところも多々あるとは思いますが、もしかすると照ちゃんは、別府のもつ多様性という側面から影響を強く受けたのかもしれません。
(ちなみに。別府は今やダイバーシティ先進市。障害や国籍など、いろいろな人がいる町になっています。アーケード街は路面やお店がバリアフリーになってたり。訪れた際はぜひ見てみてください)。

そして終盤、照ちゃんはこれからの世の中に対して、とある希望を口にします。これが、ドキッとするほどシンプル。
やれダイバーシティだの、多様性だの、人権だのと、小難しいことを一切言わず、端的に、小学生でもわかるようにズバッと言い切ります。
正直ここだけは、照ちゃんの言葉に年齢を感じました。
もちろん、いい意味。歳を重ねることとは、賢くなることなんだな、と。こうやって老いたいものだな、と。

作中、ドラァグクイーンたちのインタビューから見えてきたのは個人史、つまり過去の話でした。
それに対し、照ちゃんのインタビューは社会史であり、願わしい未来を指差して見せる、という構造になっています。
歴史を重ねて来た人が、こんなにも未来を感じさせてくれる。そんな不思議もまた、この映画の大きな魅力のひとつです。

とあるお姉様はドラァグクイーンをこう説明していました。
「女性性や男性性を、奇異なまでに誇張してみせる。そうすることで、社会が勝手に決めている”らしさ”に揺さぶりをかけるパフォーマンス」

社会が勝手に決めた”らしさ”に揺さぶりをかける。
その点においては、照ちゃんもまた負けず劣らず、観ているこちらに大きな揺さぶりをかけきます。
登場人物の中で一番ノリがいいのは、照ちゃんなんだもの。おそらくダントツで。
なみいるお姉様方をさしおいて、出会いを、自分自身を、最高にエンジョイしているように見えます。
自分を楽しんで生きることにSOGIEも年齢も関係ない。
そんな90歳を観るだけでも、この映画を見る価値はありますよ。

サブテキストもおすすめ。私はずっと理解できなかったことが理解できました

同作品に付随して、二つのサブテキスト的動画も必見。
ブルボンヌさんが、丁寧に、ときにユーモラスに、たまにアカデミックに、つまりわかりやすーく解説してくれます。
氏はNHKラジオでもパーソナリティを務めているので安心感もあったり。

私は長年の謎が解けたりと、とても勉強になりました。

こちらもぜひ。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


本コラムはLGBTQ+総合ポータル&マッチングサイト「ナナイロ」にも掲載されています。


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