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『詩あるいは物語詩』昔、男がロウ石を貰った

昔、男が神様から
一個の白いロウ石を貰った ロウ石に似た
白い長い顎髭をたくわえた神様は
男にこう言った
何でもおまえの好きなものを
その白い石で描くがよい その石なら
岩の上でも 水の底でも
大きな芋の葉っぱの上でも どこにでも
何にでも描くことができるだろう
何でも描くことができるだろう
おまえが好きなものを何でも
男はロウ石を手にすると 神様と
白い石を交互に見つめ 手のひらで
石をゴロゴロ転がしてみて
ポイとそれを投げ捨てた
  食えやしないこんなもの


神様は 今度は女に石を与えた
何でもおまえの好きなものを
その白い石で描くがよい
おまえの好きなものはいったい何だね?
女は不思議そうな顔をして しばし
ロウ石を眺めていたけれど
やおらしゃがみ込んで 自分の周りに
ぐるりと一つ円を描いた 自分を取り囲むように
そうして子どものようにニコニコと
神様に向かって笑って見せ ロウ石を
丁重に神様に返した
神様は困ったような顔をして女に尋ねた
おまえには好きなものがないのかい?
女は首を傾げてこう答えた
  スキナモノ ノ イミガワカラナイ
  ワタシハウマレタバカリダカラ


神様はフッと溜息をついて 三度みたび
別の男に声をかけた
おまえにこのロウ石をやろう この石で
おまえが好きなものを描くがよい この石なら
どこにでも 何にでも描くことができよう
男は石を受け取ると 神様をじっと見つめ
何にでも? と聞いた
何にでもだ
どこにでも?
どこにでも、だ
岩の上でも? 岩の上でも
あの山の頂にでも? あの山のてっぺんでも
芋の葉にでも? 
りんごの実にだって描くことができる
砂の上でも?
今度はちょっと 神様が首を傾げ
おまえがそうしたいと望むなら と答えた
水の上でも? 空の上でも?
おまえがそれを望むなら


男は腰をかがめ 足元の石に
そっとロウ石を当ててみた
ガリガリと石が音を立て ロウ石の
白い キラキラ光る削り粉が残った それを見て
男は今度はもう少し
長い線を引いてみた またガリガリと
石が音を立てて擦れ ロウ石の
白い キラキラした線が残った
男は眼を輝かせると 腰を折ったまま
線を引きながら歩き始めた 神様が
長い顎髭をさすりながら 満足そうに
男の後ろ姿を見送っていた


男は線を引きながら
どこまでもどこまでも歩いて行った
岩肌を削り 小川を越え 芋の葉を越え
山に差し掛かると伸びをして
また腰を折ったまま登っていった
頂上では目印のように 大きな円を一つ描き
来た道とは反対側へ
男は後ずさるように降りて行った 線を引きながら
こうして男は来る日も来る日も
ひたすら線を引きながら歩いた
  いったい あんたは何をやっているんだね?
そう人に聞かれると 腰を折ったまま
男は答えた 線を引いているのさ


男は砂漠を越え 海を渡り 島を巡り
何年も何年も歩き続けた 線を引きながら
そうしてある日
とうとう男は戻って来たのだ 最初にロウ石で疵をつけた
あの岩の上へ
満足そうに腰を上げると 男は大きな声で叫んだ
今日よりこの線からこちら側は すべて
おれのものだ 何人なんびとたりと
おれの許しなしに入ってはならぬ!
神様は 思わず眉間に皺を寄せた
それはあんまり身勝手にすぎる けれど男は
神様にこう言って反論した このロウ石を
あんたがおれに呉れたのだ
そのときあんたは何と言った? おれに向かって
何でも好きなものを描くがよい、あんたはおれに
そう言ったのではなかったか?
だからおれは描いたのだ、境界線という
長い長い一本の線を 何年も
何年も何年も時間をかけて
それを聞くと 神様はフッと黙り込んだ
わしは間違ったことをしたのだろうか?
そうしてくるりと背を向けた このことが
いずれ 大きな火種にならねばよいが
そんな 一抹の不安を覚えながら




国境線もそうだけれど、心のなかにも何かを区切る線があって、そのせいで人付き合いなんかも難しくしてしまっている、そんなふうにおもっています。いったい誰がそんな線を作ったのだろう、と。それにしても発想が陳腐! スランプかしらん・・・(汗)

昔子どもの頃にロウ石という柔らかい石があって、それでコンクリートの上とかアスファルトの上とか、そんなところに落書きをして遊んだものでした。今おもえばあのロウ石こそ、いったいどこで手に入ったのか、よく覚えていません。

ロウ石、というのは、そういう名の石があるわけではなく、柔らかい岩石や鉱石の総称だそうです。てっきりあの落書き用の石がロウ石という名だとおもっていたけれど、そうじゃなかったんですね。




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