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脳の発達と依存について

脳の発達


 カナダの医師で、『身体が「ノー」と言うとき』の著者であるガボール・マテは、薬物依存のホームレスを、バンクーバーで治療してきた人物です。私はこの医師が大好きで、彼が行っている、Compassionate Inquiry (CI)というサイコセラピーのコース(240時間)を、2020年~2021年の1年間受講しました。

 薬物依存について綴った著書『In The Realm of Hungry Ghosts』の中で、ガボール・マテはこう語っています。
(本は英語なので、以下『』内は、私が勝手に翻訳をしました)。

『人間の赤ちゃんは、すべての哺乳類の中でも最も未熟な状態の脳を持って生まれてくる。他の動物たちは生まれてすぐに、人間の赤ちゃんよりもより多くのことができるのだ。例えば馬は、生まれたその日に走ることができる。それに比べて人間の赤ちゃんは、一年半やあるいはそれ以上の年月をかけて、十分な筋肉の発達や、最適な視覚、神経系をコントロールする能力を培う(一部省略)。つまり、馬の赤ちゃんの脳みそは、人間の赤ちゃんのそれよりも、少なくとも1年半分、またはそれ以上多く発達して生まれてくるということだ。』

In The Realm of Hungry Ghosts

 ガボール・マテは、人間は2足歩行になったことで、手を使い様々な仕事ができるようになったが、そのために脳の、特に前方が極端に発達し大きくなる必要があったと言っています。それは問題解決したり、社会性を養ったり、言語を扱ったりする脳の部位であり、人が進化するには、欠かせない場所でした。
 同時に二足歩行は骨盤の形をも変えてしまい、骨盤は二足で歩くために狭くなります。妊娠の臨月に入ると、赤ちゃんの頭はずいぶん大きくなっていますが、それ以上大きくなると、産道を通れない状況になってしまいました。

『頭が産道を通り抜けるために、人の脳はできるだけ小さく、十分に発達しすぎていない状態でなければならなかった。結果、赤ちゃんの脳は母体の外に出てから、更なる発達を遂げなければならなくなったのだ。チンパンジーではありえないことだが、人の脳は、生まれてからも、胎内にいた時と同じスピードで発達している。生まれて一年目のある時期においては、一秒ごとに神経やシナプスが何百万個とつくられていく。脳の4分の3の発達は生まれてから起こるであり、そのほとんどが乳児の頃に行われる。3歳になる頃には脳の90パーセントが大人のサイズとなるが、体は大人の18%の大きさでしかない。』

In The Realm of Hungry Ghosts

 ガボール・マテがここで指摘していることは、とても興味深いことです。なぜなら彼は、『人の生まれた(育った)環境によって、脳の発達の仕方が変わる』ことを示唆しているからです。

 乳児のある時期に、神経の繋がりやシナプスは、必要以上に発達してしまいます。乳児は育つ環境の中で、今度は不要な神経やシナプスを削除していく作業(刈り込み)に入ります。例えば赤ちゃんは、真っ暗な部屋で育つと、視力を失ってしまいます。最初に備わっていたのにも関わらず、不要なものと判断された神経は、機能しなくなるのです。もちろん、妊娠中に母親がどのような状況下、精神状態であったかということも、脳の発達に影響を及ぼします。

 このような脳の発達経緯からガボール・マテは、大人になってからの依存症と子どもの頃(そして胎児の頃)の脳の発達には、深い関係があると伝えているのです。


一貫性のある愛情

 彼は脳が健全に育つためには、以下の3つの要素が必要だと言っています。

  1. 栄養

  2. 肉体的に安全であること

  3. 一貫性のある愛情

 そして西洋では、「一貫性のある愛情」に欠けやすい傾向があると述べています。ガボール・マテは、「一貫性のある愛情」の価値を、低く見積もるべきではないと言っています。なぜならば、これが脳における健全な神経回路の発達に、最も必要なものだから、だと言うのです。

「人との繋がりが、神経回路の繋がりをつくる」
“Human connections create neuronal connections”

By Daniel Siegel, a founding member of the University of California,
Los Angeles’s Center for Culture, Brain, and Development.

 子どもには、最低誰かひとりでも、信頼のおける、一貫性の愛情を与えてくれる人が必要だという考えは、ガボール・マテだけが語っていることではありません。例えば、心理学者のエリクソンは、「発達課題」の理論において、最初のステージ(第1ステージ:生後~10ヶ月)での発達課題の達成により得られるものは、「信頼」だと言っています - 子どもは保護者に頼ったり、面倒を見てもらったり愛情をもらったりすることで、信頼することを覚える。これが得られないと不信感となる。

 光がない暗闇で育った乳児に視力が発達しないように、安心できるような一貫性のある愛情表現が与えられない環境で育った場合、社会性に関係する脳の部位(眼窩前頭皮質 OFC)の発達が弱くなってしまうと、ガボール・マテは言います。

 子どもは育ててくれている人の感情を読み取り、それを受け継ぎ育ちます。言い換えれば、『親が子どの脳をプログラミングしている』 ということです。たとえ親が子どもを愛していたとしても、親に多くのストレスがある場合、子どもはそれを感知し、それが必ず子どもの脳の発達に影響を与えるのです。


ストレス

 ワシントン大学で6ヶ月の子どもの脳波を調べる実験がありました。1つのグループには鬱で苦しむ母親に育てられた子ども達が、もう1つのグループには健康な母親に育てられた子ども達がいました。
 結果、鬱病の母親と子どもが触れ合っている際の脳波は、それがたとえ楽しそうな時間だったにせよ、子どもの脳には「鬱」を示す脳波が、感情の自己調節を行う脳の部位にて記録されたのです。

 何度も経験した神経反応は、脳にパターン化され残ってしまいます。そのパターン化された神経反応が、その人の世界に対する反応となります。慢性的に鬱である母親のもとで育った子どもには、ストレスホルモンであるコルチゾール量が多くなっているという研究の結果が、いくつか発表されているのです。

 ガボール・マテは、幼い頃のトラウマが、その人が大人になってからのストレス反応に大きな影響を与えると言っています。そしてそのストレスが依存症の原因のひとつだと、述べています。

 ストレスホルモンは生きる上で必要なものですが、それが過剰に分泌され続けると、『アドレナリンやコルチゾールといったホルモンに、すべての臓器が影響を受けます。心臓、肺、筋肉、感情を司る脳の部位』も含めるすべてです。『コルチゾールはほとんどすべての体の組織、脳から免疫系、骨から大腸まで』影響を与えるのです。

 『ストレスとは、生きるために必要なものが欠けてしまった状態』と考えることもでき、それはホメオスタシスに悪影響を与えます。生きるために必要なものとは、食事はもちろんのことですが、一貫性のある愛の不在も人にとっては、欠かせないものです。

 幼い頃にトラウマを経験してしまった人々のスタート地点には、すでに多くのストレスがあります。彼らは人生を通しストレスに弱く、過剰に反応したり、取り乱したりしてしまう傾向があります。
 また、ストレスを抱えた親に育てられたり、適切な愛情を与えられなかったりした子どもは、セロトニン、オキシトシン、ドーパミンなどの、人が心身健康であるために欠かせない脳内神経伝達物質が減ってしまいます。

 安全で幸せな環境で育てられた子どもは、自然なオピオイド(脳内麻薬)であるエンドルフィンが分泌されやすいと言われています。このことは、愛情を持った人間関係を築きやすくし、そこからやる気ホルモンであるドーパミンの分泌が促されます。親、またはケアする人がそばにいてくれるか、不在かということも、ドーパミンの作用に影響を与えます。

 親がそばにおらず、実験室で育てられサルには、幸せホルモンであるセロトニンのレベルが低くなっていたという実験結果も出ています。青年期になると、セロトニンレベルの低かったサルは、より暴力的になったと報告されています。

 愛情ホルモンであるオキシトシンが影響を与えられるのは当然のことで、オキシトシンレベルが低い場合、健やかな恋愛関係や結婚を築くことも困難になることがあるとと言われています。


あなたの人生で何があったのか

 人は自分で好んで依存症になるのではなく、依存は痛み(苦悩)への適応反応です。依存とは、タバコ、お酒、薬物、恋愛、セックス、買い物、仕事など、すべてがそれになり得ます。

 ガボール・マテは、よくCIのクラスで聞いていました。
「その依存行為をすると、何が得られるの?」と。
すると、こんな回答が返ってきます。

「生きている心地がする。」
「人と繋がれたような気がする。」
「不安が消える。」
「ここにいて良いという気持ちになる。」
「ストレス解消になる。」
「愛されているように思える。」

 これらは、私たちが幼い頃に、満たされなかったニーズかもしれません。
「生き生きとし、大切な人と繋がり、安心し、ストレス緩和し、愛し、愛されたい、愛されたい、愛されたい。」というニーズ。

 ガボール・マテは言います。
『大切なのは、"あなたはおかしい" と決めつけるのではく、"あなたの人生で、何があったのか?"と、思いやりを持って、耳を傾けることだ』、と。


補足

 脳の眼窩前頭皮質は、社会性に関わる能力を司ります。表情の読み取り、周りへの共感、適切な社会行動、問題の解決能力などがそれに当たります(相手の瞳孔の大きささえも、眼窩前頭皮質では認識しています。相手がうれしい時は、瞳孔は拡大しています)。
 眼窩前頭皮質が十分に形成されると、人間関係を良好に築き、目標を社会で実現することができるようになります。
 眼窩前頭皮質は、新皮質と辺縁系を繋ぐ連絡路となっています(アメリカUCLA精神医学科、アラン・ショア博士他による)。この意味は、新皮質が発達して頭の良い人間になったとしても、眼窩前頭皮質の発達が弱いと、感情(辺縁系)をコントロールすることができない、ということを示します。(辺縁系は感情を司る場所)。
※ 眼窩前頭皮質を育てるには充分な愛情とスキンシップが欠かせない。


Reference


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