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方向微分の”最良な表記法”を目指して。【ベクトル解析】

 ベクトル解析で触れるであろう方向微分には、困ったことに多数の表記方法が存在します。教える大学教授っても、その表記はマチマチかと存じます:

例えば、$${{\texttt{\bfこれ}\rule[-2pt]{0pt}{0pt}} \atop{\large \nabla_{\bm{v}}f}}$$とか、$${{\texttt{\bfコレ}\rule[-2pt]{0pt}{0pt}} \atop{\large (\bm{v}\cdot\nabla) f}}$$とかね。

※筆者の観測範囲では5種類ほど存在

また、ヤコビ行列の特殊ケースであるベクトル微分

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p f}{\p \bm{v}}\coloneqq
\begin{pmatrix}
\dfrac{\p f}{\p v_1}&\!\!\dfrac{\p f}{\p v_2}&\!\!\dfrac{\p f}{\p v_3}
\end{pmatrix}
$$

というのも取り扱う分野に依っては馴染なじみ深いかもしれません。

 今回は、そんな方向微分とベクトル微分の意外な関連性を主軸にして、方向微分No.1の表記法を定めよう!というこころみです🎓

 復習がてら、ゆる~くお読み頂ければ幸いです😆☕


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TL;DR

忙しい人のための表記法まとめ

 本記事では、総合的に見て微分商の記法が最も優れていると結論付けています:


 方向微分  を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$($${v}$$を太字

ベクトル微分 を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial \bm{v}}}$$($${v}$$を太字
と区別して表記する。


 実用上・計算上便利な表現$${\bm v\cdot\nabla f}$$と同等な表現$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm x}\bm v}$$が直感的な操作で得られる点も非常にGoodでオススメしたいです👍

方向微分

Nо.1表記法を定める上で、
方向微分の定義と性質を復習します。

定義


 $${f(\bm{x})}$$の$${\bm{v}}$$-方向微分偏微分の拡張で、特定の方向$${\bm{v}}$$における$${|\bm{v}|}$$基準での変化率を与える定義です:

$$
\nabla_{\bm{v}}f\coloneqq\lim_{h\to0}\dfrac{f(\bm{x}+h\bm{v})-f(\bm{x})}{h}
$$

 $${\bm v}$$に基本ベクトル$${\bold{e}_j}$$を選ぶと、通常の$${x_j}$$-偏微分に一致します。

性質


 全微分可能な関数しぼって考えると、$${\bm{v}}$$-方向微分$${\nabla_{\bm{v}}f}$$は、

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\LARGE
\nabla_{\bm{v}}f=\bm{v}\cdot\nabla f
$$

という$${{\texttt{\bfナブラ}\rule[-2pt]{0pt}{0pt}} \atop{\large \nabla}}$$演算子を用いたシンプルな公式にまとめられます。

 これにより方向微分演算子$${\raisebox{-5pt}{${\Large\nabla_{\bm{v}}} \atop{\scriptsize\!\!\!(\hspace{0.1pt}=\hspace{0.2pt}\bm{v}\hspace{0.2pt}\cdot\hspace{0.2pt}\nabla\hspace{0.1pt})}$}}$$は、以下の3性質を満たします:

  • 線形性

$$
\nabla_{\bm{v}}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)=\mathrm{a}\nabla_{\bm{v}}f+\mathrm{b}\nabla_{\bm{v}}g\\[7.0pt]
\begin{cases}
\mathrm{a},\mathrm{b}=\mathop{\text{const.}}&\!\!\!\in\R\\
f(\bm x),\,\,g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

  • ライプニッツ則

$$
\nabla_{\bm{v}}(fg)=(\nabla_{\bm{v}}f)g+f(\nabla_{\bm{v}}g)\\[7.0pt]
\begin{cases}
fg=f(\bm x)g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

  • 連鎖律

$$
\nabla_{\bm{v}}(f \circ g)=f'(g(\bm{x}))\nabla_{\bm{v}}g\\[7.0pt]
\begin{cases}
f \circ g=f(g(\bm x))&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

※f’は通常の意味での微分

 連鎖律のみ、ちょっとだけ認知負荷高めですが、確かに成り立ちます。

ベクトル微分

Nо.1表記法を定める上で、
ベクトル微分の定義と性質を復習します。

定義


 $${\bm{f}(\bm{x})}$$のヤコビ行列$${\dfrac{\partial \bm{f}}{\partial \bm{x}}}$$

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\begin{align*}
\dfrac{\p \bm{f}}{\p \bm{x}}
&\coloneqq
\begin{pmatrix}
\dfrac{\p f_1}{\p x_1}&\dfrac{\p f_1}{\p x_2}&\cdots&\dfrac{\p f_1}{\p x_\mathrm{n}}\\[16.0pt]
\dfrac{\p f_2}{\p x_1}&\dfrac{\p f_2}{\p x_2}&\cdots&\dfrac{\p f_2}{\p x_\mathrm{n}}\\[16.0pt]
\vdots&\vdots&\ddots&\vdots\\[16.0pt]
\dfrac{\p f_\mathrm{m}}{\p x_1}&\dfrac{\p f_\mathrm{m}}{\p x_2}&\cdots&\dfrac{\p f_\mathrm{m}}{\p x_\mathrm{n}}
\end{pmatrix}\end{align*}\\
\begin{cases}
\Bigg({\scriptsize添え字の方向は}\raisebox{-8pt}{$\Large\bm{f}\downarrow$}\raisebox{8pt}{$\Large\bm{x}\rightarrow$}\Bigg)\in\R^{\mathrm{m\times n}}
\end{cases}
$$

において、$${f}$$がスカラー($${f(\bm{x})\in\R}$$)である特殊ケースをベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{x}}}$$と定めます:

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}\coloneqq
\begin{pmatrix}
\dfrac{\p f}{\p x_1}&\dfrac{\p f}{\p x_2}&\cdots&\dfrac{\p f}{\p x_\mathrm{n}}
\end{pmatrix}\in\R^{1\times\mathrm{n}}
$$

※結果は「行」ベクトル

(ちなみにn年前の過去記事は、
上記とは異なるアプローチ
ベクトル微分を与える記事です📗)

性質


 $${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{x}}}$$は定義から、

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\LARGE
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}=(\nabla f)^{\mathsf{T}}
$$

と書き表せるため、その実体は勾配場$${\nabla f}$$(の転置)です。

 これによりベクトル微分もまた、下記の3性質を満たします:

  • 線形性

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p }{\p \bm{x}}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)=\mathrm{a}\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}+\mathrm{b}\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
\mathrm{a},\mathrm{b}=\mathop{\text{const.}}&\!\!\!\in\R\\
f(\bm x),\,\,g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

  • ライプニッツ則

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p }{\p \bm{x}}(fg)=\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}g+f\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
fg=f(\bm x)g(\bm x)&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

  • 連鎖律

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\dfrac{\p f}{\p \bm{x}}=\dfrac{\p f}{\p g}\dfrac{\p g}{\p \bm{x}}\\[7.0pt]
\begin{cases}
f =f(g(\bm x))&\!\!\!\in\R
\end{cases}
$$

 こちらは連鎖律が分かりやすく見えます。

記法の検討🔍

メリット・デメリット
個人の主観で述べてNо.1記法を決めます。

∇記法①


方向微分を、
$${\LARGE(\bm{v}\cdot\nabla)f}$$
と表記する。

 $${\nabla}$$記法①の主張は、

「もう、定義の段階から
$${(\bm v\cdot\nabla)f}$$と書きませんか?」

というものです。一言で済ませるなら、【定理の先取り】です。

メリット👍💯


実用上・計算上の利点が大きい。
3性質(線形性・ライプニッツ則・連鎖律)を導きやすい。
「結果が$${|\bm v|}$$に依存すること」が分かりやすい。

デメリット👻


❌$${f(\bm x)}$$が全微分可能でないケースで表記上矛盾を生む
公式の表現がやや冗長で分かりにくい。

※いずれも筆者の主観であり、文脈に依っても評価は変わります

∇記法②


方向微分を、
$${\LARGE\nabla_{\bm v}f}$$
と表記する。

 $${\nabla}$$記法②の主張は、

「別に、$${\nabla_{\bm v}f}$$のまま
で良くないですか?」

というものです。つまりは、本記事の定義で用いた表記こそが最良だとする考えです。

メリット👍💯


✅$${\nabla}$$との関連性あんに示している。
数学的なじょを重視する際には良い。

デメリット👻


連鎖律が分かりにくい。
❌$${\nabla_{\bm v}f}$$が見た目のわりにスカラーである。

※いずれも筆者の主観であり、文脈に依っても評価は変わります

微分商の記法


 方向微分  を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$($${v}$$を太字

ベクトル微分 を、$${\large\dfrac{\partial f}{\partial \bm{v}}}$$($${v}$$を太字
と区別して表記する。

 微分商の記法の主張は、

太字の有無で方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$と
ベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm{v}}}$$を書き分けませんか?」

というものです。つまりは、上記の記法を採用すると方向微分の3性質は、

$$
\begin{align*}
\dfrac{\partial }{\partial v}(\mathrm{a}f+\mathrm{b}g)&=\mathrm{a}\dfrac{\partial f}{\partial v}+\mathrm{b}\dfrac{\partial g}{\partial v}\\[7.0pt]
\dfrac{\partial }{\partial v}(fg)&=\dfrac{\partial f}{\partial v}g+f\dfrac{\partial g}{\partial v}\\[7.0pt]
\dfrac{\partial f}{\partial v}&=\dfrac{\partial f}{\partial g}\dfrac{\partial g}{\partial v}
\end{align*}
$$

と、ベクトル微分と同様に書き表せることを意味します。

メリット👍💯


数学的なじょさまたげることなく使用できる。
3性質(特に連鎖律)が分かりやすい。
✅太字の有無によりスカラーとベクトルの識別が容易になる。
✅$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現が得られる(※後述)。

デメリット👻


❌$${\bm v}$$の成分表示には不向きである(書き分けには工夫を要する)。

※いずれも筆者の主観であり、文脈に依っても評価は変わります

【補足】$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現について

 $${f(\bm x)}$$には、$${\bm v}$$-方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$とベクトル微分$${\dfrac{\partial f}{\partial \bm x}}$$の2種類が定義されています。ここで、$${\bm v}$$-方向微分$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$に

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\Large
\dfrac{\p f}{\p v}=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\dfrac{\p \bm x}{\p v}
$$

という形式的な連鎖律を適用した上で、$${\dfrac{\partial \bm x}{\partial v}}$$に形式的な方向微分を与えることにより、$${\nabla_{\bm v}f=\bm{v}\cdot\nabla f}$$と同等な表現が得られます:

$$
\newcommand{\p}{\partial}
\begin{align*}
\dfrac{\p f}{\p v}
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\dfrac{\p \bm x}{\p v}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\lim_{h\to0}\dfrac{(\bm x+h\bm v)-(\bm x)}{h}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\lim_{h\to0}\dfrac{\bcancel{h}\bm v}{\bcancel{h}}\\[7.0pt]
&=\dfrac{\p f}{\p \bm x}\bm v\\[7.0pt]
\end{align*}
$$

その他の記法


 方向微分 - Wikipediaには、この他にも

$$
f'_{\bm v}(\bm x)\:\:\:\:\:\:D_{\bm v}f(\bm x)
$$

という表記法が見つかりますが、上記3種を上回る優位性は見受けられなかったです。

結論

$${\nabla}$$記法①:$${(\bm v\cdot\nabla)f}$$
VS
$${\nabla}$$記法②:$${\nabla_{\bm v}f\hspace{15pt}}$$
VS
微分商の記法:$${\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$

における結論です。

 メリット・デメリットを下記の4観点しぼり、Nо.1記法を選定します(主観MAX):

  • 直感的操作・・・認知負荷が低く、そんの概念とのアナロジー(類推)が効きやすい表現であるか否か。

  • 数学的機序・・・定義から定理という数学的な推論に適した表現であるか否か。

  • SV識別性・・・スカラー(S)とベクトル(V)が識別しやすい表現であるか否か。

  • 成分表示性・・・ベクトルの成分表示に耐えうる表現であるか否か。

 4観点(直感的操作・数学的機序・SV識別性・成分表示性)を表形式にまとめると、

$$
\newcommand{\exc}{\raisebox{1pt}{$\footnotesize\bigcirc$}}
\newcommand{\good}{\triangle}
\newcommand{\bad}{{\large\times}}
\begin{array}{c|ccc}
&\raisebox{0.2pt}{\text{\textcircled{\scriptsize{1}}}}&\raisebox{0.2pt}{\text{\textcircled{\scriptsize{2}}}}&\texttt{\bf商}\\\hline\hline
\texttt{\small\bf直感的操作}&\good&\bad&\exc\\
\texttt{\small\bf数学的機序}&\bad&\exc&\exc\\
\texttt{\small\bfSV識別性}&\exc&\bad&\exc\\
\texttt{\small\bf成分表示性}&\exc&\exc&\bad\\
\end{array}
$$

であるため、方向微分のNо.1記法

微分商の記法:$${\Large\dfrac{\partial f}{\partial v}}$$

に決定です🏆



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以上、Keshitanでした!


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