石井妙子著「女帝 小池百合子」読書感想文
嫌味な人やな、作者も小池百合子も。
読み終えて浮かんだのはこの一言だった。
この本は、作者が小池百合子のカイロ大学卒業の有無を解明すべく、彼女の出自を探るところから内容が深くなっていく。
金が無いのにも関わらず、高級車を乗り回し子供をお嬢様学校へ通わせ、挙げ句に選挙で落選し破滅していく父親。
高級子供服の偽物を作り娘に着せる母親。
両親、特に父親に振り回される少女時代は、あまりにも苛酷で読んでいて息が詰まるほど。
お嬢様学校へ通いながら、バイトと勉学に励み、関西学院大学へ進学するものの中退、エジプトへと飛び立った時、それまでの多大な挫折から学んだ何かが「小池百合子」の礎になったのだと思う。
彼女がのし上がるために選んだ手段のいくつかは、読んでいる誰しも身に覚えがあるのではないだろうか。
所詮、日本人は性別問わずミニ百合子、いや百合子チルドレンではないか。
特に誰からも頼まれていないのに、表現をし続けるnote参加者のような自己顕示欲がちょっと強めな人は心当たりがあると思う。
他の人がやっていないことをしようという姿勢なんて、まさにそれ。
とはいえ、そのようなことを思ったのは前半までで、政治家になってからの彼女には何も共感できなかった。
政治家という職業にありながら、自分が人前で目立つことでしか動かないという薄っぺらさが、前半の熱狂を冷めさせた。
また、作者が彼女に関わる人々を言及していくうえで、生い立ちが似ていて近い立場にいたという舛添要一の出自について触れるのは理解できる。
しかし、ほかに多くの政治家が登場するのに竹中平蔵だけ同様に生まれ育ちについて書いたのには、嫌らしさを感じた。
私は竹中平蔵のことは好きではない。どちらかといえば嫌いな方だ。
ただ、地方の貧しい家で育ち、苦学した人間が都会で歯を食いしばって生きてはいけないのかと作者の嫌らしさに少々不快感を持ったことは発言しておきたい。
何だかこのあたりから、この本を読みたいという熱が下がってしまったのよね。
作者に自分のことを書かれることがあったら、どう書かれるか想像ついたもんね(笑)。
文章というのは、性根が出てしまうので本当に怖い。
最後に、作者が伝えたかったであろうと思われる
"彼女はオリンピックにこだわり、自分が再選を果たせるかだけを気にし、新型コロナウイルス対策を軽視した。"
を読み、やっとこの本の意義というものに納得することができた。
ある作家がこの本を松本清張作「砂の器」のようだと言ったが、私は「夜光の階段」であると思う。
今日も小池百合子は彼女だけにしか見えない「夜光の階段」を昇っているはずだ。