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スポーツと精神医学(7): どの運動がうつ病治療に最も有効か?〜海外システマティックレビュー・ネットワークメタ解析の紹介〜

皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。

”スポーツの秋”というキャッチコピーを使うには1-2ヶ月遅れているような気が致しますが、皆様スポーツ・運動をしていますか!?

小生は毎週日曜日には必ず30分程度のジョギングをしておりますが、「運動を嗜む」というには若干心もとない頻度ですね😅

皆様もご存知と思いますが、"運動は心身ともに健康にする"というのは科学的に十分エビデンスがある話です。

運動習慣をお持ちの方の中には、このエビデンスを信じているからこそ、積極的に運動を続けているという方も多いのではないでしょうか?

しかし、運動が心身、特にメンタルヘルスに良い影響を与えるとしても、「どの運動が、どの程度の効果をもたらすのか?」という疑問に対して、明確に答えた論文はこれまで多くありませんでした。

ところが今年にはいり世界五大医学雑誌の一つBMJ(British Journal of Medicine)に、実に興味深い研究結果が掲載されました。

それは過去に発表された運動の抗うつ効果についてランダム化比較試験(RCT)の研究のみを集めたシステマティクレビューのネットワークメタ解析です。

RCT とは、研究対象者をランダムに振り分けて治療法などの効果を検証する研究手法であり、医学の分野において比較的エビデンスレベルが高いとされています。

またメタ解析とは過去に行われた複数の研究結果を統合する手法ですが、これまエビデンスレベルが高い研究なのです。

つまり、RCT + メタ解析 という組み合わせは、「最強のエビデンス」と言えるのです…!

今回のnote記事では人気シリーズ「スポーツと精神医学」の第7回目として、この"最強論文"について解説したいともいます。

なお、データがめちゃくちゃ多いため、研究結果の一部のみをご紹介いたします(詳細にご興味のある方はぜひ原文をお読みください)。


【研究紹介】

Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials. Noetel M et al., BMJ, 2024

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38355154/


<目的>

うつ病治療に最適な運動を、心理療法・抗うつ薬・対照条件と比較することで明らかにする。

<方法>

研究デザイン: システマティックレビューおよびネットワークメタ解析。

データ抽出: Cochrane Library、Medline、Embase、SPORTDiscus、およびPsycINFOからデータを抽出した。

対象とした研究はうつ病の治療として運動を含む無作為化比較試験(RCT)であり、臨床医が"うつ病"と診断したまたは参加者の自己報告によって(例: Beck depression inventory-IIで13点以上)うつ病である可能性が示唆された者を含んだ。

運動については「体力の1つ以上の構成要素を改善または維持するために行われる、計画的、構造化された反復的な身体運動」と定義した。あらゆる比較条件が含まれ、確立された治療(選択的セロトニン再取り込み阻害薬:SSRI)、能動的対照条件(通常のケア、プラセボ錠、ストレッチ、教育的対照、社会的支援)、または待機リスト対照条件に対する効果を定量化できるようにした。

<結果>

合計495群、14,170人が参加した218の研究が解析に組み入れられた。能動的対照(例: 通常のケア、プラセボ錠)と比較して、うつ病の中等度の減少は、ウォーキングまたはジョギング(n=1210、κ=51、Hedges' g -0.62、95%信頼区間-0.80~-0.45)、ヨガ(n=1047、κ=33、g -0.55、-0.73~-0.36)、筋力トレーニング(n=643、κ=22、g -0.49、-0.73~-0.36)、混合有酸素運動(n=1286、κ=51、g -0.43、-0.61~-0.24)、太極拳または気功(n=343、κ=12、g -0.42、-0.65~-0.21)で認められた。運動の効果は、規定された強度に比例した。筋力トレーニングとヨガが最も受け入れやすい方法であるようであった(結果の概要は図1を参照)。

図1:運動、認知行動療法、SSRIによるうつ病治療効果の比較
文献1を改変して掲載

<結論>

ウォーキングまたはジョギング、ヨガ、筋力トレーニングは、うつ病の中心的な治療法として心理療法や抗うつ薬と同様に治療選択肢に一つになるかもしれない。


【鹿冶の考察】

研究結果について補足いたします。

本研究の主な結果は、以下の通りです。

1.ウォーキングまたはジョギングが最もつよい抗うつ効果がある。
2.それ以外の運動としてはヨガ、筋トレなども効果があるがドングリの背比べ。
3.運動による抗うつ効果は抗うつ剤SSRIに勝るとも劣らない。
4.何もしないと鬱症状は悪化する。

おそらく「ウォーキングやジョギングに抗うつ効果がある」という結果については、皆様もご想像した通りと思いますが、SSRI(抗うつ剤)単独と同等以上の効果がるというのは驚きですよね!

こう考えると、鬱病治療には抗うつ剤も精神科も不要では...!?と思われるかもしれませんが、ちょっと待ってほしい!!

冒頭で「RCTと(中略)比較的エビデンスレベルが高い研究」と説明しましたが、運動実験に関してはほとんど実験者側の盲検化ができないこと、メタ解析ではあるがそれぞれの実験の条件が異なることなど問題点があります。

またこの手の運動実験ではあるあるな限界なのですが、「運動できないぐらい重症なうつ病」「希死念慮の高いケース」などはほとんどの実験で参加できないと思います。

従って、恐らくはこのRCTメタ解析は「軽症のうつ病」を対象としている可能性が高いと思います。

何が言いたいかと言うと、運動療法は万能ではなくうつ病の重症度を加味せねばならない...、ということです。

中等症から重症のうつ病患者さんに、治療開始時から「うつ病に良いからジョギングしよう」と提案してもうつ症状を悪化させるだけと思います。

(病初期に運動療法を開始すると、患者さんは「運動しないと」というプレッシャーを感じ、帰ってうつ病が悪化するのです)

運動療法の導入時期については、主治医と相談の上で始めるのが適切と小生は思います。

また今回は掘り下げませんでしたが、健常者であっても習慣的運動はうつ病予防につながるので、明日からでも是非運動を始めてみましょう!


【まとめ】

・運動がうつ病に及ぼす効果をRCTで検証した研究のシステマティックレビュー・ネットワークメタ解析の結果をご紹介しました。
・本研究によると、ウォーキングまたはジョギングが最もつよい抗うつ効果があり、その効果は抗うつ薬SSRIに勝るとも劣らない結果でした。
・しかし、おそらくこれらのデータは「運動ができるぐらい軽症のうつ病」を対象としており、すべてのうつ病患者さんに適応できるかは慎重な判断が必要と感じます。
・運動療法はリスクが少ない治療法ですが、うつ病患者さんが始める場合には主治医とよく相談しましょう。

【参考文献など】

1.Effect of exercise for depression: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials. Noetel M et al., BMJ, 2024


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精神科医・鹿冶梟介(かやほうすけ)
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