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川端堂おすすめの書籍

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東京・神保町のシェア型書店「SOLIDA」の棚主「川端堂」です。気に入った本をこちらのマガジンでご紹介します。随時更新していきます。既に売れてしまった本や、手放すのが惜しく販売し…
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記事一覧

ノーベル文学賞を取る? 中国の作家、残雪。 短編集《西双版納的女神》(シーサンパンナの女神)を手に取ってみた

10月10日に2024年のノーベル文学賞の受賞者が発表されます。事前予想では中国の作家、残雪氏の名前があがっているそうです。 そこで以前に買ったまま「積ん読」になっていた短編集《西双版納的女神》(シーサンパンナの女神)を慌てて本棚から取り出してみました。 短編集だから面白そうなものからつまみ読みを始めたところですが、早くも悪夢にうなされそうな気分です。もちろんこれは褒め言葉です。良い小説は、夢に出てくるぐらい読者の心に響くもんですよね。 この短編集は2022年に発刊されまし

中国の作家・残雪〜テンポの良さが気持ちいい

さてノーベル文学賞発表(10月10日)を前に「今年は中国の残雪氏が有力!」という世評を聞き、慌てて彼女の作品を読み始めた私ですが、前回ご紹介した短編に続き、もう一つ短編を読んでみました。 手元にあるのは2年ほど前に中国で買って未読だった短編集《西双版納的女神》(シーサンパンナの女神)です。中国語ネイティブではない私でも短編集なら読みやすそうだと思って買っていたのでした。 前回の投稿ではこの本の冒頭に収められた短編「宝蔵地帯」をご紹介しました。氷雪に閉ざされる北の街が舞台で

100年前の痛快な温泉ガイド 田山花袋『温泉めぐり』

田山花袋の『温泉めぐり』は、そのありきたりなタイトルからは想像できない、痛快な旅行ガイド本です。大正時代に出版され、読みやすい表記で岩波文庫に入っています。 まず情報量がすごい。北海道から九州まで、各地の温泉を訪ねています。温泉宿や接客の様子、泉質、周辺の町や村の様子、風景などを細かく記しています。当時の有名な温泉地はだいたい網羅しているのではないでしょうか。 そして温泉に対する評価が率直です。「伊香保は東京附近では、箱根についで、好い温泉場だ」という感じで勝手にランキン

テレマークスキー文学の最高峰『魔の山』

トーマス・マンの『魔の山』。このあまりにも有名な小説を、私は「テレマークスキー文学の最高峰」と勝手に認定しております!(ただしこの文章の最後に注意事項あり) テレマークスキーとは、クロスカントリースキーのように、かかとが外れているスキーです。雪山を歩いたり登ったり滑ったりする山スキーに適しています。斜面を滑り降りるときは、両脚に前後差をつけたテレマークターンという独特な技術を用います。日本にも少数ながら根強い愛好家がいる。私もそのひとりです。 『魔の山』の後半、第六章には

カヤックの経験はないけどこの本は面白い 『海旅入門』

きょうは『海旅入門』(著:川﨑航洋、イラスト:川﨑あっこ)というシーカヤックの入門書をご紹介します。 わたしはシーカヤックをやったことがなく、正直言って近々やる予定もないのですが、この本は面白い。海旅への憧れをかき立ててくれました。 本書の後半に収められている実際の海旅の記録を読むと、陸の旅とは別の世界があることが分かります。例えば島根半島の周囲を漕ぐ海旅。著者は夫婦で稲佐の浜から日本海岸を東へ漕ぎ、途中2泊のキャンプを経て境港まで回り込んでいます。舟でしか行けない入江もあ

岩手県・鳥越竹細工の魅力が詰まった本『かごを編む』 

世田谷美術館の企画展「民藝 MINGEI」を見て岩手県・鳥越の竹細工に興味を持ったわたしは、さっそく『かごを編む』(文:堀惠栄子、写真:在本彌生)を買って読んでみました。柴田恵さんという現地の職人をクローズアップして鳥越竹細工を紹介した本です。 岩手県一戸町の鳥越竹細工は作り手の高齢化が進んでいる上、材料であるスズタケの減少という危機に瀕しているそうです。なんでも120年周期で起きる大量枯死現象の可能性があるとのことですが、詳しい原因は分からないそうです。 柴田さんは自分

【書籍紹介】『手仕事をめぐる大人旅ノート』(著:堀川波)

工芸作家・イラストレーターとして活躍する著者が3週間にわたりロンドン、バルト三国などを巡った旅の記録です。12年ぶりに再取得したパスポート、新調したスーツケース、息子に借りたリュックサック…。海外旅行には不慣れで英語も苦手という著者が、Google翻訳を駆使して歩き回ります。 インスタで知り合ったロンドンの毛糸店に依頼されてワークショップを開き、ラトビアの「森の民芸市」で白樺細工を買い込む。アクティブな旅の様子と現地の手工芸品を、ほんわかした挿絵で紹介しています。 それに

カメラ目線の写真に魅かれた『旅をひとさじ』

私たち「川端堂」の最近のおすすめ本は『旅をひとさじ』(文・写真:松本智秋)です。 この本は写真が多くて、いっそ「写真集」と言ってもいいと思うんですが、被写体の人たちがしっかりこちらを見ているのが素晴らしいです。 内容はというと、ユーラシア大陸各地のイスラム系の街を訪ねた一人旅の記録なんですね。 コロナ前の数年間に中国、中央アジア、イラン、レバノン、シリア、ブルガリア、ロシアなどを巡っています。政情不安な地域も多いので、いまでは行きづらい場所も。 現地を散歩し、現地の人と会話

盛岡・中津川の今昔を比べてみました (薗部澄の写真集『北上川』より)

岩手県盛岡市の真ん中を流れる中津川は、地元市民にも観光客にも愛される美しい川です。川沿いに遊歩道があり、周辺には小さな喫茶店やギャラリー、書店や雑貨屋なども多く、散歩にはちょうどいいです。 東京の古書店でだいぶ前に手に入れた『北上川』(平凡社)という写真集に、1950年代の中津川らしき風景が載っていました(中津川は北上川の支流です)。さすがにビルも少なく、お馬さんが歩いてたりしてのどかです。たぶん「上の橋」のあたりから写したものではないでしょうか。 左上に見えるのは東北電

木々が語り掛けてくるような写真集: 畠山直哉『津波の木』

今年3月に出た畠山直哉氏の写真集『津波の木』をすぐに買いました。東日本大震災で津波に遭っても残った木々の姿を撮影したものです。岩手、宮城、福島の沿岸を巡ったそうです。 枯れたものもあれば、元気に茂っているものもある。枯れ木はまるで白骨のようにも見えます。 ページをめくるたびに、いろんな木の写真が現れる。立ち姿はさまざまです。1本だけで何かに抗うように屹立しているものもあれば、何本かが集まって身を寄せ合っているような木々もある。まるで夫婦のように見える2本の木もあります。

胃の調子が悪い夏目漱石による旅行記「満韓ところどころ」

岩波文庫『漱石紀行文集』に、夏目漱石の旧満州訪問記「満韓ところどころ」が収められています。 これ読んでみると、行く先々で満鉄総裁や旧友などが歓迎してくれる接待旅行なんですね。現地でブイブイ言わせていた当時の日本人社会の雰囲気が分かります。温泉地がけっこうあるのは意外でした。今でも残っているのかしら。ただ、漱石の斜に構えた文体が、接待旅行の贅沢感をやわらげています。 あと旅の間じゅう、漱石はずっと胃の調子が悪いんですよね。胃の話が多い。後年、胃潰瘍で倒れてますから、ほんとう

抜群に面白い撮影旅行記。 芳賀日出男『秘境旅行』

最近読んだ文庫で面白かったのは写真家・芳賀日出男の『秘境旅行』(角川ソフィア文庫)です。日本各地を1950~60年代に撮影してまわった記録をまとめたものです。 「秘境」というと少しおどろおどろしいイメージかもしれませんが、この本が取り上げているのは伝統を残しながら暮らしている普通の人々の生活です。 沖縄や奄美の島々の生活、五島列島のかくれキリシタン、能登・舳倉島の海女、美しい盆踊りが残る秋田県・西馬音内や伊豆半島・妻良、いたこで有名な青森県・恐山などなど。豊富な写真を添え

四半世紀前の事典を買う理由

こないだ神保町でこれを買いました。探していた事典です。 この事典、好きなんですよねえ。ずっと愛用していたのですが引越しの繰り返しのどさくさで見当たらなくなっていたのです。 試しに「餃子」って引いてみましょうか。 「挽き肉や野菜などを小麦粉を練った皮に三日月状に包み、水煮または蒸したもの」という一文に始まり、長い歴史の中で呼び名が変遷したことや、具の種類にもいろいろあることなどを詳しく説明しています。 その後がちょっときわどいです。「餃子はロシアに渡りペリメニと呼ばれ、イ

『死ぬまでに行きたい海』・・・連続したスナップ写真のような

岸本佐知子著『死ぬまでに行きたい海』を読んだ。 著者はこのエッセーで、子どものころ、あるいは若いころに見た光景を思い出しながら各地を再訪している。目に飛び込んできたものを読点や体言止めでテンポよく描写する文章は、あたかも連続したスナップ写真のようだ。 些細な記憶まで「ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていてほしい」と著者は吐露している。きっと過去の記憶も、再訪して目にした風景も、どんどん写真を撮るように記憶に留めているのだろう。 そういえば各章に添えられた写真は著者が自分で撮