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臨死体験を科学する! コニー・ウィリス『航路』

 コニー・ウィリスの『航路』。翻訳:大森望。
 今はハヤカワから出ているけれど、私が読んだのは、ソニー・マガジンズの『ヴィレッジブックス』から出ている文庫の初版(2004年)。(タイトル画がそれ)多分内容は変わらない。

 いったいどうしてこの本を買ったのか、最初のきっかけが思い出せない。なにしろ、この本はブ厚い。約600ページにわたる文庫本2冊分だ。でも、これは紛れもない名作だし、私はこれをきっかけに、アメリカのSF作家、コニー・ウィリスの世界にずぶずぶはまっていくことになった。

 内容をざっくり説明しよう。
 これは、臨死体験についての物語だ。
 主人公は、ジョアンナという認知心理学者。彼女の目的は、NDEという臨死体験を科学的に究明すること。そのために多くの臨死体験者への調査をしている。そこへ、疑似臨死体験ができる薬を発見した神経内科医のリチャードと出会ったことで、本格的な実験がはじまる。だが、実験結果は思わしくなく、彼女は自ら被験者となり臨死体験をこころみることに――。
 彼らのライバル(?)となるのは、臨死体験をスピリチュアルなものとして啓蒙するノンフィクション作家マンドレイク。彼の手にかかると、どんな臨死体験者たちの話も「光があらわれ、平和なあの世へ」というパターンになってしまう。実際、作者自身が、これがムカついて、この話を書いたと言っている。

 ともあれ、テーマがすごい。
 死である。人間の最大の謎である。
 それを語ることができるのは、その状況にあい、そして幸いにも戻ってきた人だけ。そのまぎわの世界に、主人公たちはアプローチしようとする。

 決してファンタジーではない。だから、主人公が薬をもって体験した世界はリアルだし、体験者もそれを自覚している。謎の怪物がでてくるわけではない。人が夜寝るときに見る夢のように、脳の奥にはさまったさまざまな記憶がでたらめにあらわれ、でも無意識につじつまがあるように作話したような世界。
 でも本当にそれだけ? と主人公は思う。

 この本が、圧倒的におもしろい第一の理由は、主人公がつかんだ臨死体験の科学的な解釈が、ものすごく納得できるから。今ではもう、そうとしか思えないくらいになってしまった。かつて手塚治虫の『火の鳥』を読んで、人の体の細胞はすべて宇宙であると納得したように。
 疑似臨死体験ができる薬は作者の創造物だけれど、そこにいたる、主人公の粘り強いアプローチがあるから、この解釈がすとんと腑に落ちる。作者は、この秘密はあーとーでー、なんて出し惜しみをしない。主人公といっしょに知り、動き、発見できる。
 これは、読んだ者だけが味わえる震える「体験」だ。

 これから読む人たちのために、多くは語らないでおきたい。そして、本のブ厚さに投げ出さず、ぜひ2巻目も読むべし。1巻目も、とっても面白くてつい2巻目まで読んでしまうだろうが・・。

 なにしろ、コニー・ウィリスという作家さんは、とても饒舌な人で、一度口を開いたら止まらない勢いで、物語を喋りまくる。まだ臨死体験の真実にいたらない1巻目はブ厚いけれど、まったく息つく暇もなく読ませてしまうのだ。
 とにかく主人公は、じつによく動き、喋り、食べるのだ。臨死体験の体験談を聞きながら、「退屈だな、この話」なんて思って、ついメモにランチに食べるハンバーガーのメニューを書いたりするし、パートナーとめんどくさい相手から逃げまどい、恋にも落ちる。悪友とくっちゃべり、さまざまなユニークな人たちとも出会う。つまり、若き認知心理学者の日常をそのままに追いかけている。
 かといって、そこを適当にすっ飛ばしてしまうと、結末へいたるすべてのつながりが途切れてしまう。決して伏線を散らばせようとしているわけではないのだろうが、大切なことが、この日々の中に、普段の言葉のままでまぎれこんでいるからだ。

 そう。普段の言葉のままで。
 これが、コニー・ウィリス作品の特徴だと思う。
 たまに高級な(?)SFのなかに、「何言ってるかわからない」ことがある。抽象的だからか専門的だからか、なんかすごいらしいがよくわからない。でも、わかったふりをしないと、次に進めないし・・みたいなことが、ある。自分がSFを読む資質や知識がないのだろうとも思うけれど、コニー・ウィリスの小説はそういう(自分みたいな)読者もはねのけない。臨死のこと、脳科学のこと、さまざまな医療行為のこと、歴史、文学・・あらゆる専門的な要素をふんだんに語りながらも、難解にならない。
 そのうえ、どこかユーモアもある。これは相当重要なことだ。
 つまりは、超1級のエンターテイメントなのだ。
 
 さて、怒涛の二巻目になると、物語はとんでもないことになる。そこからがまた圧巻だ。音が絵が言葉が脳をゆさぶる。
 そして気づく。人が人であることの美しさに。
 つきあげてくる想い。
 だから、最後のシーンは、静かで、希望に満ちている。 

 おそらくSF作家は映画好きな人が多いだろうけれど、コニー・ウィリスも、かなり映画好きと思われる。
 この話でも、主人公は「ディッシュナイト」と名付けた「映画を見る女子会」をしている。災害おたくの重い病気をかかえた少女も出てきて、しょっちゅう映画の話題がでてくる。

 そこで、可能な限り順にピックアップしてみた。

 どん。

 『タイタニック』『プリティ・ウーマン』『タイタンズを忘れない』『ホワット・ワイズ・ビニーズ』『アニー』『オズの魔法使い』『トワイライト・ゾーン』『無頼漢』『恋におちたシェイクスピア』『めぐり逢えたら』『フォー・ウエディング』『王様と私』『ダンス・ウィズ・ウルブス』『相続人が多すぎる』『わんわん物語』『少年は虹を渡る』『ポリアンナ』『フラットライナーズ』『アルタード・ステーツ』『ペリカン文書』『グローリー』『ボルケーノ』『くまのプーさん』『ふしぎの国のアリス』『ジャンピン・ジャック・フラッシュ』『プリティ・ブライド』『ベスト・サマー』『秘密の花園』『サウンド・オブ・ミュージック』『ヒンデンブルグ』・・。

 うへえ。タイトルだけのものもあるし、物語に隣接するすごく重要なものもある。主人公のパートナーが「オールタイムベスト」といったのは、『少年は虹を渡る』だし、災害おたくの少女は、大人が見せたがるディズニー映画が苦手だとか、「ディッシュナイト」に、シルヴェスター・スタローンとウッディ・アレンの映画は禁止とか。この映画のラインナップが登場人物によりそう鍵にもなっている。
 さらにいえば、シェイクスピアからジェーン・オースティンまで古典文学もちょいちょい出てくる。主人公が学生時代の国語教師と会うからだけれど、これらを全部わかっていると、もっとこの話が面白いに違いない。

 というわけで、この本を機に、すっかりコニー・ウィリスのファンになってしまった。そんな人は多いはず。
  余談だけれど、新海誠氏のアニメは、緻密でリアルな作画が魅力のひとつだけれど・・いるんだな、その一瞬のカットを分析する人が。そこで主人公の部屋の本棚に、この『航路』があって、ひそかに歓喜した我である。
 

 そんな私がこの小説を読んだのは、翻訳者が大森望氏だったからかもしれない。
 私たちは、少なくとも私は、海外の文学は、翻訳者が日本語に直したものを読む。だから、いい意味で、訳した人の語り口を味わうことになる。私は大森氏の翻訳が、または翻訳した本が好みなのだろう。
 それはまた別の話。

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