マガジンのカバー画像

自由詩のマガジン

110
自作の、行替えされた普通の体裁の詩です。癒しが欲しいときなどぜひ。
運営しているクリエイター

#な

『詩』ホトケノザ

本来春先に咲く花だ でも狂い咲きというのではない その花は わざわざこの時期を選んで咲いたのだ こんな小さな台座の上に 仏様は 座ることもあるのだろうか その代わりに 開いた薄紅の花たちは それぞれ飛天でもあるのだろうか 気温が急にぐっと下がって 霜の降りた 冷たい天気の良い朝だ 小さな蓮華座に 霜の灯りをいっぱいに灯し その上に飛天が立ち上がる 薄紅の衣を纏い 精一杯に 今しも舞いあがろうとするかのように でも冬は花たちに容赦ない 芒が枯れ 稲の株にもびっしりと 霜が白

『詩』ローラーコースターが遊星を巡る

ローラーコースターが遊星を巡る いつかの日 人魚からもらったチケットを握りしめて カストルと ポルックスの間のコースター乗り場から 少年は楽しみにしていたそれに乗り込む ただほんの少し不安げに 怖がることはないさ、と 係員が言うけれど 彼はミノタウロスなので信用できない 世界が、と口にするときその定義は あんまり曖昧にすぎるので 宇宙のほうが 子どもたちにはずっと近くおもえるのだ あんな星々のあいだにある 小さな乗り場から ローラーコースターが発車するのは 子どもたちに 未

『詩』林のなかをシュプールが伸びている

林のなかをシュプールが伸びている 枝枝を絡ませた木々のあいだを 青灰色の レールとなって雪の面を シュプールが 誘うように伸びている 枝のなかに こんな雪の朝でも鳥がいて 時折雪のかたまりがどさりと落ちる その鳴き声と羽音とともに 青灰色の そのシュプールを追うように 僕はスキー板を滑らせてゆく 森の奥に 昨日見かけた娘かしら? そんなはずはない 昨日午後から 夜明け前まで雪が降って 森に入ることなどできなかった けれどシュプールは新雪の上に 軽やかに 躊躇う様子もなく伸び

『詩』書棚を整理していると

書棚を整理していると 部屋のそこかしこに歪みができる 時間とか 空間とか 失った一冊の書物を探しに 歪みのなかへ 私は足を踏み入れる いくつもの記憶が交錯して 私は見知らぬ街の真ん中で迷子になる 月が煌々と照っている 足元で 影が不自然に蠢いている 私の動きとは無関係に サンタ・マリア・デル・フィオーレを 透かしてブリガンティン型帆船が見えている あたかも鏡のようにさかしまに 対に映るのは あれはたぶん ピレネーのアネト山ではないだろうか 失った書物のなかに二千年があり

『詩』さかなが走る

さかなが走る 大通りの 三車線のまんなかを 銀鼠色の あたかもスポーツカー然として 流線型のさかなが走る 音楽と 何かのパレードと とりどりの 中空から降り注ぐ紙吹雪と 昼間は無意味なイルミネーションに 締め付けられた街路樹の列と マフラーが似合うクリスマスツリーと そんなもののなかをさかなが走る 十二月は華やかで 忙しくて どこもかしこも賑やかで それでもさかなはビルの谷間の ちょっと忘れ去られたような 薄暗い 街の裏側もちゃんと見ている ただかなり歪んではいるけれど

『詩』北から雪の便りが届き

北から雪の便りが届き 西から喪中葉書が来て冬が始まった 僕は庭に出て空を見上げていた 飛行機雲がたくさん交差して 三角形に切り取られた青があった まるでステージのように 幼いわらべうたを 誰かがそこで歌っていて 北風が強く吹くのはそのせいだと この冬僕は初めて気づいた どこからか紅葉が落ちて散り敷くので 庭の紅葉は赤くならずに枯れてしまった 鹿だかきょんだかが鳴いてあの山の 御伽噺たちが嫌がるので 紅葉はこちらに降ってくるのだ まるで河童の手のようなそれを 降り立つ前に 僕

『詩』石垣を造る

まるで職人のように男は石を積み上げる 誰に教わった覚えもなく なぜそれをしているのかすらわからない ただ黙々と 何人かの男たちとともに 粛々と 彼らは石を積んでゆく 大きな石を重ねると ちょっと上に積んだ石を押してみて 隙間に小さな石を詰める そんなやり方を なぜだか男は知っている 男たちは おそらく石垣を造っているのだ そこは山のなかでもなく 遠くに海が見えるでもなく あたかもコンピュータのなかの 何もない まっさらながらんとした空間だ そんな 人が暮らした痕跡もない 命

『詩』冬の朝露は国語なのよ、と君が言う

朝露がいっぱいに降りている   ⎯⎯ 夏の朝露は数学だけど、   冬の朝露は国語なのよ 庭を散策しながら君が言う ⎯⎯ ではガーデニングは哲学かな? 笑いながら僕が言うと ⎯⎯ 哲学なんかじゃないわ 近くの草花に手を延べながら いつになく真顔で君が答える まだ残っている草花も 冬が来て ほとんど茎だけになって揺れている 僕らは見たことがなかったろうか、おざなりに 朝露が枯れた葉の上で揺れている つまらないこんな抽象画を 綺麗に刈り取られたあとに広がる 黒々とした土壌の上で 

『詩』落書きしたいような青空

落書きしたいような青空だ 洗濯物を取り込もうとして ふと見ると 昨夜の夢の欠片がシーツの上で 荷待ちをする船のように揺らいでいる 亡くなった詩人におもいを馳せつつ まだ冬になりきれない風を 僕はしばし受け止める 日が昇り 珈琲を飲み 大学に近い公園で 哲学に近い言葉を拾う たった一行 それで一日が終わってゆく そんな仕事を卑下しながら それでも詩人は詩人になった 僕たちの 思想はまだ全く生まれてなくて 何かを掴むには幼過ぎた 人はいつ詩人になるのだろう 当たり前の ごく普

『詩』石蕗

私に石蕗が似合いますか? 潮風の強い こんな岩場で何かに耐えるように咲いている 私にこの黄色い花が似合いますか? 私はそんな強い人間ではありません まだそんな歳ではないと誰かが言った けれどもう私の人生の大半を 私は生きた 今はすっかりそんな気分になっているのです 石蕗の花って強いですね 潮風を こんな岩場で受けながら右へ左へ 首を揺らして耐えている そんな花に この私が似ているなどと いったい誰が 初めに言い出したのだったでしょうか? こうやって 黄色い石蕗の花の隣へ 腰

『詩』神籤を引いて僕らは旅に出る

軒下に 真っ赤に柿の実が熟している 沈んでしまった夕日の代わりに 僕たちは それを道標に旅に出る 小さな軽便鉄道で 昨日ふたりで引いた山の上の 神社の神籤に書かれていたのだ 揃って旅に出るが吉と 別にそれを 鵜呑みにしたわけではないけれど 僕らはこうして旅に出てきた 軒下で 柿が甘く熟していたので きっかけなんてそんなものよ、と 君はにこやかに微笑んで 膝の上にタブレットを開く まるで 買い忘れてきた駅弁のように 君は駅弁を覗き込んで タッチペンで一点に触れる 一滴の それ

『詩』琥珀色のウィスキーのなかで

また一つ 氷が溶けて夜が更ける 私は口をつけずにずっと見ている ウィスキーは嫌いだけれど 人生が 誰のとも知れない人生が 氷の上に 乗っているような気がするから 私はそれを頼んでしまう グラスのなかで また一つ人生が過ぎてゆく こんなバーのカウンターで 私は神だ ただじっと 幾つもの人生を見つめている 琥珀色の グラスのなかの人生を 誰が死ぬとか 生きるとか 成功するとか しないとか 私に何の関係もない 琥珀色の こんなにも美しい世界のなかで 氷が勝手に溶けてゆく 誰かの

『詩』ブルースギター

ギターを弾いてたんだ ずっと昔から ガキの頃から 親父は怒りっぽくてね 飲んだくれならまだしも話になったろうが 単に気が弱いだけの小心者だった ギターを弾いてたんだよ 俺じゃない、親父がさ なに、プロなんかじゃない、知る限りは 俺が物心つく頃には、でも すっかりやめちまってたんだ だから 親父がギターを弾いてるところを 俺は一度も見たことがない 教えてくれたのは一度だけ あの都会の 小さなライブハウスでセッションした あんたも知ってるあの爺さんさ たった一度しか 一緒にや

『詩』シクラメン

昨夜来の雨が上がって 軒先から パラパラと雫が滴り落ちる 外に開いた窓の木枠に 両肘をついて ぼんやりと 少女は滴り落ちる雫を見ている 隣に置かれたシクラメンが 気持ちを代弁するかのよう 自分の不甲斐なさのせいで 彼は去っていってしまった そうして愛だとか恋だとか それが痛みと同義だと 少女は初めて知ることになった これからどうすればよいのだろう? 雨粒がリズムを奏でるなんて そんなことはあり得ない 雫はだんだんと減っていって ほら あともう一滴 あれが落ちたら 気持ちに