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茶は、もはや人

 長崎県で、国産発酵茶専門の「紅と香」(こうとこう)という店をしています、店主の茶苗です。
国産の発酵茶というニッチな世界を探求しつつ、日本茶の秘めたポテンシャルを世に知らせたいと思っています。
茶畑からテーブルの上までのストーリーをお茶をよく知らない人にも面白いと思っていただけるように、、、と言いつつ、にこにこしながら茶の沼にズリズリと強引に引き込むタイプの人間です。

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長崎県は、生産量こそ少ないのですが茶をつくっている町は多く、実は歴史的にも面白い”お茶の県”です。(この件に関してはまた別の機会にじっくり書くつもりです)
東彼杵、世知原、佐々、外海、島原、波佐見などなど、長崎市内の中心部から、車で1時間程度で茶畑に行くことができる非常に恵まれている立地なので、私も気が向いたらすぐお茶を摘みに行っています。
取引をしている茶農家さんのほとんどが、いつも快くお茶を摘ませてくれるので、自分で少量のお茶を摘み試行錯誤しながら研究したり、茶教室に通ってくれている生徒さんを引き連れ、茶畑で講座をしたりすることもあります。
なかなか農家さんでは手間暇がかかって作れないようなお茶を、手摘み、手揉みでちまちまと作っていると、見えてきたことがあります。
それは、茶の木が人間によく似ている…ということです。

茶の木、学名「カメリアシネンシス」はみなさんもご承知の通り、植物です。それがなぜ動物であり、哺乳類である「人」ともはや同じだと言えるか、なんて変なことを言うのだろう、、、そう思われるのは大変ごもっともです。
しかし、そう思うようになった私の視点を皆さんにちょっとだけお伝えしようと思います。

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茶の木は、自家不破合性といって自分の花粉で受粉することは少なく、多くの場合、他個性・他系統の株の花粉でなければ有性生殖が成立しません。
つまり異なる遺伝子の組合わせがあって新しい命になる。
両親とは違った性質になる、同じ両親から生まれた兄弟で違う性格になるということです。
茶畑は新芽の摘採具合を揃えるために同じ性格のものを増やした形です。差し木によって同じ個体を並べて植えてある、いわばクローンなのです。
そうやって同じ性質の木だから同じ時期に同じ速度で新芽が伸びます。
茶の芽の伸び率が同じであれば、製茶するときに扱いやすく、安定した品質が保たれます。反対に伸び率がバラバラな茶葉は、葉の硬さ・水分量・成分の違いによって技術的なアプローチの狙いが難しくなり、品質が安定しません。
茶を安定的に量産しやすいカタチ、それが今の茶畑の姿です。

しかし本来、茶の木は一本一本には、それぞれ性格の違いがあります。
たとえ同じ品種であろうと、個体の樹勢の違いや肉付き、蓄える成分量の差異があります。
それはまるで私たち人間が性別・出身・人種で同じ区別になろうと、ひとりひとり容姿や性格が違うのと同じなのです。
個体の違いは、先天的なものの影響もあれば、育った環境で大きく変化していくところもあります。厳しい環境で育った茶の木には強さがあり、肥沃な土壌で育った茶の木には味の情報が多く、さんさんと降り注ぐ日光の元で育った茶の木は紫外線と闘う栄養素を蓄え、美味しい水で育った茶の木はミネラルのバランスが良い・・・
茶の木にも生きてきた環境による”経験値”や”学歴”というものがあって、抽出した時に茶の味として素直にそれを出してくれるのです。
茶の樹齢もまた、人と同じ。若ければ勢いの良さや素直さを感じたり代謝が良く、古い茶の木になれば衰えるが深みは増していく。
茶の木は人間の管理がなければ最大7メートルほどの大きさになる小高木です。枝の伸び方や葉のつき方も管理された畑と自生している茶の木では大きく異なります。
人が管理しない、自生している茶の木はその個体差が本当によくわかります。

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< 茶畑でなく、雑木林の一角に自生する茶の木の葉を摘む様子 ↑ >

また、茶の木は四季で体の状態が違います。
春は寒い冬から目覚め、新芽を伸ばし、夏は日光を浴びて葉を茂らせ、秋は花が咲き実をつけ、冬は静かに耐え忍ぶ・・・当然、蓄えている成分もそれぞれに違います。
春には香りの成分が多く、夏は発酵に向くポリフェノールが多い、秋には糖を蓄え冬の寒さに備える、冬には活動を休止する成分が含まれている。
それぞれの成分の違いに合わせ、その成分を茶の抽出液に溶かすために最適な茶をつくる「製法」というものが生まれる。
そこには「旬」という形で茶が姿を変え、四季折々の人の体の変化に寄り添っている。
春は解毒や覚醒をもたらし、夏は殺菌・消炎作用で身を守り・秋は循環と変化を促し、冬は温め鎮静する。なんという素晴らしいパートナーシップだろう、人と茶は一年を通して言葉のないコミュニケーションをとっているのだと思います。
茶の木と人が共存し、寄り添って生きていくための対話が茶をつくる・飲むということなのです。

もっと細かく茶の木を観察していくと、枝や葉や根の構造に命を繋ぐ「生きるシステムデザイン」が見えてきます。
たとえば、茶の木の根っこは、人の「腸」だと言えるでしょう。
菌を保有し、栄養を吸収する部位です。土壌の菌のバランスが乱れたり、栄養が不足したり偏ったりすると茶の木も体を壊します。
人の体に巡る血管や血液があるのと同様に茶の木にも維管束や葉脈があります。
共通点を見つけるたびに、「ああ、やっぱり同じなのね。」と親近感を覚えます。さあ、だんだんとあなたにも人と茶の共通点が見えてきましたか?

それもそのはず、人も茶の木も同じ地球という母から生まれた命なのですから、命の構造が似ていても不思議ではありません。
言ってしまえば、お茶に限らずとも地球上のものすべてがそうなのでしょう。
なんだか哲学的な話になってしまいますが、姿形違えど、同じ地球の兄弟ですから、茶葉と話すことは本当に可能なのです。
ただそれにはイギリス人と話をするために英語を学ぶ必要があるのと同じように、茶葉と対話するためには茶とコミュニケーションをとるコツのようなものがあります。

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私は仕事として茶を扱う上で、その茶と対話するコツが少しずつわかってきました。
人間と茶がこれまで築いてきた、約5千年の歴史の中で、多くのことが分かり受け継がれてきました。その豊かで奥深い叡智が結集された今、積み重ねてきた関係を知って楽しむことができる現代に生まれたことを感謝しています。
多様なお茶の在り方は、多様な相性をもたらします。人付き合いの中で、心地よい関係の裏には「相性」があり、それを見極めるのが難しさでも楽しさでもあります。
自分やお客様に限らず、この時代に相性のいいお茶とは何か?
愛すべき関係を築くお手伝いをしていくのが自分の使命だと思うこの頃です。

R2・7・2 紅と香  店主 茶苗