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『「介護時間」の光景』(210)。「再開発」。6.11.

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。おかげで、こうして書き続けることができています。

(この『「介護時間」の光景』を、いつも読んでくださってる方は、「2007年6月11日」から読んでいただければ、これまで読んで下さったこととの、繰り返しを避けられるかと思います)。

 初めて読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。

「介護時間」の光景

 この『「介護時間」の光景』シリーズは、介護をしていた時間に、どんなことを考えたのか?どんなものを見ていたのか?どんな気持ちでいたのか?を、お伝えしていこうと思っています。

 それは、とても個人的なことで、断片的なことに過ぎませんが、それでも家族介護者の気持ちの理解の一助になるのではないか、とも思っています。

 今回も、昔の話で申し訳ないのですが、前半は「2007年6月11日」のことです。終盤に、今日、「2024年6月11日」のことを書いています。

(※ この『「介護時間」の光景』シリーズでは、特に前半部分の過去の文章は、その時のメモと、その時の気持ちが書かれています。希望も出口も見えない状況で書いているので、実際に介護をされている方が読まれた場合には、気持ちが滅入ってしまう可能性もありますので、ご注意くだされば幸いです)。

2007年の頃

 1999年から介護が始まり、2000年に、母は転院したのですが、私は、ただ病院に毎日のように通い、家に帰ってきてからは、妻と一緒に義母の介護を続けていました。

 そのまま、介護は続けていたのですが、そういう生活が4年続いた頃、母の症状が落ち着いてきました。

 そのため、それまで全く考えられなかった自分の未来のことまで、少し考えられるようになったのですが、2004年に母にガンが見つかり、手術し、いったんはおさまっていたのですが、翌年に再発し、それ以上の治療は難しい状態でした。

 そのため、なるべく外出をしたり、旅行をしたりしていましたし、2007年の2月に、熱海に旅行にも行けました。
 
 母の体調は、だんだん悪くなっていくようで、そのせいか、ほぼ毎日、病院に通っていました。本当に調子が悪いのが明らかでした。そして、5月14日に母は病院で亡くなりました。

 毎日のように病院に通う毎日は終わりました。

 7年間の「通い介護」も、終わってみれば、長いのか短いのかわからない感覚になりましたが、義母を自宅で妻と一緒に介護をすることは、変わらずに続いています。

2007年6月11日

 〇〇区役所に行く。

(毎日のようにつけていた日記がわりのメモには、それだけしか書いていない。もう、母は亡くなり、その後の戸籍のこととか、いろいろな手続きをしていて、気持ちは、それだけになっていたようだ。たぶん、いろいろなことをあまり考えられなくなっていたような気がする)。

再開発

 駅で降りる。自分が生まれた街。

 区役所へ行く道が、私が子供の頃…だから、40年近く前からあった商店街の道が、アコーディオンのような鉄の柵で、閉じられている。

 そこにある古くからの商店街の一帯が、全部、閉鎖されている。
「再開発のため、立ち入り禁止」。
 なにか、ひどく死亡率の高い伝染病が広まるのを防ぐために、むりやりゴーストタウンにさせられたように見える。

 ただ、建物はまだ、そのまま建っている。昔のままのように見える。

                   (2007年6月11日)


 その後も義母の在宅介護は続いていたが、臨床心理学の勉強を始め、2010年に大学院に入学し、2014年には臨床心理士の資格を取得し、その年に、介護者相談も始めることができた。

 2018年12月には、妻と一緒に自宅で介護を続けていた義母が103歳で亡くなり、19年間の介護生活も突然終わった。2019年には公認心理師の資格もとった。昼夜逆転のリズムが少し修正できた頃、コロナ禍になった。

2024年6月11日

 天気がいい。
 気温が高い。

 庭の柿の葉っぱが、さらに茂っているような気がする。


 いつものことだけど、今日も洗濯をする。
 洗濯機が止まって、干すときに、今までの洗濯物を入れる。
 天気がいいとよく乾いているし、少しあったかくなっている。

 気持ちがいい。

アイス

 暑くなってくると、アイスが食べたくなってくる。

 この前買っておいて、しばらく冷凍庫に入っていたアイスキャンディーを食べた。

 このところ、飲料も含めて練乳が多く扱われていて、それで興味を持って買ったのだけど、妻にも好評で、良かった。

 私は、ガリガリくんのチョコミントを食べる。以前はあまり食べなかったチョコミント味がおいしく感じるようになったのは、味の変化もあるのだと思う。

 楽しいおやつの時間になった。

プロフェッショナル介護人

 この書籍を読んで、確かにここに紹介されている介護職の人はすごいし、プロフェッショナルだと思う。

 ただ、細かいようだけど、少し気になることもあった。

 介護は3Kとか4Kとよく言われますが、私たちのように実際に介護に携わる人間が抱く介護理念と、外部の人が介護職を見る目というのは、ずいぶんと違うと感じます。
 介護の仕事には排泄の介助もある、厳しく、辛い職場環境。お給料も低い。介護の仕事に従事していない人はそれらのことに目が行くと思います。(中略)
 しかし、実際に介護の仕事に従事している私たちは、それらのことはすべて飲み込んだうえで仕事をしています。厳しいことは知っているし、お給料も最初に提示したものを納得したうえで仕事に就いています。
 それらのことに否定的になったら、恐らく離職していくでしょう。介護職を自らに与えられた仕事として真剣かつ謙虚に受け止めている人は、それらを全部含めたうえで、介護業界に飛び込んできています。 

(『プロフェッショナル介護人』より)

 ただ、現時点で、明らかに一般的な仕事よりも平均年収が少ない介護職を、生活の面などで続けられない方もいらしゃるはずで、それは、その人自身の問題とは言えない部分もあるのに、こうして「プロフェッショナル介護人」といわれる方に指摘されてしまうと、何か、落伍者のような印象にならないだろうか、とちょっと心配になる。

 現在の問題点に関しては、巻末の対談で話されている。

対談:ジャーナリスト 谷本有香×木下博之 

 木下は、この本の著者で、介護施設の経営者として介護業界と関わり、今は別の世界にいる。谷本は、介護職の問題点を指摘している。

 ふさわしい待遇と報酬と働く環境が整っていないのです。まずこれが第一です。

 施設にいらっしゃる少なくない方が、見ず知らずの私に向かって「どうやったら死ねるの」と真剣に尋ねてこられたんです。そんな不幸な国ってあるだろうかと思いました。それは、介護施設にいらっしゃる方だけではないかもしれない。日本の高齢者たち、もっといえば、この国に住まう人たちが、おしなべて持っている虚無感だとしたら、それはとても恐ろしいと思います。 

(『プロフェッショナル介護人』より)

 これは、この本の舞台になっている施設ではないが、実際に家族介護者として谷本が関わった現実でもあった。

 入居者との気持ちの溝が埋まっていないとするならば、その理由の一つは施設で働いている方々があまりにも忙しすぎるからではないでしょうか。一人一人に向き合う優しさを持ち合わせている職員の皆さんに余裕がない。そのためにも介護職員の待遇改善は必要です。

(『プロフェッショナル介護人』より)

 こうした谷本のまっすぐな指摘に対して、木下は、正面からは答えていないように思えた。

 現時点では、介護業界にいないだけに、余計に、待遇改善に対して明言してほしかったし、木下は今も社会的に力がある人のようなので、そのことを社会に訴え、そして、再び、優れた介護職=「プロフェッショナル介護人」を集めて、その仕事にふさわしい高収入が得られる施設をつくってくれれば、本当にありがたいことなのに、と思ってしまった。

 そうした出来事が、「プロフェッショナル介護人」の本の続編として描かれることがあれば、それこそ介護業界も変わるきっかけになり得るはずだと思うのは、勝手な感想なのだろうか。




(他にも介護のことをいろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)



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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』
 この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。  よろしくお願いいたします。

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