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ショート・ショート

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今まで投稿したショート・ショートを纏めました。2,000文字以下の短い話ですが、「落ち(下げ)」に拘って書いてます。
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2024年2月の記事一覧

【ショート・ショート】勘違い

【ショート・ショート】勘違い

「ご飯よ」
 私は、二階の子供達に向かって声を掛けた。夫はとっくに晩酌を始めている。

 やっと支度を終えて席に着くや否や、頃合いを見計らったように電話が鳴った。
 もう。
 重い腰を上げて受話器を取ると、いきなり甲高い声が飛び込んできた。思わず耳から遠ざける。近所に住む友人の晴美からだ。
「今、いい?」
 不機嫌になりかけていた気持ちは、一瞬にして吹き飛んだ。

 ドヤドヤと子供達が降りてきた。

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【ショート・ショート】写真

【ショート・ショート】写真

 カラン、カラン。カウベルが勢いよく鳴って、明子が入ってきた。
 近くの喫茶店。
「ママ、コーヒー、お願い」
 薄手のコートを脱ぎながら、裕一の向かいに滑り込んだ。
「ゴメン、出掛けに母に捕まっちゃって」
 と片目をつぶり、拝む仕草をする。いい表情だ。パシャッ。心の中でシャッターを切る。
 今日はカメラを持参していない。

「用って何?」
「小母さんから、アッコが結婚するって聞いたから」
「しない

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【ショート・ショート】匂い その2

【ショート・ショート】匂い その2

「日溜まりの匂いがする」
 サキは幼馴染みだ。

 僕は思わずTシャツの肩口を交互に鼻に持っていった。
「何してるの?」
「別に」
 僕は気づかれないように、サキから半歩下がった。夕べは遊び疲れて、風呂に入らずに寝てしまった。
 だから登校の途中でサキに会った時から気になっていたんだ。
 さっさと行けばいいものを、サキは僕の横に並ぶ。

「拓くんは、日溜まりの匂いがするの」
 サキが繰り返した。僕

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【ショート・ショート】夢……?

【ショート・ショート】夢……?

「そんな夢みたいな事、あなたが言うなんてね」
祥子は、そう言いながら部屋を出ていった。

「うーん、夢というより現実逃避に近いな」
勝也は、意味不明なことを言う。

「いつまでそんな夢見てるんだ!」
祐二はいきなり怒り出した。

「夢よねぇ。ホント私も見てみたい」
祐子はうっとりと微笑んだ。

「ねぇ、ねぇ、夢の続き、聞かせてよーっ」
妙子は、ずっと私の後にくっついてくる。

明美は、
「夢なら醒

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【ショート・ショート】リンゴ

【ショート・ショート】リンゴ

 『普段買う値段の十倍の金を払って買ったリンゴに傷があったら、あなたはどうしますか?』

 手持ち無沙汰に買った雑誌に、あった。
 ページの真ん中に大きな文字が座っている。
 性格判断? アンケート? いや、心理テストかな。
 解説は次のページらしい。暇潰しには丁度いい。

 どれ、どれ。

 普段買う値段の十倍か。価格を示さずに十倍としているところがミソだな。その人の生活レベルとか、懐具合にも依

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【ショート・ショート】意地っ張り

【ショート・ショート】意地っ張り

 中島夫妻はとても仲がいいと近所でも評判だった。

 ある日のこと。
 二人は些細なことからケンカをした。
 原因は、夫のグラスを、妻が割ってしまったこと。それは夫がヨーロッパに出張した際、買ってきたバカラだった。
「あら、あら」
 素直に謝れば許すつもりだったが、妻の言い方が気に障った。
「バカ、何やっているんだ」
 つい声を荒げてしまった。
「高かったんだぞ」
「あら、そんなに大切なものなら、

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【ショート・ショート】車上

【ショート・ショート】車上

 昔から、いい考えが浮かびやすい場所は、馬上、枕上、厠上と相場が決まっているらしい。
 しかし、枕上といっても夜はおちおち眠れず、トイレもせかされてばかり。思案どころではない。馬上は乗馬の経験はないので結論は控えたい。
 
 さて前振りが長くなったが、馬を電車に置き替えてみると少し様相が異なる。電車の適度な振動は眠りを誘う。これは科学的に証明されている。ポカポカの日差しと小難しい本は更なる相乗効果

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【ショート・ショート】おーい その2

「おーい」
 夫が呼んでいる。

 結婚して十五年。振り返ってみると、ほとんど名前で呼ばれた記憶がない。

 結婚前は「ねぇ」とか、ちょっと気障っぽく「君」。
 結婚しても、それが「お前」に変わっただけ。
 子供が産まれると一転して「ママ」。
 子供達が成長するに従って「お母さん」。
 そして今では「おーい」。
 あーあっ。孫ができたら「おばあちゃん」って呼ばれるのかしら。

 先月、二十年ぶりで

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【ショート・ショート】地震

 ぐらっ。がたっ。だだだだだっ。
 物が落ちた音で飛び起きた渡部は、それが地震だと気づくのに多少の時間を要した。

 十数年前から東海沖地震は必ず来る、明日来てもおかしくないと言われ続けてきた。会社でも毎年九月になると防災訓練が行われている。数年前から市でもやり出した。しかし何事もなく時が過ぎて、すっかり気が緩みきっていた。ましてや、訓練と実際は違う。日頃から備えてはいるつもりだったが、いざとなれ

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【ショート・ショート】電話

【ショート・ショート】電話

「もう着いたかしら」
 陽子は、空を見上げながら、呟く。

 まだ心に大きな穴があいたままだが、陽子は幾分心の落ち着きを取り戻してきた。
「骨は海に流してくれ」
 そう言われても、いつ流していいのか分からない。何の根拠もないまま、四十九日目のその日、夫の骨を海に撒いた。

 夫の田舎は九州の海辺に面した小さな町である。何度か一緒に行ったことがある。夫は、ここ数年ですっかり様変わりしてしまったと嘆い

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【ショート・ショート】二人三脚

 パン、パパーン。花火の音が聞こえる。どこかで運動会が行われるようだ。
 ――走るのはあまり好きじゃなかったなあ。
 場違いな思いが頭を過ぎる。

 私は徒競走が苦手だった。三位までに入賞するとノートや鉛筆がもらえるのだが、人と競うことが嫌いだった私は、いつもビリかブービーだった。
 そんな私が初めて賞品をもらった種目。それが二人三脚だった。忘れもしない六年生の秋。相手に合わせるのは苦にならなかっ

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【ショート・ショート】落書き

「こらーっ!」
 修太が夫の部屋から飛び出してきた。
「待たんか、こら」
 夫が追い掛けるが、修太の足にはかなわない。夫は少し走っただけで、膝に手を付いて肩で息をしている。
「まあ、大きな声を出して。どうしたんですか?」
「全くすばしっこい奴だ。修太のやつ、儂の大事な絵に落書きしおった」
「まあ」

 秋子さんが修太を捕まえた。流石の腕白坊主も母親にはかなわない。
「修太、おじいちゃんに何したの?

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【ショート・ショート】お守り

 まもなく電車が到着すると、アナウンスが告げている。

 大学受験で上京する私。もう子供じゃないんだからいいと言うのに、母は駅まで送ると聞かない。父まで付いてきた。
 車の中で父は、何処何処の娘は東京に行ったまま帰ってこないと、私に重ねる。願書を出した日からそれが続いている。母は母で、朝食はちゃんと摂るんだよとか、水には気を付けろとか、顔を合わせる度に繰り返す。耳にタコができた。
 たかだか二三日

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【ショート・ショート】ある朝 ~一夜明けて~

「やっと終わったな」
「ええ」
 昨日、一人娘の由紀を送り出した。まだ半日しか経っていないのに、家の中が随分広くなったような気がする。
「お茶でも入れましょうか」
「ああ、頼む」
 卓袱台に両手をつきながら、腰を降ろした。その時になって新聞がないことに気づいたが、立ち上がって取りに行く気にはなれなかった。
 所在なく見回すと、食器棚の横の壁の、煤けて消え掛かった汚れが目に入った。あれは、由紀が幼稚

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