バランスよく生きること。
自分の気持ちが沈む瞬間。
ああ、今は前向きな気持ちになれないな。
そういうタイミングじゃないんだって言うときがある。
つらいとか、苦しいとかの気持ちとは少し違う。
何かに追いつこうと必死で情報を検索したり、見たり、聞いたりしているとたまに訪れる悲壮感。
こういう時は大抵、身体の調子も崩したりする。
たとえば食欲がなかったり、目が覚めやすかったり、風邪をひいたり。身体に何かしらのアラートが出てきて強制的に休まされる。そんな時に思うこと。
両親がストップをかけている。
ぼくはとかく無理をよくするタイプ。夢中で何かをやると食事も取らなかったり、睡眠時間も平気で削る。もちろんそんなことやると朝はつらいのだけど。目標のために、身を削るのだ。
ぼくは生活習慣も、食習慣も人に褒められる類のタイプではない。医者に言えばまず是正されるだろう。大人になってもなお、自分の時間の使い方は永遠の課題。
だから、強制的に身体を休める日があることが重要なのだ。
いま、ぼくはその状態になっている。
気持ちが少しだけ上がらなくて、なんだか全部を投げ出したい気分。持ってるものを全て捨てて孤独になりたい気分。本来のぼくはそんなもんだ。家族に捉われて生きてきて、全ての意思決定に介在させて、自分の生きる使命とした家族への恩返し。本当はたまにぜんぶ投げ出したい時がくる。ちょっとだけ、胸がいっぱいになって、僕なんかの力じゃ叶えたいことが途方もなく見えて、時たま自分がしてきた行動が感謝されてないのではないかと思ってしまうことがある。自分を信じるのが怖くなって、自分なんていなくても誰も悲しまないと塞ぎ込む時がある。だれもぼくに近寄ってくれるなと。これはよく思う自分の考えなのだ。
本当のぼくは、優しいんだかなんだかわからないけど、両親がいなくなった分、しっかりしなきゃなと奮い立たせ家族の前では常に陽気で何でもできる素振りを見せる。自分がしっかり出来ないと、周りを不安にさせてしまうから。そう悩んでた時もある。この感覚は強制的に身体を休めるようになるといつも思う。
そして、数日経つとまたがんばるぞ!というメンタルになる。大抵、よく寝るとなおる。
ぼく以外の人はどうなんだろうと思うこともある。
でも本当に話を聞きたいからと聞かれると興味ない。
自分のこのバランス感は、この人生だから説明がつくから。
やりたいことをずっーっとやり続けることは絶対ムリ。
休み休みの時だってちゃんとある。
でも今のぼくは、少し違う。
自分の気持ちをバランス感が以前よりも取れる様になってきたのと、そのコツを掴んできた。
加えて、やる気のない自分も好きになれる様になってきた。
完璧主義を目指すのをやめてから気持ちが楽になったのだ。
なにかが出来なくてもぼくは生きていけるわけだし。
ぼくには困った時に、手を差し伸べてくれる人がいることがわかったし。
そう、ひとりじゃないから。
最近になってようやく気づけた。
ぼくは、ひとりじゃない。
そして、自分のために生きていい。
家族のためじゃなくてもいい。
自分をもっと好きになるきっかけを見つけられた。
おれ、がんばれ。