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死産を経験したご夫婦に、生命保険外交員はなんと声をかけるべきか?

私の仕事は生命保険外交員である。
noteばかり書いていて忘れていた。
私の仕事は保険営業マンだ。

0歳から80歳に至るまで、本当に様々なお客さんと接する機会がある。今日は「死産を経験したご夫婦」とのエピソードを、最大限の敬意をもって書かせていただく。



▶あるご夫婦を紹介される
ある日、家に帰って夜ご飯を食べていたところ、高校時代の友人から電話がかかってきた。

「君に紹介したい人間がいる。大学の友人なんだけど、結婚して最近子どもが出来てね、保険を検討してるらしいから、よしなに頼む!」


とてもありがたいことだから、きちんとコンサルティングをすることを約束して電話を切った。早速紹介してもらったご夫婦に連絡をする。旦那さんに。


「いやぁ、最近子どもが出来まして!知人に相談したところ、信頼できる保険屋さんがいるということで!ひとつお願いします!」


奥さんは妊娠6ヶ月を超え安定期に入っているものの「まずは旦那さんのみの生命保険を考えたい」とのことで、まずは旦那さんとだけ会った。奥さんは不在で。商談の席で結婚の経緯や、奥さんへの想い、やがて産まれてくる我が子への想いを聞き、できる限りの保険コンサルティングをして差し上げた。


「これなら大丈夫そうですね!」


そう言ってくれて嬉しかった。旦那さんの保険コンサルティングが済めば、念のため奥さんへも保険提案をしてあげたい旨を伝える。それが仕事だから。


「たしかにそうですよね。妻にも聞いてみます!」


▶第1子を妊娠中の奥さん
他日、ご夫婦の自宅で奥さんにも会った。
お腹が大きくなっている。
黒のワンピースを着て。

奥さんは医療・がん保険に加入しておらず、そのまま妊娠したらしい。皆さんにも是非覚えておいてほしいが、妊娠すると通常の医療保険への加入は困難となる。「部位不担保」が適用される。ここではそういうものだと思っていてほしい。


私はそのご夫婦と会った時、こんな話をした。

・がん保険には加入できること

・生命保険も加入できること

・しかし、医療保険に加入しようとすると、妊娠や出産関係の医療行為では給付金を受け取れないこと(部位不担保)

こんな話をして、そのご夫婦に「医療保険に加入すべきか否か」を問うたが結局、その場では医療保険への加入は「出産後」ということになった。一般的な出産後であれば通常の医療保険にもすんなりと加入できる。

「じゃあ、医療保険は出産後にしよう」

そういうことになった。


▶お腹の中の子が気になる
商談はそのご夫婦の自宅ダイニングでおこなったが、その帰り際、奥さんの大きなお腹を見た私は、気になってこんな質問をした。



「お腹の赤ちゃんの名前はもう決まってるんですか?」


こう質問すると、ご夫婦はにこやかに、


「もう決まってるんですが、それは私たち夫婦だけの秘密ということで」


「なるほど。きっと、その子が産まれた後、大人になってからのことも親として色々と心配になるものですよね」

「そうなんですよ、もう産まれた後のこととか、この子が結婚する時のことを考えると、なんだかいてもたってもいられないですね」

「ですよね。とにかく元気なお子さんを産んでください。どんな名前なのか気になるのでご挨拶させてくださいね」


「ええ、ありがとうございます」


そう話して、そのご夫婦の自宅を後にした。


▶それからほどなくして
それから数ヶ月が経過して、私の中で「そろそろ産まれて落ち着いた頃かな」という頃合いを見計らって、連絡した。旦那さんに。元気に産まれたかな、そう思って。



「お久しぶりです。そろそろ出産から日も経って落ち着いた頃かと思いご連絡させていただきました。奥様の医療保険をどうするか、宙ぶらりんだったので、またお会いさせてくださいね」


こんな連絡をした。
いま思えば、配慮が足りない。


旦那さんから返事が来た。



「いやぁ、実はあれから8ヶ月目で死産になりまして」


愕然とした。



先輩から「いつかこういうことがあるよ、それがこの仕事だよ」と聞かされてはいたが、思っていたよりも早く「こういうこと」が私に訪れた。そう書いていいのか分からないが。



「そうなんですね。それはなんとも」
という連絡をしつつ、私は頭の中でこう考える。


・そんな悲しみの底で保険の話をするのはいかがなものか

・あの時、奥様の医療保険をきちんと預かっていたら

・ご夫婦はどんな気持ちだろう。ましてや当事者の奥様はどんなお気持ちだろう?


そう考えると、奥さんに対して医療保険を提案することがなんとも不躾に思えた。逆の立場なら嫌だ。だから旦那さんに言った。


「奥さんに対して、保険の話をするのは思うところがあるので、まずは旦那さんだけにお話しする形にしますか?」


そう連絡すると、


「いえいえ!妻ももう落ち着いているので、夫婦2人でお話を聞く形でも全然大丈夫です!お気になさらず!」



▶ご自宅にお邪魔する
そう言われたら、そうするしかない。日時を決めて、そのご夫婦のご自宅に伺うことにした。前回と同じダイニングだ。お邪魔する前に、私は「夫婦になんと声をかけようか」と考えに考えた。


「この度は残念なことで…」

「なんと声をかけたらいいか…」


「ご冥福をお祈りいたします… 」

「心からお悔やみを」


どれも相応しくない気がする。答えが出ない。考えを巡らせた結果、私はそれについては極力触れず、淡々と医療保険の話を進める、ということにした。淡々とやるべきとこをやろう。伝えるべきことを伝えよう。

考えを巡らせた結果だ。


ご夫婦の自宅にお邪魔する。

「どうぞ〜」と旦那さんの声が聞こえて、ご自宅にお邪魔する。奥さんが出てくる。前回とは違い、お腹の膨らみはなくなっている。「見ないように、見ないように」と心掛けた。平常心で前回と変わらず、朗らかに、と心掛けた。



ところが、ダイニングテーブルに通された時、前回と違う光景が目に入ってきた。




仏壇だ。

仏壇がある。

お供え物と、写真が飾ってある。

死産になってしまったその子だ。



視界の端に仏壇を捉えながら、私はそこには触れず少しの雑談をする。そして本題に入る。ご夫婦と私の間には若干の緊張感が漂う。「どんなことを言ってくるんだ?」という緊張感。

私は淡々と話すことに決めていたから、前回までの振り返りと医療保険についての話を進める。淡々と。悲しみに想いを馳せて。

奥さんは死産を経験しているので、自分達に「まさか」が訪れることを肌身に感じているのか、医療保険への加入は納得感を持ってすんなりと終わった。



▶淡々と仕事を終えた後
商談が終わって、私は「ではこれで」と部屋を出ようとした。なるだけ触れずに。ところが旦那さんの口からこんな言葉が出た。





「いやぁ、この前産まれたんですよ」

「…」

「名前は〇〇ちゃんって名前でね。ね」

「うん」
奥さんも頷く。


ここで私の頭の中をグルグル巡ったのは2つ。


・死産になっているが「産まれた」と表現するのか。そうか、それが親だ。


・子どもの名前は、私から聞いてもいないし、前回質問しても教えてもらえなかった。にも関わらず名前を教えてくれた。




私としては死産に触れる経験は初めてだったから、いささか衝撃を受けたので間があった。それには一切触れずに、やるべき仕事をやった後だった。でも、旦那さんからそう言われた時、思わず口をついて出た。



「あの、仏壇に手を合わせても…
 よろしいですか?」



旦那さんは「もちろん!」と言う。

緊張状態にあった奥様の表情も「パッ」っと明るくなった。



「どうぞ、どうぞ!」




私は仏壇の前に正座をして、静かに手を合わせた。死産ではあったがこの世に生まれた命である。


「いつか君もそんな経験をするよ」
という先輩の声が蘇る。



手を合わせてどんなことを心で唱えたかは書かないとして、とにかく手を合わせた。深く。




「それではこれからまた何かあれば、すぐに、必ず、お2人の力になりますから。遠慮せずご連絡ください。約束ですよ」



そんなことを伝えてそのご夫婦の家を後にした。なんとも形容しがたいご夫婦の姿を見て、泣きそうだった。

またその後、私自身も妻の流産を3回経験することになるのだが、それはまた少し後のお話である。



▶私の仕事
私の仕事は生命保険外交員である。

これが私の仕事の一部である。自分のおこないが正しいかどうか、日々、自問自答しながら他人の人生に関わっている。そんな仕事である。







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