JW282 土を取った媛
【疫病混乱編】エピソード34 土を取った媛
第十代天皇、崇神天皇(すじんてんのう)の御世。
ここは、三輪山(みわやま)の麓、磯城瑞籬宮(しきのみずかき・のみや)。
紀元前88年、皇紀573年(崇神天皇10)7月24日、崇神天皇こと、御間城入彦五十瓊殖尊(みまきいりひこいにえ・のみこと)(以下、ミマキ)は、詔(みことのり)を発表した。
そこに大臣(おおおみ)の物部伊香色雄(もののべ・の・いかがしこお)(以下、ガーシー)がやって来た。
ガーシー「大王(おおきみ)! 詔は、国の目標みたいなモンやで。覚えてはりますか?」
ミマキ「覚えておる。此度(こたび)の詔は、国の行く末を定めるモノとなろう。」
ガーシー「ほな、発表、御願いしますぅ。」
ミマキ「では、聞いてくれ・・・・・・。民(おおみたから)を導く根本は、教化に有る。今、既に天神地祇(てんじんちぎ)を敬(うやま)い、疫(やく)の災いは消え失せた。」
ガーシー「ここまでは、疫の流行(はやり)が収まったことを言ってるわけやね。」
ミマキ「されど、遠き国の者たちは、未(いま)だに、ヤマト政権に加わっておらぬ。これは、教化に慣れていないからであろう。特に、稲作を拒絶する国が有るのは、そういうことであろう。」
ガーシー「稲作が、まだまだ広まってないということやね。」
ミマキ「そこで、わしは決めた。群卿(ぐんきょう)を選び、四方(よも)に遣(つか)わして、わしの教えを知らしめようと思う。」
ガーシー「四方に人を派遣して、稲作を広めていくっちゅうことやね。」
ミマキ「以上!」
一同「ははぁぁ。」×多数
ミマキ「稲作を広めていくだけではないぞ。各地で暴れている賊を鎮定(ちんてい)することも務めじゃ。遣わす将は、9月9日に知らしめる。」
こうして詔発表は、つつがなく済んだのであるが、これに衝撃を受ける人物がいた。
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