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9月は洗濯を待ちながら(めぐみ)

洗濯を待ちながら書く9月。
2日に1度洗濯するのでそんなペースで書けたら。

名古屋は涼しくなっていた。
戻ったら大阪も風が吹いていて秋を感じた。
愛読している日記の書き手の人もそのことを書いていて同じだと思い、うれしくなった。

9/29(金)

JRが信号機の不調で、急行や快速以外の普通列車が止まったため、1時間目と2時間目の授業がなくなった。
通学にJRを使う生徒が多く、来られない人が多いための措置。3時間目の時間には徐々に復旧してきたので生徒も集まり始めた。

通勤にJRを使う先生達は、車内で長時間待たされたり、大阪駅まで出て他社に乗り換えるなど大きく迂回したりして、へとへとになって何時間も遅れてやって来た。
みんな立派な社会人。
自分だったら途中で気持ち悪くなって帰ってしまうかもしれないと思う🤢それぐらい、そういうことが苦手だ。
というか、それぐらいの感じでいいのではないかと思う。行けないから休もう。
この学校にかぎらず会社員たちはみんな真面目だから、振替運転を行っている隣の遠い駅に向かって一生懸命歩いていくのを私も見た。
JRはすぐに止まるのでとにかくいつも大変そうだ。

私はJRを使わないので朝からいつも通り学校に行った。
職員室では、1時間カット……2時間目もカットで…という決定が下されるまでじりじりと待ちながら大喜びする、というのを繰り返した。
というのは、今はとにかくテストを作る時間が必要だから。
授業時間が勤務時間だと言うのなら、授業時間中ににテストを作るのが、理にかなっていると思う。
それ以外は私の時間なのであり、お金の出ない残業はやっちゃいけない!🤑

授業がなくなる特別感には職員室もたしかに浮き足立っており、みんなそわそわしていた。共通の懸念があってみんなで会話するのがよかった。
普段はチャイムが鳴ったら個々に教室に散っていくだけだからだれとも話さないこともある。そんなのはつまらないと思ってるのに。
時々こういうことがあるのはいいことだけど(JRの人には悪いけど)、私は車中に閉じ込めとか満員とかは無理だから必ず現地に着いていたいので、これからもJRを通勤に使う職場は絶対やめよう! やめよう絶対!絶対!絶対!と強く決意した。


9/28(木)

頭をフル回転させた。
というよりも回転してなきゃいけないのにあまり動かなかった1日。
テスト考えるの精一杯。楽しい。精一杯楽しい。

難しいことを考えるのが好きだ。答えのないことも。

考えることが多い。
考えるためのスケジュールを考えるのが大嫌いだ。
学校はうるさくて思考できないから帰って自分の時間を使う…のが嫌だ。

テスト制作費は出ない無報酬労働。だからたびたびやる気が削がれる。
今回は仲間がいるからやっている。
一人だったらやってない。
すばらしい、高度で、ユーモアと学びのある、面白いテストができるだろう。
ということは、一人だったらこのすばらしいテストは生まれていないのか。そうです。
それってどうなんだろう。
能力と意志はあるのに、給料が低いからやっていない。これは特別手当てが出るべき業務だから。それによって、生まれるべきものが生まれない。その生まれなかったものはどこに行くのだろう。

今回は、仲間がいることにより、やりがい搾取の実態には目をつぶることにした。
…のは何でだろうと考える。

無報酬労働による不利益や不満は、おそらく、仲間とともにすばらしい作品(テスト)を創作する経験が凌駕するだろうという直観がはたらいたためだ。

でも、思考する時間や労力はあまりに私の生活を侵食するため、やはり理不尽さへの憤りと学校への怒りが募る。

愛とユーモアのため、牧野富太郎をテストに入れることにする。

🌱

9/25(月)

急いでスーパーに寄った後、電車に乗ってから、電車に乗る人とは思えない量の買い物をしてしまったことに気付いた。たまにいる、電車に乗ってスーパーに行く人みたい。つまり激重。
今は午後3時が一番暑い時間帯なのだというのも実感としてのしかかるようだった。

スーパーに行くのと洗濯がマストで毎日やることが多いからこれ以上働けない。

日曜夜に、妹が前日の土曜日ことについて3人のグループラインで母に謝り、母は1日モヤモヤしてたと返して、私は母はモヤモヤしててえらいねと送った。

土曜日、私は、同席していたザ・悩まない人につい遠慮して直接怒りをぶつけることができず、母にだけ責めるようなことを言ってしまった。
昨日はその罪悪感に蓋をして、グループに不在の悩まない人への不満をぶちまけ始めたら止まらなくなった。人への怒りにかこつけて本当にむかついていたのは不甲斐なかった自分自身に対してで、悔しくて悔しくて泣けてきた。

妹からは、姉さんの怒りはもっともだという返事が来たが、母からは何も返ってこなかった。何て返せばいいのかわからなかったのだと思う。

1日経って今日の夕方、母からグループラインに『今日彼岸花を見た! 関係ない話でゴメン! 伝えたかったんで!』と送られてきて笑った。
ちゃんとわかってるんだなと思った。


9/24(日)

友達と相談してオードリーの東京ドームライブに行くことにした

9/23(土)

妹と鶴舞公園を散歩した。

何とも夢のような書き出しだ。でも本当だ。
公園周りが新しくなったというので見に行ったのだった。

幽霊のいそうな柳



新しくできた蕎麦屋で蕎麦と鮪の漬け丼を食べながら、昨日の運動会の話を聞いた。
日本酒を飲んだ。


おしゃれマッチョな店

育ってきた環境が違うから 好き嫌いは否めないいい~♪

すべての結婚は国際結婚だ。
と上野千鶴子が言っていた。

私は、妹の夫の実家の人達が嫌いだ。
せめて普通であってくれたらよかったのに。
普通でいいのに。
彼らはあまりに悪魔的で、常にこちらがひたすら削られる。

公園の横にある大きな鶴舞図書館に行って、『教育』『人権』の棚から『男性学』のコーナーを見つけ出して妹を呼んだ。

こういう本を○○君(妹の夫)にあげたいんだけど、本は無理なのかな? 

と聞くと、

本は無理かもしれない。漫画ならいけるかも。

と言った。

それで、棚にあった『男との付き合い方がわからない』(水谷緑)を見せたら、「いいかも」と答えるから、「じゃあ今度買うわ」と言ったら、「私が買うわ」と妹が言い、試しに借りてみることにして、妹が図書館のカードを作った。
鶴舞図書館は愛知県内で2番目に大きな図書館だから名古屋市民じゃなくても県内に住んでいる人なら借りられる、と知って感激した。

🔽めっちゃいい本

🔽千鶴子は正しい…



9/22(金)

6:30に這い出して洗濯をした。流れで起きる。

名古屋に帰るのを迷う
名古屋に帰る時間を迷う

叔母さんに声をかけて会った方がいいのか迷う
あるいは、映画でも誘った方が唐突すぎなくてよいのではないか迷う

『福田村』も、
『Winny』(伏見ミリオン座で特別上映。かよちゃんが言ってたな~見たいな~東出君最近気になるな~)も、
『ほつれる』も、
『国葬の日』も、
全然いい時間にやってない。
これは映画の日じゃないってことなのか。
チリのアニメ『オオカミの家』が気になった。ポスターが怖くて気になった。

11:00の特急ひのとりに乗った。
結局、叔母さんには連絡していない。
名古屋に着いたら本屋に行かなくてはならない。
妹の子どもの誕生日プレゼント。
🚃
本屋で目当ての絵本を見つけた後、妹と夫に、とくに夫に!読めよと渡すための本を探して歩いた。
「男の子を育てるにあたって注意すること」について学んでほしくて、私はそんなことばかりしている。
そして結局全っっ然伝わらないんだなあ!
それでもこれならと吟味に吟味を重ねて1冊買う。
私はもう知っている男性学や、男性がマッチョ思想にとらわれる原因やその問題点、抜け出し方について。自分はもう知ってることについて書かれた本を買うなんてバカみたいだ。相手は本を読む人でもないのに。むなしい。しかし妹と子どものことを思うとやらないわけにはいかない。

デパ地下でチーズケーキを買って電車に乗り、母に駅まで迎えに来てもらった。

今日母は孫の幼稚園の運動会を見に行ったから、その話を聞かなければならない。クセの強いタイプの向こうの家の人たちも来たらしいので心配。


9/21②

序盤に明かされるのだが、実は又吉くんは自分の書いた文章を読むのが大好きらしい。読むのが上手くはないけど大好きなんです。気持ちよかった~~と言うのを聞いて、大笑いした。

自分の文章読むの好きでいいんだ。私も朗読会したいなあ!

9/21(木)

又吉直樹の朗読会を聴きに姫路に行った。



友達としゃべっていたからあっという間だったが姫路は遠い。大阪からJRで1.5時間のはずが、気付いたら2時間かかっていた。新快速に乗ったと思うのだが間違えたのかもしれない。

17:50に姫路駅に着いて5秒ぐらい相談してホームにあった駅そばを夕食とすることにした。
甘辛牛すじそば。
10分で食べた。
友達は、立ち食いそば初めて! と言っていた。
私は3回目ぐらい。
まあまあだった。

18:00開場、自由席だから、本当は早く行きたかったけど長時間並ぶ元気があるかというときびしかったし、私の熱のこもった「好き」に友達を巻き込むのも悪いと思ったから、ちょうどいい流れだった。

姫路は小雨で、グーグルマップを見ながら歩くのが少しだけ大変だったが駅を出たらすぐに道が広くなり人が激減した。なぜか少しほっとした。

気持ちの上で迷いながらマップを頼りに直進し、何とかたどり着いた大ホールアクリエ姫路は、なんと姫路駅から巨大な通路でつながっていた。
グーグルマップは直通通路を教えてくれない!
AI(グーグルマップ)には穴や抜け漏れがあり、人には及ばないって、最近読んだな…!
人の目で、駅にあったであろうアクリエ姫路への通路の案内を発見するべきだった…!

ということを、友達に大声で話せるぐらいのほっとした気持ちと興奮がようやく訪れた。


巨大なアクリエ姫路


大ホールは満員で、3階席までいっぱいに有象無象の市民で埋め尽くされていた。

2階席から見えた又吉くんは人指し指ぐらいの大きさだった。友達が、オペラグラスがいるねと言った。たしかに。

又吉くんは出てきて挨拶した後すぐに、詩のようなものや、家族についての文章を読んだ。
エッセイで読んだことのあるエピソードもあったが、初めて聴く話もあった。
無料のイベントだから、まさか今日のために書いてきたとは思わないが、新しい文章のような気がした。日々書いているというのはそういうことなのかもしれない。2000人の観客はファンというより一般市民で、朗読会をちゃんと聴けるのだろうかと私は勝手に危ぶんでいたが、又吉くんの文章はちゃんと笑いどころを作っていて聴きやすかった。

一方で、聴かせる気ある? と思うほどの速度と勢いで読むので驚いた。又吉くんの喋りより速かったのではないだろうか。朗読が恥ずかしいのかと思ってしまった。

朗読を聴くのは、集中してぐっと相手に近寄らないといけない。
楽しいけどラクじゃない。
疲れる。けど、ぐっとにじり寄って聴いた。

『謙虚に生きているつもりでいたけど、コロナを機に、誠実に生きなきゃいけないと思った』と言っていた。
わがままに、自分に対して誠実に、自分のしたいことを。

・寝屋川の文化住宅。ぼっとん便所の中にある、怒りをぶちまけていい国。

・天使と悪魔は何が違うんやろ。

司会はパンサーの向井慧だったが、又吉くんがまわしていた。(パンサー向井もよかった。)
又吉くんはシンガーのカネコアヤノさんと話し込んでいても、2000人の観客のことを忘れず、時々笑いで落とすのが上手かった。
笑いどころがあると助かるんだなとおもった。
笑い声をあげることで聴いていることを示せる。参加できる。
そういうところも意識して笑いが差し込まれているんだろうと思った。2000人の無料の観客。

最後のまくし立てるような怒りの朗読は、どんなに散漫な人の目も耳も瞬時にそこにぎゅっと集まった。

カネコさんのかき鳴らすような歌い方に刺激され応えるような朗読だった。



9/20(水)

激しい咳で眠れなかった。
もともと寝付けなかったが、咳き込んで起きて、深夜にクリニックをネット予約した。
ヨガなのに、咳で体力を奪われて行く自信がなかったが、今日しかいけないから行った。
クリニックも今日しかいけないから行く。
昨日の婦人科も昨日行くしかないから行った。
全部週末名古屋のため。

週末名古屋が平日私の希望だったはずなのに、週末名古屋が平日私を追い詰める。
明日夜も遠くまで行くし帰りが遅いから、不安になる。
楽しみよりも不安が勝る。

何の予定もないほうが向いてるのかもしれない。
咳の完治しなさが陰鬱にさせているのか、もともとの性格かわからない。

9/19(火)②

仕事の後、思い立って行った本屋にほしい本が2冊ともあって感動した。西宮北口のジュンク堂書店。
欲しかったのはAIについての本で、西垣通『AI倫理 人工知能は「責任」をとれるのか』、養老孟司『AIの壁 人間の知性を問いなおす』。
AIについて書かれた教材の理解が不十分なのは、自分に知識が無いからだと思ったことと、すごく興味がわいたため。
本当はこれらも研究費として出してもらえたらありがたいが、自分の知識欲とすり替えて自分のことをごまかした。やりがい搾取!!! って言おうと思えば言えるけど、私はこの知識を手に、次の新しい場所へ行くぜと思うことにした。
そして、本はめちゃくちゃおもしろかった。倫理観や道徳心、哲学につながっていた。自分は勉強が好きだしそういう面は誰かに仕向けられたものでなく、また誰にも止められるものでないこともよくわかった。

9/19(火)

罪を告白します。
今日が月曜だと思ってゴミを出してきてしまった。
エレベーターで下に降り、珍しく一番手だと思いながら、畳み込まれていたケージをやや広げてゴミを置いて、カラス避けのシートをかけた。
駅に向かって歩き出し3ブロックほど過ぎた時、カラスを見た。カラスも今日がゴミの日って知ってんだろうなと勝手なことを思った後、今日…月曜日…じゃない、火曜?! 間違えた!!
でももう戻れなかった。
ゴミを引き上げても私が困るしと思ってしまった。
冷凍させた生ゴミ。

冷凍させた生ゴミも2日後にはだるんだるんだろう。
いやそれどころかこの暑さなら2時間後にはすでにげろんげろんのはずだ。
悪気はなかったんですただの勘違いで。
でもわずか3ブロックの道を戻らなかったのには自覚的で。
月曜祝日の罠で……
じゃなくて懺悔懺悔懺悔。
何の罪だろうこれ。
法的なのじゃなくて倫理的に。何がいずれ罰として返ってくるのだろう神様🛐

エレベーターの防犯カメラから突き止められて、帰ったら部屋のドアの前などにゴミがボンッ💢と大家さんによって戻されていたりして…という空想は、そんなことにはなるはずがなく、そのかわりもっと苛烈な罰をいつか下される気がして恐怖した。

帰ったらゴミ置き場にゴミ袋はそのまま置いてあった。本当にすみません。次のゴミの日まであと2日、何ものにも突つかれたり荒らされたりせず、臭いも発せず、無事に物と化しますように。



9/18(月)祝日 敬老の日

イオンで友達と遊んだ。イオンは便利だ。いちじくが買える。私はできる限り多くのいちじくを食べようと決めたのだ。

🎂

数日前に友達が誕生日だったのだが、私はよいプレゼントが見つかっていなかった。早めに行ってイオンに入ってる雑貨屋を見てまわったが、これといったものがない。かわいいと思うものはあるが、ぜひこれ! とか絶対これ! とは思わなかった。
母が夏に作ってくれた手提げにしようかと、その時から思っていたことを改めて思ったが、母に聞きそびれていたし、さらに何らかの加工をしてみたかったけど私の技術では、表側に縫い目が丸出しになるタイプの不格好な内ポケットをつけるぐらいしか思い付かない。友達は喜んでくれるだろうし、私もいいとは思うけど、残念なことに裁縫的気分は訪れなかった。

誕生日プレゼントなんて無理してあげなくてもいいのだとも思う。
でも、お誕生日祝いでケーキを食べよう! と私が誘ったのだ。何かあげたいのに。会いたくて。ケーキは口実。

無策で無品物のまま、待ち合わせの時間になってしまった。

いろいろ考えた結果、ケーキを食べて会計をする際、『ここは私が』とした。
実際には、『ここは私がっ💦』って感じだった。あまり人にご馳走したことがなくあたふたしてしまい、大きな金額でもないくせに、スマートにできたかどうかや、気にさせてないかどうかが気になった。

愛を伝えるのがもっとうまくなりたい。

9/17(日)

11:00。美容院に行った。
日曜日に街に11時に行くのは早すぎる。

私と美容師さんしか居ないのはそのせいかと思ったが、聞くと、今日はそういう日なんですと返ってきた。
「みんなフリーランスで私以外全員結婚してるから日曜日休みたい人たちなんです」らしい。
オーナーも家族がいるから日曜日は二週に1度しか来れないのだという。今日はオーナーが来ない日。
日曜日、誰も都合がつかなかったら店は休み。
働く側の都合優先。
当たり前だよな~と思ったし、それでまわる経済の仕組みじゃなきゃ意味ない。

2時間ずっと2人だった。
コロナ後遺症の話をして、整体や鍼や占いの話を聞いた。

前髪をワイドに切ってもらった。

インボイスの話を聞けばよかったと後から思った。

9/13(水)

ヨガはプラーナーヤーマの日で、瞑想と呼吸が気持ちよかった。

スタバに行ったが書くことがなかった。

9/12(火)

トラブルがあると、人と同じ対象について話す機会が増えるのがいいなと思う。
切実さと明るさを分け合えるのがいいし、人の見解を聞けるのも面白い。

何もなくても本当は話したいけど。

9/11(月)

心配したほどのことはなかった日。

自分のせいの寝不足も、
自分のせいなのかと思ったトラブルも、
自分が話を聞いてほしいと頼んだくせに遅くなることを恐れた帰りの時間も、
全部大したことなかった。
洗濯までした。
平日かつ月曜なのにしっかり目の文章も書いた。

心配しすぎるのは性格だから、なるべく大丈夫大丈夫大丈夫と唱えるようにとかしたいが、心配しすぎた原因の一つには、私のせいだと言われているような言動があったせいだ、電話とかっ! してくんなよわざわざ! 
という怒りは、落ち着いた頃、明日わきます。


9/10(日)

文学フリマ大阪に行った。
知り合いが出展すると言うので、それはぜひ。理由があれば行きたいんだ!
会場では人々のことを羨ましくなったけど、いろいろよかった。人がたくさん来てるのがよかった。


会場の入り口で、何かのイラストが描かれたトートバッグとクリアファイルを手渡され、もらえるならいいやぐらいの気持ちで受け取った。
友達が私の手元を見て「それいるの? いらないなら返しとき!」と言った。
友達の手に、トートバッグはなかった。クリアファイルも持ってない。断ったんだ!
友達のことをわりとぼーっとしてる人だと思ってたのに、わずかな時間で「いる/いらない」を判断し、素早く断り、さらにすかさず私にも目を配り、判断を促してくるなんて驚いた。そして実際、萌え絵っぽい知らないイラストのついたグッズは私もいらないのだった。


友達は、プロじゃない一般人の書き手にやたら詳しく、『本屋さんをしてる○○さん』とか『日本一熱い営業の○○さん』とかの本を見付けては大喜びで買っていた。友達にとっては、プロとかプロじゃないとかはまったく関係がないらしく、ただ面白い文章を読むのが好きなだけ、というそのフラットな目線に私は終始圧倒されていた。

2人で勇気を出して、いつも読んでる日記の書き手の人に声をかけた。
それをきっかけに、私も人とのつながりを増やしたくなった。
こんなこと思うとはね! でも思ってたよね!

来年、大阪か東京の文フリで出展できたらいいよね~~📻️

家に帰ったら、来週姫路で行われる又吉直樹の朗読会with パンサー向井、カネコアヤノの当選ハガキが届いていた。


当たる気はした🎊


9/8(金)

つら…と思うことがあり、頭から離れなくなった。

歯医者に行った時だけ歯に集中した。
麻酔かけてかぶせを取って虫歯治療だから!💉
痛かったらすぐに左手挙げなきゃいけないから!🖐️
耳元で最大級の工事の音がした。

👷‍♀️

考えると、自分に非があるような気がして人にもそう思われているのではないかと落ち込んだ。
かと思えば、自分はまったく悪くないというのが本音かつ事実のような気もした。
するとその場合、自分を守るにはどう行動したらいいのか考え始めてしまい、それは誠実ではないような気がした。

反省するところはして(あるのかな?)、でも、自分のことも守らねばな~🍵


9/7(木)

ジャニーズの会見を全部見た。
かばうつもりはないが、当事者のタレントが表に出てくることに、限界があると思った。聞けることと、言えることが限られてしまう。彼らも当事者で、被害者(加害者)かもしれないのに、立場が先行してしまい、矢面に立たざるをえなくさせて、結果、身の潔白を証明させ、少しでもグレーならば一斉に叩いてやろう! ……とするのは残酷なことに思えた。

9/6(水)

ヨガでおもしろいことがあった。また書こう。

9/5(火)

帰って洗濯した。
その日のうちに乾きたい。必ず太陽で乾かしたいということへの強い意志がある。古くなってきたタオルがくさくならないように。

9/4(月)

朝方、喉が痛くなり目が覚める。鼻水が喉に流れ込んでいることに気付く。
鼻と口の構造的にも、このまま寝転んでいたら上(鼻)から下(喉)に鼻水が落ち続け、治らないことはわかるのだが、時計を見ると5時でまだ起きるわけにはいかないから寝転びながら鼻をかんだ。

6時になり観念して起き上がり鼻を何度もかんでしつこく全部出し尽くしたら、ようやく喉が治った。
鼻水と痰の関係とは、鼻水=痰なのだろうか。
つら…。

朝は毎日名古屋帰りたくなる。
体調が悪いから不安でさみしいのだと思う。
今日は喉痛を鼻をかんで全部出して自力で治してから仕事に行った。
立派だった。

けど、授業や人との交流すべてもう大丈夫だとわかった。たまにある、季節の変わり目、つらい時期の終焉、明けた感。あながち単なる願望でもなく、けっこう当たる。

🚃

夕方、また病院で薬もらってきてしまった。もらったっていうか買ったんだが。

夜、各種飲んだのに、咳が出続ける。
ここで不思議なことが起きる。
寝転んで自分の咳に全集中していたのを、体を起こして、ノートに9月のカレンダー書き始めたら痰と咳が消えた。病に集中しないこと。

9/3(日)③

ドラマ『最高の教師』よかった。

教頭の荒川良々が、学校の屋上から転落して亡くなった生徒(芦田愛菜)のことを記者会見で説明して、
事件性はないと警察には言われているが、誰よりも生きようとした生徒であり、その(死の)原因について、たとえ学校の問題点が明らかになろうとも向き合うつもりだと言明していた。
その上で、責任を負うのは自分であり、マスコミなどの追及の宛先も自分だけにしてほしいとはっきり言っていた。

こんな記者会見、現実世界で、私たちは見たことないよね。羨ましすぎて泣いた。

9/3(日)②

京アニの放火事件の被告を治療した医師のドキュメントを見た。
意識を回復した被告が医師たちに感謝した、という報道を見たことがあったが、現実はそれだけにとどまらない。美談じゃないんだなと思った。

同時に、国の補償がなく、犯罪被害者が自己負担を強いられる現状についても密着していた。国の不備。今自分が払っている税金が、そのためのお金だったらいいのにと思った。


9/3(日)

Eテレ日曜美術館、中谷芙二子(なかやふじこ)、めちゃくちゃよかった。知らなかった!

公共の場に霧を出現させる。
夏場の四条河原町のミストよりももっと大量の。
雲のようで、子どもも大人もなかにはいって遊ぶ。

芸術祭で、霧を神楽に見立てて出現させた時、踊った舞踏家田中泯が、霧は誰にでも経験のあることで、すべての人に何かを思い起こさせる。自分のこととしてとらえさせる。すべての人が何かを感じ、それがそれぞれ違う。と言っていた。
みんなに自分事と思わせることができる表現なんて、これまであったかな!

中谷芙二子は、科学者中谷宇吉郎の娘だという。
『ドミトリーともきんす』に出てきた中谷(なかや)くん!
雪の結晶を最初に人工的に出現させた人。

中谷芙二子の霧の常設展があるらしい。
長野県立美術館と石川県の中谷宇吉郎雪の科学館。
姫路でも秋まで。
行ってみたい!


この映画がみたい。

9/1(金)

彼氏と自分のスマホに、互いの位置情報がわかるようにGPSを入れている、という話を聞いた。
言った瞬間その場が凍り付いたのがわかって、彼女本人も気にしていた。
彼氏が入れたいと言ったらしい。

他の人が、「そんなのはモラハラだからやめた方がいい!」と言った。笑いながら言っていたが強い調子だった。
こうして書きながら、モラハラだ! という言葉はしびれるなーと思う。モラハラだと言われると、その他すべてが色褪せて見え、感覚が麻痺して、共に大声で言いたくなる、「モラハラだ! 」

私もついつい同調したくなったが、GPSの彼女がかわいそうで、黙っていた。
「モラハラだ!」と景気よく糾弾した人は続けて、「 何と言っても自由が大事よ!」と言った。
それには賛成!大大賛成!!
と、私は大きくうなずいた。

9/2(土)

咳で起きた。
何だよ、薬が無くなると途端に再発するなムカつく。コロナ後遺症。
ひとしきりむせ終わるまで、眠れないことが確定する。
常に痰が喉に存在している今の状態が、薬以前と全く同じだと気付く。
3:00かよ。どうすりゃいいんだ。
明日の予定を変えて、病院に薬をもらいに行くか?
くらくらする頭で考え、ホームページで調べたが予約で一杯だった。
この痰が少しずつ溜まって、定期的な激しい咳につながるのだろうなと、咳き込みながらメカニズムを理解した。
そういえば、市川沙央の『ハンチバック』でも主人公は痰を定期的に吸引しなければならない病気だった。

下手なりにティッシュに痰を吐き出すことを繰り返してみる。
こうなってみて初めて、世のおっさん連中が時も場もわきまえず痰を吐き出しまくっているシステムを理解した、つまりそのつど出していかないと激しく咳き込むことになるということ。とはいえ、そんなことはしたくない。
女性が街で痰を吐いているところを見たことがあるか? みんな我慢したり各自でそれなりに対処してんだよっ! 道で吐くな!

と、むやみな怒りがまた沸いてくる。

そのうち眠っていたが、怖い夢を見た。
夢の中で、私は同じマンションの部屋を2つ借りていた。1つ目の部屋が物やごみでいっぱいで入れなくなったからだ。その上、死体を隠していた。家賃も2部屋分払っている。だからお金が貯まらないのか! と、現実世界と妙に一致して腑に落ちる。
普段は死体のことを忘れて生活しているのだが、やっぱり友達に打ち明けて何とかしようとする。部屋の貸し主に、早く1つ目の部屋を明け渡すように言われている。
なんと、母が現れ、何とかしてくれると言う! 死体の処理を!
寝ている私の頭のなかで何をいちばん怖がっていたのかというと、警察に捕まって刑務所に入ることだった。自由がなくなること!!!!
たぶん私が殺した死体の、殺人と隠蔽と処理の罪は考えただけで重そうで、その後の刑務所での長い集団生活は一瞬想像するだけでも恐怖だった。そう思いながら起きたら私の部屋は1個で、死体もなかった。
自由だった。


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