SPY x FAMILYと精神医学: 作中の精神医学ネタを精神科医が解説!
こんにちは あるいはこんばんは 皆様!
鹿冶梟介(かやほうすけ)です。
突然ですが、少年ジャンプ+(プラス)に連載されている漫画「SPY x FAMILY」をご存知でしょうか?
最近までアニメが放送されておりましたが、若者の間でメチャクチャ人気があるそうですね。
我が家の娘もこの漫画(アニメ)が大好きなので、小生も興味本位でこの漫画を読み始めたのが3ヶ月前…。
スリリングかつコミカルな内容に直ぐ惹き込まれましたが、小生はこの漫画のある点に強い関心を抱きました。
それは、このSPY×FAMILYという漫画は、精神医学ネタが実に豊富であるということです。
...ということで、この「ニワカファン」の典型である小生が、「SPY x FAMILY」を読み、作中に出てくる精神医学ネタについて簡単に解説したいと思います!
まずは本作の概要と登場人物をご紹介いたします。
尚、ネタバレを含みますのでSPY×FAMILY第1-5巻をお読みになった後に、本記事のご高覧を推奨いたします!
↓漫画、めちゃくちゃ面白いです!
【SPY x FAMILY とは?】
遠藤達哉によるアクションコメディ漫画。
2019年より少年ジャンプ+に連載中。
2022年よりテレビアニメが放送。
【SPY x FAMILYの登場人物】
<ロイド・フォージャー>
本名: 不明
年齢: 不詳
コードネーム: 黄昏(たそがれ)
職業: 西国(ウェスタリア)情報局対東課(WISE)のスパイ
概要: 東国(オスタリア)に潜入し、任務「オペレーションストリクス(梟)」の実行を命じられる。
その任務とは、オスタリアのと党首デズモンドに接触するために、偽装家族を作ってデズモンドの次男ダミアンが通うイーデン校に養子を通わせることである。
ロイドはバーリント総合病院の精神科医として勤務する傍ら、オスタリアで様々なスパイ活動を行う。
偽装家族として、ヨル・フォージャーと偽装結婚し、養子としてアーニャ・フォージャーを養っている。
スパイとしての能力は超一流で、卓越した記憶力、戦闘力、情報収集能力、変装能力、ツッコミ力(?)で、数々のミッションを成功させる。
<ヨル・フォージャー>
本名: ヨル・ブライア
年齢: 27歳
コードネーム: いばら姫
職業: バーリント市役所に務める事務員。しかし、その正体は秘密組織「ガーデン」に所属する殺し屋。
概要: 幼少時に両親を亡くし、弟を養うために殺し屋の仕事を始める。
東国(オスタリア)では、妙齢の女性が独身であるとスパイ容疑がかかるため、ロイド・フォージャーと偽装結婚をすることになる。
性格はおっとりかつ天然ボケであるが、「仕事(暗殺)」の際には人格が変わったかのように冷酷になる。殺し屋としての腕前は超一流で、戦闘能力はロイドを凌駕する。
<アーニャ・フォージャー>
本名: アーニャ(名字は不詳)
年齢: 推定4-5歳?
コードネーム: 被験体007
職業: フォージャー家の長女。しかしその正体は人の心を読む超能力者。
概要:超能力研究の実験体であったが、自ら逃亡し施設や里親の元を転々としていた。ロイドの任務「オペレーションストリクス(梟)」実行のために、ロイド家の養子となる。
基本的に明るく前向きな性格だが、勉強嫌いで成績は不良(アホな子?)。超能力(読心術)でカンニングするなど、ずるい一面もある。
ちなみに、ロイドとヨルはお互いの正体を知らないが、アーニャは超能力により「偽装家族の正体」を知っている。
<ボンド・フォージャー>
本名: ボンド
年齢: 不詳
コードネーム: 被験体8号(プロジェクトアップル)
職業: フォージャー家のペット犬。
概要:白いオスの大型犬。とても賢い犬で、性格は優しく、温厚。
名前はアーニャの好きなアニメ番組「スパイウォーズ」の主人公ボンドマンが由来。旧東国政権時代に「プロジェクト<アップル>」という特殊能力を持つ動物を生み出そうとする実験計画の被験体。
実験により予知能力を持っている。テロリストに利用されようとしたところ、アーニャに気に入られフォージャー家のペットとなる。
ちなみにボンドも、家族の正体を知っている。
ここまでは、SPY x FAMILYを精神医学的に解説するための予備知識と思ってください。
大体、どのような漫画であるかはお分かりいただけたでしょうか?
そして、ここからが本記事の本題です。
作中に出てくるシーンや用語について、精神医学的に解説(ツッコミ)したいと思います!
【患者による暴力】
第1巻 Mission 2
これは、ロイドとヨルが偽装結婚する前のお話。
パーティーに出席しないといけないヨルは、ロイドに「恋人のフリ」をしてパーティーに来てほしいとお願いします。
アーニャを名門イーデン校に入学するためには母親同伴が必須であったため、ロイドはパーティー出席を快諾します(ロイドはヨルに母親役を交換条件としてパーティーに出席することにした)。
しかし、パーティー当日ロイドに”仕事(密輸組織の壊滅)”の依頼があります。
仕事で怪我を負ったロイドは、血まみれでパーティーに参加しますが、その時ロイドの言い訳は…、
...、おそらく一般人からすると、「精神科は危険と隣り合わせ」というイメージがあるため、ロイドはこのような”言い訳”をしたと思いますが、事実はどうなのでしょうか?
少し古いレビューによると、精神科看護師が患者から暴力を受けた割合は米国76%、英国78%、カナダ94%、南アフリカ51%だったそうです(参考文献1)。ちなみに日本における小規模調査では、56.4%という数字が報告されております…。
このように、精神科臨床で医療従事者が患者から暴力を受けるということは、リアルな話なのです…。
ちなみに小生も患者さんから殴られたことがあります(詳しくは、note記事「精神科医、患者に殴られる」を参照)。
【ヒステリー】
同じくSPY x FAMILY 第1巻 mission 2での1シーンです。
ロイドが車でヨルを自宅に送る途中、密輸組織に襲われます。
組織の車がロイドの車に体当たりしたところ、先ほど「急患が少々 暴れて」と嘘をついたロイドは…、
とさらに嘘を重ねます。
「ヒステリー」とは、現在では用いられていない精神医学用語で、今日の診断基準的には転換性障害、もしくは解離性障害を意味しております(ストレスが原因で、さまざまな症状(知覚障害、麻痺、健忘など)が起こる症候群です)。
また俗語においては、激しい怒りや感情を制御できない状態を「ヒステリー」ということがあります。
転換性障害や解離性障害の患者が、車で体当たりしてくることは極めて稀なので、おそらくこのシーンでの「ヒステリー」は"俗語のヒステリー"を意味するのでしょう。
精神医学用語ではなく、思わず"俗語のヒステリー"を使用するあたり、ロイド・フォージャーの「偽装」もまだまだですね...。
【殴打療法】
SPY x FAMILY 第1巻 mission 2での1シーンです。
追いかけてくる密輸組織団をロイドは殴って撃退します。
すると、ヨルは…、
「いいのですか 患者さんを殴ったりして…」
と、ロイドに問います。
すると嘘つきロイドは…、
…と語ります。
この場面を見て、「そんな治療法あるか!?」と信じていない方がほとんどでしょうが、実はあながち「嘘」ではありません。
18世紀初頭のヨーロッパでは、「狂気」は理性を失った野生動物と同じと見做され、道徳的には責任を追いませんでしたが、収容所に閉じ込めて鎖で繋ぎ、殴打、鞭打ちなどが「治療」と称して行われていました(参考文献2)。
また、19世紀の米国では、「ドラペトマニア(drapetomania)」という疾患がありました。これは日本語では「逃亡奴隷精神病」と訳され、「黒人奴隷が逃亡するのは病気」と当時みなされていたそうです…。
勿論、こんなことは全くの出鱈目な話なのですが、当時は「奴隷は従順なもの」という価値観が定着していたため、逃亡する黒人を「精神病」と考えたそうです(詳しくは小生のnote記事を参考に!)。
そして、この「奴隷逃亡病」の治療法として挙げれたのは、「鞭打ち」だったそうです…。なんとも酷い話です(参考文献3)。
しかし、SPY×FAMILYの時代設定は、1960~1970年代なので、ロイド・フォージャーの「殴打療法というのが"最先端"で...」という発言は、時代考証的には間違いです(殴打療法が、かつてあったのは事実です)。
【病院見学】
SPY x FAMILY 第5巻 mission29
アーニャの学校で「興味ある職業」について調べる課題が出されます。
アーニャは父親であるロイドの偽の職業「精神科医」について調べるため、ロイドに勤務先のバーリント総合病院に見学に連れて行ってもらいます。
子供の社会見学のために病院見学をすることは時々行われますが、精神科に関してはあまりないですね…。
(医学生や看護学生の見学はありますが)
実際アーニャが
と要望しますが、ロイドは「プライベートに関わるのでムリ」と返事をします。
【改訂版DSM】
同じく第5巻 mission29 のワンシーン。
「WISE」の女性諜報部員、「フィオナ/夜帳(とばり)」がロイドに書類を手渡します。
彼女は…
と言い、ロイドに任務内容を伝えます…。
このDSMですが、米国精神医学会が作成する「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」の略称で、精神疾患を診断する上での国際的診断基準です。
ちなみに最初のDSMは1952年に発行され、続くDSM-IIは1968年に改訂されております(最新版のDSM-5は2013年)。
SPY×FAMILYの舞台は、おそらく1960-1970年代なので、フィオナが言う「改訂版」とはDSM-IIを意味すると考えられます。
【箱庭療法】
第5巻 mission29の一コマ。
病院見学の途中、ロイドは諜報機関「WISE」から任務依頼を受けるため、アーニャをひとり診察室に残し、箱庭療法で使用される「箱庭」で暇つぶしをするよう言いつけます。
しかし、好奇心旺盛なアーニャは勝手に病院内を探検し始めます。
ロイドが診察室に戻ってくると気づいたアーニャは、あわてて「箱庭」を完成させるのですが…。
その急拵えの箱庭を見たロイドは…、
と、アーニャの心の闇(?)を心配します...。
「箱庭療法」は、心理療法の一種で3歳以上を対象とした療法なのです(本邦では子供を対象とすることが多いです)。
砂が敷き詰められた箱の中にミニュチュア玩具を置き、クライアントは自由に遊んだり表現したりします。
できあがった箱の様子・ストーリーは、クライエントの非言語的な内面を表現すると考えられています。
小生は箱庭療法については、詳しくはありませんが、臨床心理士の先生に、
「グチャグチャな箱庭を作る症例って、何が考えられます?」
と尋ねたところ、「虐待」「災害後のPTSD」などのケースではありえるそうです…。
作中アーニャは適当に箱庭を完成させますが、この「混沌(カオス)」はアーニャの深層心理を表している可能性もあるかもしれません。
何故なら、アーニャは物心ついた頃から”実験体”であり、施設や里親を転々としているからです。
詳細は不明ですが、ひょっとするとアーニャは深い心の傷を抱えているのかも知れませんね…。
そしてその深い心の傷が、アーニャの出生の秘密に関係する…、などと深読みしております。
【SPY×FAMILYは精神科ネタの宝庫】
...と言うことで、ニワカのファンの小生がざっとSPY×FAMILYを読んで気がついた「精神医学ネタ」を解説しました。
ちょっと読んだだけでも、SPY×FAMILYは精神科ネタの宝庫であることがわかりますよね!
ところで、小生のいままでのnote記事をご高覧いただいた読者の皆様の中には…、
「SPY×FAMILYの登場人物で、精神医学的に診断がつく人はいないの?」
という素朴な疑問を抱く方がいると思います。
…はい、一人ほど「確実にメンタルヘルス的にヤバい人物」がいることを認めましょう!
その人物とは…、
またの機会にご紹介しますね!
それでは良いお年を!
【まとめ】
↓そろそろ2023年のカレンダーを準備しないと…。
↓SPY×FAMILYの実写版!?(アーニャ、どこいった…)
【参考文献など】
1.A multinational study of psychiatric nursing staffs' beliefs and concerns about work safety and patient assault. Poster EC, Arch Psychiatr Nurs, 1996
2.Moral treatment. Wikipedia
3.An Early History - African American Mental Health, Jackson V.
4.箱庭療法. Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/箱庭療法
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