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夜の神社のカマドウマ。

私の仕事は生命保険外交員であるから、仕事を始めた頃はつらかった。何がつらかったかと言うと「知り合い」に営業をしなければならないこと。

「あ、ひさしぶり、
 今度俺の話聞いてくれない?」

うーん、嫌だ。当時の私は知り合いに嫌われることが嫌で、積極的に知り合いに連絡をすることはしなかった。


……

今から2年前の10月、妻との新婚旅行も兼ねて島根県出雲市に行った。妻が「いつか出雲大社に行きたい」と言っていたことを思い出して、すぐに行くことにした。

はじめての出雲大社だ。

出雲大社には「オオクニヌシ」という神が祀られている。「因幡の白兎」「国譲り伝説」のオオクニヌシ。日本最強の「縁結びの神」であるオオクニヌシ。「出雲大社に行ったことがある」という人生も悪くない。島根にひとっ飛びし、出雲大社に行って、特に何事もなく満足感を持って、私が住む街である札幌に帰ってきた。

……


この仕事を始めた頃から会いたい人がいた。小学校、中学校の同級生の男の子で今は会社の経営者をやっている。社会人になってからもたまに札幌市内でバッタリ会う関係性の友だちだった。彼に会えば何かしら自分の仕事の話が出来るかもしれない。非常に邪な考えだが、会いたかった。でも会えないでいた。連絡が出来なくて。


出雲大社から帰ってきて3日後。今から2年前の10月中旬、その彼と札幌市内の繁華街でバッタリ会った。夜の19時くらい。お互い1人で、私は家に帰ろうと歩いているところだった。


「おぉ!何してんの!」

彼が私に言う。

「今から帰るところだよ、いやぁ偶然だなぁ」

「今から帰るんだ?え、今って
 仕事は何してるんだっけ?」

「生命保険外交員だよ」

普通「仕事は何してるの?」という質問に「生命保険外交員だよ」と返されたら、人の顔は曇る。厄介な奴に話しかけてしまったなぁ、と思うものだが、彼は違った。

「マジで!そうなんだ!!」

「うん」

「いや、今からそこの店で1人で飲もうと思ってたんだけどさ、〇〇も来てよ!お店の人紹介するし!」



出雲大社から帰ってきて3日目である。
出雲大社のオオクニヌシは日本最強の縁結びの神だ。

(オオクニヌシ、すげぇ…)


そう思って彼と食事をした。
以降、私はたまに彼と一緒に仕事をするようになる。どこに出会いやきっかけがあるか分からないものだ。


「いやぁ今日は楽しかったよ!じゃあまた!」


時刻は22時を回っていて、私は彼にそう言われて、家に帰ろうと思った。家はすぐそこだから。でも、なんだか思った。


(…オオクニヌシに感謝を伝えたいなぁ)

個人的意見だが、神社への参拝は良い。参拝し、神に感謝を伝える。何かいいことがあった時、それが自分の手柄ではなく、神のおかげなのだと思えれば、多少傲慢さが打ち消されるような気配がするから。この夜の偶然も、自分のおかげではなく神の思し召しなんだろうと思いたかった。

普段、神を意識することはないけれど、こういう時だけ神を意識する日本人は都合がいいっすわね。


だからその足で神社に行こうと思った。幸い我が家のすぐ近くには神社がある。5分もかからない。ただ、その神社に誰が祀られているのかは知らなかった。スマホでその神社にいる神を調べる。誰なんだろう?


(ふむふむ…)

(むむ………)

(……………)

(オオクニヌシやないかい!!!)


我が家の近くの神社にはオオクニヌシが祀られているではないか!なんたる偶然!もはや全てが神のまにまにって感じやんけ!!!


そうとなったら行くしかない。

「あ、夜は神社に神様いないっすよ。夜は天上界に帰っちゃってるんで意味ないっす笑」


っていう意見はオール無視。

とにかく行きたい。
3日前に出雲大社に行った私だが、札幌にいるオオクニヌシに感謝を伝えたい。本家に行ってから別荘にも挨拶しに行く感覚だった。


……

夜の神社は誰もいなくて、10月の札幌は空気がひんやりしている。そこに1人でサラリーマンが参拝しに行く。オオクニヌシに今夜の機会をくれたお礼がしたくて。


お賽銭箱の前に立って、お賽銭を放り込む。夜だから小さく鈴を鳴らす、そこでお辞儀をして手を叩こうとした時だった。






お賽銭箱の上にカマドウマがいる。


通称便所コオロギ。見たことがない方はぜひ自己責任で検索してほしい。スーパー気持ち悪いから。そこらへんのゴキブリより気持ち悪いあのフォルム。エイリアンみたいな見た目。しかも割とデカい。あれを子どもが捕まえてきたら「ぬおおおおお!!!」ってキレるかもしれない。カマドウマって名前からしてヤバい。




(うっげぇ…カマドウマがいるよ…)

(せっかくオオクニヌシにお礼しに来たのに)

(動くなよ、動くなよ〜)


そう思って目を閉じ、手を叩いて心の中でお礼を唱えた。お礼を言った後また目を開くとカマドウマはまだお賽銭箱の上にいて、ゆっくりこちらを見ながら動いている。



(うっげぇ…きんもちわりぃ〜!)



家に帰ろうと思った。


でも気になった。


(ん?待てよ?)

(虫って神の使い的なやつじゃね?)

(カマドウマって久しぶりに見たぞ?)

(あのカマドウマって…)

(も、もしかすると…)

(オオクニヌシなんじゃ…)


もはや、そう思いたいだけである。

でも、そう思ったら妄想が膨らんでくる。

仮にあのカマドウマがオオクニヌシだったとして、私になんと言ってたのだろう?


(…キーーーン……)

(…きこ…え…ますか?)

(わた…しの名前はオオクニヌシ…)

(3日前に私の家に挨拶しに来ましたね)

(やけに熱心に祈ってましたね…)

(なのであなたにご縁を与えましたよ)

(生かすも殺すもあなた次第です)

(ほんじゃ、マタネー…)

(…キーーン…)

カマドウマ、ぴょーん!



家に帰って妻にそんな話をした。
ウキウキしながら話した。


妻には「そんなことあんのかね」と一蹴された。


夜の神社のカマドウマ。


だから私の中のオオクニヌシはカマドウマの姿をしている。せめて白いウサギだったらよかったけど、カマドウマでもいいか、と思ってる。





〈あとがき〉
日本古来の神話とカマドウマなどの昆虫との関係にお詳しい方がいらっしゃったら是非コメントで教えてください。事実あれから私の周りでは偶然にしては出来過ぎな縁が増えた気がしているのです。あれからカマドウマは見ていません。出雲大社に行った時のエピソードはまた機会があれば書こうと思います。今日も最後までありがとうございました。







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