ミッテランの帽子 作・アントワーヌ・ローラン 読書感想文
妻子が外泊した夜、ダニエルはブラッスリーへ入り、ひとり食事をしていた。
賑やかな店内のなかである有名人に目が留まる。
ミッテラン大統領だ。
興奮したダニエルは、彼がうっかり忘れたイニシャル入りの帽子を拝借。
その日からダニエルはいつもとは違う自信に満ち溢れ、滞っていた人生が少しだけ進み始める。
フランスの大統領だったミッテラン氏を覚えているだろうか。
私はすっかり顔を忘れており、どう頑張ってもシラク大統領が浮かぶので検索した。
あまり印象に残らない顔であり、暫くしたらまた忘れてしまった。
私の中でミッテラン大統領といえば、女性問題を記者から問われた時に「エ・アロール(それがどうしたの)?」と答えた人である。
この時のニュースを覚えている。日本の記者が「ミッテラン大統領に隠し子がいたそうなんですが、どう思いますか」と街行くフランス国民へ問うと、当人よろしく「それがどうしたの?」「家族が増えることはいいことだよね!」という無関心及び前向きな言葉しか返ってこなかった。
お国柄の違いというものを目の当たりにした瞬間である。
それはさておき、自尊心をもたらしてくれた「ミッテランの帽子」をダニエルは電車に置き忘れてしまう。
「ミッテランの帽子」は、それを見つけた女性の手に渡り、やがてまた別の人が被る。「ミッテランの帽子」を手にした人々はみんなダニエル同様、足踏みしていた場所から自然に動き始めるのだ。
数人いる持ち主の中で、1番印象に残ったのは調香師のピエール。
かつてたくさんのスポンサーを得て、香水の開発をしていたが、ある日、その才能が停滞してしまい、長い療養期間へと入る。
あることをきっかけに「ミッテランの帽子」を手にした人々が手紙のやりとりをする場面がある。2度目の手紙のやりとりで、彼は厭世的な態度を取るのだが、その時に発信した言葉が清々しい。
「私は孤独を愛しています」
私は、あまりつるむのが得意ではなく、一人で過ごす時間を大切にしているのだが、理解されないことが多い。
家族を含めて親しい人にも不憫がられる。たぶん、みんな自分とは違う人間の考え方を想像せず受け入れないという性質なのだと思う。
話が通じないので、好きにとらえれば良いと常々思っているのだが、ピエールのこの言葉を読んで、私がつまり言いたいのはこういうことなのだよ、と心底思った。
日本人の私がこの言葉を伝えたら、ふざけているとしか受け取られかねない。
別に真っ直ぐ受け止めてくれなくてもいい。私の本質を語るにちょうどいい言葉を見つけられたことが嬉しかった。
また、この本では現代におけるフランスの階級社会を知る機会を得た。恋愛においては日本よりも発展的であるが、人付き合いにおいては韓国ドラマばりの一面があるとは驚きだった。名前に「ド」が入る人々の意識たるや。
作者であるアントワーヌ・ローランの本を読むのは二回目である。前回読んだ「赤いモレスキンの女」もそうだが、登場人物と友達になったような気にさせられる。こんなことはなかなかない。これからもアントワーヌ・ローランの本を読み続け、心を通わせていきたい。