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リアリティショーの功罪

アメリカのトランプ大統領がついに日本時間の今夜退任し、バイデン氏が就任します。就任以来、何かと物議を醸すことの多かったトランプ大統領ですが昨年の大統領選挙以降、特に年明け以来の言動はさすがに誰の目に余り、共和党からも弾劾に賛成する議員が出るなどアメリカの政治は大混乱の様相を呈しています。

私や当社が付き合いのあるアメリカ人はニューヨークやボストン、サンフランシスコ、シアトルなど東海岸北部や西海岸在住のコンサルタントや弁護士といった職業の方が多く、彼らの中でトランプ氏を評価する人はほとんどいませんでした。「トランプなんて小学生並の知性の持ち主。あんな奴が大統領になるなんて本当に恥ずかしい」と公言する人もいたくらいです。

そもそもなぜトランプ氏が大統領になれたのかについては様々な分析があります。レッドネックと言われる白人労働者階級(外で働き首の後ろが日焼けして赤くなるのが由来)がヒラリー・クリントン氏に反発しトランプ氏に票が流れた、行き過ぎた格差に対する不満が大きなうねりとなって支持が広がったなどなど。どれもある程度的を射ていると感じますが、私はトランプ氏が主役となったテレビのリアリティショー、「アプレンティス(原題:The Apprentice)」の影響が非常に大きかったと考えています。

日本でもWOWOWで何度か放映されたのでご存じの方もいらっしゃると思いますが、元々はアメリカで2004年から2012年にかけ、12シーズンも放映された人気番組です。アメリカの「不動産王」であるトランプ氏がアプレンティス(見習い)達に色々な課題に取り組ませ、毎回一人ずつ首にしていき、最終的に残った人物がトランプ氏の会社に本採用されるという番組でした。

毎回番組の終わりにトランプ氏が脱落する一人を選び、それを告げる際にトランプ氏が「You’re fired!(お前は首だ!)」と叫ぶシーンが人気となり、アメリカでは視聴者数が最大2,000万人以上となるまでにヒットしたのです。この番組では、トランプ氏は大成功した不動産業界の帝王という位置づけで、もちろん大金持ちという設定でした。

実際にはトランプ氏は本業の不動産業では何度も破産宣告を受け完全に行き詰まっており、実業の世界では過去の人扱いされていたのですが、この番組で実態はともかく「不動産王」として登場し、世間的に息を吹き返したのです(初期の頃、実際のトランプ氏のオフィスで収録する際、傷んでボロボロの家具などが映像に映らないよう、スタッフは苦労したそうです)。

トランプ氏はこの番組の大成功により番組からだけで約208億円を受け取り、さらにその知名度を利用したライセンス事業などで約243億円を手にしたそうです(ニューヨーク・タイムズによる)。日本の基準からすると信じられない金額ですが、アメリカにおいてはリアリティショーの出演者が巨額の出演料や副収入を得ることは珍しくありません。

2007年に始まり現在も続いている超人気リアリティショー、「カーダシアン家のお騒がせセレブライフ(原題:Keeping Up with the Kardashians)」に出演したキム・カーダシアンさんの資産は1,000億円近いと言われています。その妹であるカイリー・ジェンナーさんも知名度を生かした化粧品ビジネスで大成功し、最年少のビリオネア(資産10億ドル以上)になりました。

ではなぜトランプ氏がリアリティショーに出ることで、大金持ちになるだけでなく大統領にまで登り詰めることが出来たのか。それはプロの手で計算しつくされた演出に基づく「不動産王ドナルド・トランプ」を、多くの人が実際のトランプ氏と捉えたからだと考えます。しかも超人気番組ですから、ほとんどの政治家よりもテレビ出演頻度が高く、圧倒的な知名度を獲得出来ました。

力強く頼りがいがあり、圧倒的な存在感で事業をどんどん推進する頼もしいリーダー。ダメとなったら冷酷に部下を切ることが出来る冷徹さ、冷静さと判断力、実行力を持つ類まれなビジネス強者。そういったイメージが番組を通じて形成され、リアリティショーを見る層(一般的に労働者階層が多いと言われています)に広く深く浸透していったのです。

部下を次々と首にしたり、所かまわず好き放題に自分の意見を言い放ち、相手の都合や立場など一切考えない。世の中は自分の味方か敵しかおらず、物事はすべて勝ち負けであり、自分は勝つことしかない。勝つためには手段を選ばない。

こういった行動がリアリティショーの中で喝采を浴びたわけですが、この成功がトランプ氏自身の自己イメージを強化し、元々のパーソナリティが拍車をかけ、自分の価値観や振る舞いを正当化する根拠になったのだと考えます。まさに「はまり役」として大成功したわけですが、このスタイルは大統領職に就いてからも変わることなく発揮されました(されてしまいました)。

テレビ番組の世界で済めば良かったのですが、トランプ氏自身が自己のスタイルを正当化し、またそれを周囲が利用した結果、大統領職をまるでリアリティショーであるかのように扱った結果、現在に至ってしまったと考えます。

もちろんリアリティショーの存在自体が悪いわけではありません。しかしその中の人物やその振る舞いを現実と混同してしまう人が多いと、やっかいなことになります。日本でも出演者に対する攻撃が度を越して死者まで出てしまったことは記憶に新しいと思います。人気のある番組カテゴリーであることは間違いありませんが、その功罪をよく考える必要があると思うのです。 

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