方向微分の”最良な表記法”を目指して。【ベクトル解析】
ベクトル解析で触れるであろう方向微分には、困ったことに多数の表記方法が存在します。教える大学や教授に依っても、その表記はマチマチかと存じます:
⠀
また、ヤコビ行列の特殊ケースであるベクトル微分
というのも取り扱う分野に依っては馴染み深いかもしれません。
今回は、そんな方向微分とベクトル微分の意外な関連性を主軸にして、方向微分No.1の表記法を定めよう!という試みです🎓
復習がてら、ゆる~くお読み頂ければ幸いです😆☕
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TL;DR
本記事では、総合的に見て微分商の記法が最も優れていると結論付けています:
方向微分 を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$($${v}$$を太字にせず)
ベクトル微分 を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial \bm{v}}}$$($${v}$$を太字にする)
と区別して表記する。
実用上・計算上便利な表現$${\bm v\cdot\nabla f}$$と同等な表現$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm x}\bm v}$$が直感的な操作で得られる点も非常にGoodでオススメしたいです👍
方向微分
定義
$${f(\bm{x})}$$の$${\bm{v}}$$-方向微分は偏微分の拡張で、特定の方向$${\bm{v}}$$における$${|\bm{v}|}$$基準での変化率を与える定義です:
$${\bm v}$$に基本ベクトル$${\bold{e}_j}$$を選ぶと、通常の$${x_j}$$-偏微分に一致します。
性質
全微分可能な関数に絞って考えると、$${\bm{v}}$$-方向微分$${\nabla_{\bm{v}}f}$$は、
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\LARGE
\nabla_{\bm{v}}f=\bm{v}\cdot\nabla f
$$
という$${{\texttt{\bfナブラ}\rule[-2pt]{0pt}{0pt}} \atop{\large \nabla}}$$演算子を用いたシンプルな公式にまとめられます。
これにより方向微分演算子$${\raisebox{-5pt}{${\Large\nabla_{\bm{v}}} \atop{\scriptsize\!\!\!(\hspace{0.1pt}=\hspace{0.2pt}\bm{v}\hspace{0.2pt}\cdot\hspace{0.2pt}\nabla\hspace{0.1pt})}$}}$$は、以下の3性質を満たします:
線形性:
$$
\nabla_{\bm{v}}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)=\mathrm{a}\nabla_{\bm{v}}f+\mathrm{b}\nabla_{\bm{v}}g\\[7.0pt]
\begin{cases}
\mathrm{a},\mathrm{b}=\mathop{\text{const.}}&\!\!\!\in\R\\
f(\bm x),\,\,g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
ライプニッツ則:
$$
\nabla_{\bm{v}}(fg)=(\nabla_{\bm{v}}f)g+f(\nabla_{\bm{v}}g)\\[7.0pt]
\begin{cases}
fg=f(\bm x)g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
連鎖律:
$$
\nabla_{\bm{v}}(f \circ g)=f'(g(\bm{x}))\nabla_{\bm{v}}g\\[7.0pt]
\begin{cases}
f \circ g=f(g(\bm x))&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
⠀
連鎖律のみ、ちょっとだけ認知負荷高めですが、確かに成り立ちます。
ベクトル微分
定義
$${\bm{f}(\bm{x})}$$のヤコビ行列$${\dfrac{\partial \bm{f}}{\partial \bm{x}}}$$
において、$${f}$$がスカラー($${f(\bm{x})\in\R}$$)である特殊ケースをベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{x}}}$$と定めます:
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}\coloneqq
\begin{pmatrix}
\dfrac{\p f}{\p x_1}&\dfrac{\p f}{\p x_2}&\cdots&\dfrac{\p f}{\p x_\mathrm{n}}
\end{pmatrix}\in\R^{1\times\mathrm{n}}
$$
⠀
(ちなみにn年前の過去記事は、
上記とは異なるアプローチで
ベクトル微分を与える記事です📗)
性質
$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{x}}}$$は定義から、
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\LARGE
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}=(\nabla f)^{\mathsf{T}}
$$
と書き表せるため、その実体は勾配場$${\nabla f}$$(の転置)です。
これによりベクトル微分もまた、下記の3性質を満たします:
線形性:
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p }{\p \bm{x}}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)=\mathrm{a}\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}+\mathrm{b}\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
\mathrm{a},\mathrm{b}=\mathop{\text{const.}}&\!\!\!\in\R\\
f(\bm x),\,\,g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
ライプニッツ則:
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p }{\p \bm{x}}(fg)=\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}g+f\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
fg=f(\bm x)g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
連鎖律:
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}=\dfrac{\p f}{\p g}\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
f =f(g(\bm x))&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$
こちらは連鎖律が分かりやすく見えます。
記法の検討🔍
∇記法①
$${\nabla}$$記法①の主張は、
「もう、定義の段階から
$${(\bm v\cdot\nabla)f}$$と書きませんか?」
というものです。一言で済ませるなら、【定理の先取り】です。
メリット👍💯
✅実用上・計算上の利点が大きい。
✅3性質(線形性・ライプニッツ則・連鎖律)を導きやすい。
✅「結果が$${|\bm v|}$$に依存すること」が分かりやすい。
デメリット👻
❌$${f(\bm x)}$$が全微分可能でないケースで表記上矛盾を生む。
❌公式の表現がやや冗長で分かりにくい。
⠀
∇記法②
$${\nabla}$$記法②の主張は、
「別に、$${\nabla_{\bm v}f}$$のまま
で良くないですか?」
というものです。つまりは、本記事の定義で用いた表記こそが最良だとする考えです。
メリット👍💯
✅$${\nabla}$$との関連性を暗に示している。
✅数学的な機序を重視する際には良い。
デメリット👻
❌連鎖律が分かりにくい。
❌$${\nabla_{\bm v}f}$$が見た目のわりにスカラーである。
⠀
微分商の記法
微分商の記法の主張は、
「太字の有無で方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$と
ベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{v}}}$$を書き分けませんか?」
というものです。つまりは、上記の記法を採用すると方向微分の3性質は、
$$
\begin{align*}
\dfrac{\partial }{\partial v}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)&=\mathrm{a}\dfrac{\partial f}{\partial v}+\mathrm{b}\dfrac{\partial g}{\partial v}\\[7.0pt]
\dfrac{\partial }{\partial v}(fg)&=\dfrac{\partial f}{\partial v}g+f\dfrac{\partial g}{\partial v}\\[7.0pt]
\dfrac{\partial f}{\partial v}&=\dfrac{\partial f}{\partial g}\dfrac{\partial g}{\partial v}
\end{align*}
$$
と、ベクトル微分と同様に書き表せることを意味します。
メリット👍💯
✅数学的な機序を妨げることなく使用できる。
✅3性質(特に連鎖律)が分かりやすい。
✅太字の有無によりスカラーとベクトルの識別が容易になる。
✅$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現が得られる(※後述)。
デメリット👻
❌$${\bm v}$$の成分表示には不向きである(書き分けには工夫を要する)。
⠀
【補足】$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現について
$${f(\bm x)}$$には、$${\bm v}$$-方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$とベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm x}}$$の2種類が定義されています。ここで、$${\bm v}$$-方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$に
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\Large
\dfrac{\p f}{\p v}=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\dfrac{\p \bm x}{\p v}
$$
という形式的な連鎖律を適用した上で、$${\dfrac{\partial \bm x}{\partial v}}$$に形式的な方向微分を与えることにより、$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現が得られます:
$$
\newcommand{\p}{\partial}
\begin{align*}
\dfrac{\p f}{\p v}
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\dfrac{\p \bm x}{\p v}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\lim_{h\to0}\dfrac{(\bm x+h\bm v)-(\bm x)}{h}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\lim_{h\to0}\dfrac{\bcancel{h}\bm v}{\bcancel{h}}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\bm v\\[7.0pt]
\end{align*}
$$
∎
その他の記法
方向微分 - Wikipediaには、この他にも
$$
f'_{\bm v}(\bm x)\:\:\:\:\:\:D_{\bm v}f(\bm x)
$$
という表記法が見つかりますが、上記3種を上回る優位性は見受けられなかったです。
結論
$${\nabla}$$記法①:$${(\bm v\cdot\nabla)f}$$
VS
$${\nabla}$$記法②:$${\nabla_{\bm v}f\hspace{15pt}}$$
VS
微分商の記法:$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$
における結論です。
メリット・デメリットを下記の4観点に絞り、Nо.1記法を選定します(主観MAX):
直感的操作・・・認知負荷が低く、既存の概念とのアナロジー(類推)が効きやすい表現であるか否か。
数学的機序・・・定義から定理という数学的な推論に適した表現であるか否か。
SV識別性・・・スカラー(S)とベクトル(V)が識別しやすい表現であるか否か。
成分表示性・・・ベクトルの成分表示に耐えうる表現であるか否か。
4観点(直感的操作・数学的機序・SV識別性・成分表示性)を表形式にまとめると、
$$
\newcommand{\exc}{\raisebox{1pt}{$\footnotesize\bigcirc$}}
\newcommand{\good}{\triangle}
\newcommand{\bad}{{\large\times}}
\begin{array}{c|ccc}
&\raisebox{0.2pt}{\text{\textcircled{\scriptsize{1}}}}&\raisebox{0.2pt}{\text{\textcircled{\scriptsize{2}}}}&\texttt{\bf商}\\\hline\hline
\texttt{\small\bf直感的操作}&\good&\bad&\exc\\
\texttt{\small\bf数学的機序}&\bad&\exc&\exc\\
\texttt{\small\bfSV識別性}&\exc&\bad&\exc\\
\texttt{\small\bf成分表示性}&\exc&\exc&\bad\\
\end{array}
$$
であるため、方向微分のNо.1記法は
微分商の記法:$${\Large\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$
に決定です🏆
スキ、フォロー、コメントなどなどお待ちしております😆
以上、Keshitanでした!
▼たのしい数学をあなたに。▼
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