見出し画像

自分を見つけるブックカフェ店主による本の紹介 長田弘『世界はうつくしいと』

 詩人、長田弘さんの詩集。表題作を全文引用する。

『世界はうつくしいと』

うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
風の匂いはうつくしいと。渓谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光はうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇り日の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
さらりと老いてゆく人の姿はうつくしいと。
一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。

長田弘『世界はうつくしいと』

どうしても特別な事柄だけを大切だと思ってしまいがちだが、この日常がいつかは終わるものだと気付いた時、何もかもが愛おしく思えてくるものだ。

いつか、人は死ぬ。必ず、死ぬ。
なんならたった今この文章を書きながら、僕は死ぬかもしれない。
それは冗談でもなく、本当のことだ。何が起こるかわからない。

だからこそ、いつ死ぬかわからないが、いつか必ず死ぬのだから、1日1日を、一瞬一瞬を大切に生きねばならないのだ。

かといって、どういう風に大切にすればいいのかわからない。
そんな人も多いかもしれない。

だからこそ、この詩が教えてくれているのだ。長田弘さんが伝えてくれているのだ。

「美しいものを美しいと言おう」
美しいものを美しいと言う、それだけで日常は輝き始める。


この記事が参加している募集