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時代を超えて「いいもの」が遺る理由−外山滋比古さんの訃報に寄せて

考えるのは面倒なことと思っている人が多いが、見方によってはこれほど、ぜいたくな楽しみはないのかもしれない。

−『思考の整理学』あとがきより。

1.本棚にあった著者の生きた証

『思考の整理学』(1983)を著した外山滋比古さんが96歳でお亡くなりになりました。

この本のタイトルを一度は聞いたことのある方も、または実際に手に取ってみた方も多いのではないでしょうか。

訃報を聞き、私はすぐに本棚にあった『思考の整理学』を手に取りました。著者の外山さんの不在を実感できないままに。

でもそもそも、著者がご存命かどうかを気にして本を読む、ということ自体はあまりないかもしれません。

それはきっと、本、そして文字には、ただその書き手の「生きた時間」が瞬間凍結されているようなものだからでしょう。

かつて私には「永久保存版」と自分の中で決めた本には積極的に線を引いている時期があり、この本はちょうどその時期に出会った本のようでした。

いたるところに引かれた鉛筆の線の中から、今の私にも刺さった3つの章の抜粋を紹介します。

2.今も心に刺さる3つの章

1つめ。「編集」の価値に着目した「エディターシップ」という章。

編纂ものではおもしろいことがおこる。ひとつひとつの文章や作品は、それほどとくに秀れているわけではないのに、まとめられると、見違えるようにりっぱになる場合である。そうかと思うと、単独に読んだときは、目を見張る思いをしたものが、まとめられて本の一部となったのを読み返してみると、さっぱり感心しない、ということもある。
全体は部分の総和にあらず、ということばを思い出す。独立していた表現が、より大きな全体の一部となると、性格が変わる。見え方も違ってくる。前後にどういうものが並んでいるかによっても感じが大きく変わる。構成部分が同じなら、どのように並べようと、大差はない、などと考える人には、編纂本を作る資格はない。
上手に編集すれば、部分の総和よりはるかにおもしろい全体の効果が出るし、各部分もそれぞれ単独の表現だったときに比べて数等見栄えがする。
"知のエディターシップ"、言いかえると、頭の中のカクテルを作るには、自分自身がどれくらい独創的であるかはさして問題ではない。もっている知識をいかなる組み合わせで、どういう順序に並べるかが緊要事となるのである。

2つめ。良い発想を生み出すことについて語った「触媒」という章。

ものを考えるに当って、あまり、緊張しすぎてはまずい。何が何でもとあせるのも賢明ではない。むしろ、心をゆったり、自由にさせる。その方がおもしろい考えが生れやすい。さきのような意味で没個性的なのがよいのである。
思考におけるカクテル法のことは前に紹介したが、すぐれたカクテルをつくるには、バーテンダーの主観や個性が前面に出るのは感心しない。小さな自我は抑えて、よいものとよいものとを結びつきやすくしてやって、はじめてすぐれたカクテルになる。
寝させておく、忘れる時間をつくる、というのも、主観や個性を抑えて、頭の中で自由な化合がおこる状態を準備することにほかならない。ものを考えるに当って、無心の境がもっともすぐれているのは偶然ではない。ひと晩寝て考えるのも、決して、ただ時間のばしをしているのではないことがわかる。

3つめ。思考や物事の整理について論じた「すてる」という章。

整理とは、その人のもっている関心、興味、価値観(これらはだいたいにおいて同心円を描く)によって、ふるいにかける作業にほかならない。価値のものさしがはっきりしないで整理をすれば、大切なものをすて、どうでもいいものを残す愚をくりかえすであろう。

激動の2020年にあって、日々何かした悶々としたものを抱えている方にとって響くものがあったのではないでしょうか。私自身がまさにその一人なのですが・・・。特に3つめは、近年のベストセラー 『人生がときめく片づけの魔法』にも通じるところがあるように感じます。

3.「いいもの」に惚れ込んだ人がいるからこそ「いいもの」は遺る

さて、この本は内容もすばらしいのですが、今でも書店に置かれているほどの累計販売部数約250万部のロングセラーになった背景には、この本に惚れ込んだある書店員さんの存在があります。

もともと16万部のロングセラーだったが、2007年に岩手県の「さわや書店」店頭に並んだ「もっと若いときに読んでいれば…」というポップをきっかけに人気が再燃2008年には東大・京大生協の書籍販売ランキングで1位を獲得し、“東大・京大で一番読まれた本”のフレーズが生まれた

このフレーズを帯で使ったところ売上が加速し、2009年には累計発行部数が100万部を突破。その後も変わらず新たな読者を増やし続け、2016年には文庫化30年目にして200万部を突破し、時代を超えて読み継がれている。

−『ダ・ヴィンチニュース』より。

本に限らず、「いいものでさえあればいい」という考え方もあるかもしれませんが、「いいもの」だと感じ、それを他の誰かに伝えてくれる人がいなければ「いいもの」はそれ自体失われてしまいます。

この本のヒットの背景を知ったときに感じたことがあります。それは、もし自分が心から「いい」と感じるものがあるのであれば、それをぜひ誰か−それは未来の自分自身かもしれません−に伝えたい・伝えてほしいということ。私自身、もしこの書店員さんの感動と発信がなければこの本には出会えていなかったかもしれません。

だからこそ今日私はこのnoteを書いたのだと思います。今は亡き外山さんへの献花のような思いも込めて。もしこのnoteを読んで『思考の整理学』を読んでみたいと思った方、ぜひお手に取ってみてください。

また、あとがきも筑摩書房のwebで公開されています。こちらだけでも読み応えがありますので、気になった方はぜひ。


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小波 季世|Kise Konami
ありがとうございます。いつかの帰り道に花束かポストカードでも買って帰りたいと思います。

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