依存に有効なのは「断ち切る」ではなく「切り替え」だという話。
今回は「依存」について書いていこうと思います。
というのも、以前は私も、タバコを吸っていたり、ギャンブルにのめり込んでいた時期があり、他人から見れば依存症と見られていた時期もありました。
ですが、現在はどちらも全く興味が湧きません。
一体何がそうさせたのでしょうか?
昨今は、スマートフォン依存やSNS依存など、依存にまつわる用語は増える一方です。
もし私の体験から得た知見が、現在も何らかの依存で苦しんでいる方にとって、何かのお役になるのであれば…。
そう思って書かせていただきます。
最後までお付き合いいただければと思います。
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さて、そもそもなぜ人間は、依存という状態に陥るのでしょうか?
人間の脳は、報酬系という、何らかの事象に反応して快楽物質を与えるというシステムが存在します。
行為などの刺激で腹側被蓋野に集まるA10神経系が活性化。 快感をもたらすドーパミンを分泌。 ドーパミンは側坐核を刺激して高揚感を促し、前頭前野で「またこの快感が欲しい」という情動を強める。(出典:下記サイト)
さて、まずはギャンブル依存から考えてみましょう。
私の場合は、パチンコやパチスロにハマっていたのですが、ギャンブルを全くやったことない人も「ビギナーズ・ラック」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか?
初心者が往々にして得る幸運。賭け事などにいう。(デジタル大辞泉より)
私も一番初めに遊んだ際に、非常に大きな勝ちを手にしてしまい、そこからのめり込むようになりました。
パチンコなどは、お金を消費するというスリル感と過度な演出、そして何の労力もなく大金を手にできるというこれらの条件が、脳内の快楽物質を分泌させる要因だと考えられます。
快楽物質は、分泌されるごとに耐性がつくので、よりスリルを求めたり、より大金を得るための行動に走らせます。
また、ニコチン中毒あるいはニコチン依存についてですが、こちらはストレス状態に対し「タバコを吸うことでこのストレスを緩和している」という思い込みが発生したりします。
つまり、タバコを吸うことが非常に良いことであると錯覚している状態だと私は考えています。
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タバコの禁煙についてよくあるのが、徐々に本数を減らしていくというものなのですが、実はこれは、禁煙とは縁が遠いものとなります。(個人的な見解)
データに関しては諸説ありますが、タバコ1本では14.4分寿命が縮まるという説があり、20本入りのタバコ1箱で、4.8時間の命を削っていることになるということです。
私は15年ほど喫煙歴があります。(本数はバラつきアリ…)
以前の記事にも書いたことがあるのですが、今は、ある日突然ピタリと吸わなくなり、それ以降、現在に至るまで一本も吸わずに済んでいます。
なぜ、このように依存状態にあったと思われる状態から改善がなされたのでしょうか?
ここからは私個人の見解となります。
タイトルにもあるとおり、依存というものは断ち切るという考えが主流だと思われます。
これは依存そのものが悪であるという考えのもと、執り行われるものだと思われます。
ですが、実際に依存している者から見て、この「断ち切る」という行為は非常に困難を極めます。
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先に述べたタバコの件を思い出してみてください。
皆さんの周りにも、禁煙すると言って次の日にはすでに吸っている人がいませんでしょうか?
「断ち切る」という考えは、非常に理にかなっていると思われる半面、実は万人に効く作業ではないということです。
では、どのようにすれば依存は抑えられるのでしょうか?
私が思うに、依存で必要な考え方は「断ち切る」のではなく「切り替える」ことだと思います。
現在の私は、タバコは吸いませんしギャンブルもしませんが、おそらく別の依存というカタチで脳内に残っているのだと思います。
それは、承認欲求に対する依存…要するに、誰かの役に立ちたい依存です(笑)。
人にとって何かに依存するというのは、個人的には本能に近いものだと考えています。
この本能に対して、断ち切るという考え方はあまり有効ではないというのは、皆さんも思うところはあるのではないでしょうか?
ですから、依存の方向性を心身、あるいは、人生そのものに悪影響及ぼすものから、そうではないものに転換することが、非常に効果的ではないかと私は思っています。
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私がギャンブルをやめたのが28歳の時ですが、これは単純に、生活環境を改善することで、娯楽施設に寄らずに済む通勤経路を確保できたからだと思います。
その代わり、一時的に甘いものに対して非常に強い食欲が湧く時期がありました。
今思えば、これは「ギャンブル」から「糖質依存」に切り替わったものかもしれない…と考えられます。
私が禁煙できたときは、現在も通っている大学への進学を決めた時期と一致します。
こちらに関しては「ニコチン依存」から、学ぶことによって得られる「他者承認」、こちらに依存が切り替わったからだと考えています。
つまり「依存体質」というものは何ら変わっておらず、依存の対象物が変化しただけだということです。
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例えば今、恋愛においてパートナーに対して依存している人がいるとします。
そういった人の中には、万が一パートナーと離別した場合、依存そのものがなくなるのではなく、新たなパートナーに対象物が変化するだけの人も多いのではないでしょうか?
…他の依存も、このような状態があるのではないかと考えるのです。
依存という言葉は、先にも述べたように、非常に悪い印象を与えますが、ここで必要なのは、その欲求を断ち切るのではなく、コントロールするという概念ではないでしょうか。
すでに存在しているものを、この世から消す。
これは非常に難しいことではないでしょうか?
ですが、数量を減らすということは不可能ではないような気がします。
言葉遊びのように聞こえるかもしれませんが、こういった「0か1か」ではなく「シフトする」という考えが、今後あらゆるシチュエーションにおいて有効になるのではないかと私は考えていますが、あなたはどう思うでしょうか?
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ということで、最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の投稿は以上です