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泣きながらブチギレる牧場長と話して、転職を決意した話。

24歳くらいの時、私は日本経済新聞社の広告代理店(もどき)で、新聞広告のドブ板営業をやっていた。大学を除籍になり、広告の仕事がやりたいと思った私は、ハローワークに行って広告代理店の仕事を探した。血眼で。必死になって。目を皿にして。


結果、札幌市内にある、古い広告代理店に入社することができた。入社初日に社長から「○○君には営業が向いている!」と言われ、なぜか営業の仕事をやることになった。社長にどんな仕事なのか聞くと、


・1日200件、北海道中の企業に電話をする

・縦2.4cm×横4.8cmの名刺広告を販売する

・電話で話す相手は社長である

・トークスクリプトを読みながら話す

・電話一本で広告を売る

・お客様に対面で会うことはない

そんな仕事内容であることを知り、今だったら「やばいなぁそれ」なのだが、当時の私は「そういうもんですかね」と思って営業職に就いた。なんだか社長も楽しそうに話すし。


渡されたトークスクリプトを机に置いて、電話帳を開いて上から順に電話していく。入社1日目の夕方からいきなり。電話をかけて「社長は戻ってますか?」と話して、なんとかして受付ブロックを突破し、社長まで辿り着く。単なる名刺広告だから成約率は1%にも満たない。



キツかった。


マジで憂鬱だった。


マジで。


そんな仕事を約3年続けた。おかげさまで北海道中の企業や、会社の代表者の名前、事業内容などに詳しくなることは出来たが、いま思えば、当時の私の会社の事業モデル・やり方は古すぎる。私は「この仕事は社会の課題を何も解決していないぞ?」と思いながら、でも続けていた。悩みながら。


入社して2年半が経った時、北海道の十勝地方の小さな牧場に電話をかけることがあった。名刺広告の営業電話をするために。「役に立たないものだ、社会悪じゃん、俺の仕事」と思いつつ。


電話をかける前にPCでその牧場を調べる。ホームページがあるような牧場ではなかったが、求人広告を出しており、60代の夫婦が無表情で写真に写っていた。並んで。おそらくこの2人が牧場運営をしているんだろう。もっと愛想よくしたらいいのにと思いつつ、求人内容を確認してみる。そこにこんな一文があった。



牧場からのメッセージ

人と接する時に相手の小さな変化が分かる人は、いい牧場運営が出来るはずです。大切な牛たちの小さな変化に気づくことが出来る優しい心を持った方からの応募をお待ちしています。

こんな感じだった。


私は「いいメッセージだなぁ」と思った。電話をかける前にもう一回写真を見る。無表情の夫婦だ。牧場っぽい(?)ボサボサした髪の毛で2人並んで写っている。電話をかけることはこの時もはやストレスでもなんでもなく、流れ作業のように電話をかけた。



(プルルルルルルルルルルル…)


「はい」

「あ、株式会社○○のイトーダーキです。牧場長さんは戻られてますか?」

「私ですが」

いきなり牧場長さんが出てきた。
田舎のあるあるだ。受付は存在しないのでいきなり社長に繋がる。よくあることなので私はうろたえない。家に帰ってから妻に今日の出来事を話すかのようなトーンで会話を続ける。

「それは失礼しました。私、かくかくしかじか、こういう者でして、今回、新聞への広告掲載のご協力をいただきたく」



「バッキャローーーーーー!!!!」



いきなりめちゃくちゃ怒られた。
電話している私の目の前のPCにはボサボサ髪の夫婦の写真が表示されている。無表情の夫婦だ。


「お前、いきなり電話かけてきて広告出せだと!?ふざけんな!!!」

「も、申し訳ありません!」

電話で広告の営業をするとブチギレられることは、ままあった。いわゆるハズレを引いてしまったカタチだ。実はこういうお客さんの方が最終的に広告を出してくれることが多いのだが、電話の向こうの牧場長はそれどころではないキレ方をしている。烈火の炎だ。


「俺だってなぁ!広告出してぇよ!」

「えっ」


え、広告出したいんだ、と思った。


「でもなぁ、ムリなんだよもう!」

「ど、どうされたんですか?」

そう質問をすると、なぜか牧場長はとうとうと話してくれた。ブチギレながら。


・昔は沢山の従業員がいたこと

・今は夫婦2人だけで牧場を運営していること

・24時間365日休みなく働いていること

・結婚した頃は牧場運営の夢が沢山あったこと

・奥さんと温泉旅行に行きたいこと

・お金を払って求人しても人が来ないこと

・だからもう絶望していること

「だからなぁ!俺だって広告は出してーんだよ!でももうムリだ!そんな俺に広告を出せだって!?なんだお前のその仕事はよぉ!!」


ブチギレてた牧場長さんも最後は泣きながら話していた。私の目の前には無表情の夫婦の写真が表示されている。「優しい心を持った方に応募してほしい」というメッセージが頭をよぎる。


私の涙腺もじわじわきた。
世の中には悪い人なんていない、という純粋さを持っていたので、自分ごとのように思えた。


(…そうか、こういう悩みを持った人もいるのか)



こういう人たちのために何かできることはないのか?同じ悩みの人はこの人以外にもいるんじゃないのか?私はなんでこんな役に立たない迷惑な仕事をしているんだ?


そんなことが脳内をグルグルまわる。

「もっと役に立つ仕事をしろ!!!」


ガチャっと電話を切られた。

オフィスには私の他にも電話をかけている人がいたが、電話を切り終わって私は上司にこう言った。



「すいません、トイレ行っていいですか?」



トイレの個室にガチャっと入った。
そして泣いた。
自分が情けなくて。


これをきっかけに私は転職を決意することになる。こういう人たちを救うための仕事をしよう。そう決意した結果、私は人材業界にステージを変えることになる。こういう人たちを一人でも多く救うんだ、と決意して。


この3年の憂鬱な経験は後に、宝物のように生きることになる。が、それはまだ先の話。


▶転職後にマネージャーから言われたこと





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