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「私が欲しかったのは居場所だったんだ」。地域留学生が町や学校の人々と触れ合い見つけたものとは

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバでは町や学校とともに、生徒の学びがより促進されるための環境をつくることにも取り組んでいいます。今回はそのなかで出会った1人の女子高校生のことをお話しします。


留学先でも地元に帰っても「私はよそ者?」

留学と聞くと「海外」をメージしがちですが、最近は国内留学の制度も増えています。岩手県の大槌高校が新入生を全国から募集する地域留学制度「はま留学」もその1つ。
カタリバでは2019年度から大槌の町や学校と協働し、大槌高校の生徒の学びを促進する授業づくりを推進しており、はま留学はそのプロジェクトの一環として2020年から始まりました。

埼玉県に住む花音(かのん)さんは、海がある場所で生活してみたいと思い、はま留学に応募。高校1年の4月から民宿に下宿し、大槌高校に通い始めました。クラスメートも地域の人々も花音さんをあたたかく迎え、花音さんも早く大槌町に馴染みたいと、町内のボランティア活動に積極的に参加しました。

しかし、花音さんは次第に「私のアイデンティティはどこにあるんだろう?」と悩むようになったと言います。

「気がつくと『はま留学生』というニックネームで呼ばれていました。親しみを込めて呼んでくれているのはわかっていましたが、名前で呼んでもらえないのは寂しかったです。
同じ頃、連休で地元に帰ったのですが、家族からは「もう大槌の人だね」と言われ、友達には新しい高校でのコミュニティができていて自分の入る隙はないように感じて……。どちらでも自分は『よそ者』になってしまった気がして、私の居場所はどこにあるんだろうと悩みました」(花音さん)

そんな思いが膨らんでいた高校1年の9月、花音さんはカタリバのスタッフから「マイプロジェクト(※)をやってみない?」と声をかけられました。大槌高校では2年生から授業でマイプロジェクトを行いますが、カタリバでははま留学生に、早く地域に馴染めるよう1年生のときからマイプロジェクトをすすめているのです。

※マイプロジェクトは、身の回りの課題や関心をテーマにプロジェクトを立ち上げ、実行することを通して学ぶ探究型学習プログラム。カタリバではマイプロジェクトを全国に広げる活動を行っています。

料理が趣味の花音さんがマイプロジェクトと聞いて最初に思い浮かべたのが、少し前に下宿先の民宿の女将さんが作ってくれた大槌町の郷土料理「すっぷく」でした。

「初めて食べたんですがすごく美味しくて、これを多くの人に知ってもらいたいと思ったんです。そしてそれ以上に、すっぷくを通して大槌の人に自分の存在を知ってもらえたらと思いました」(花音さん)

すっぷくは地域によって具や味が異なるため、花音さんは担任の先生やカタリバスタッフのサポートのもと、3つの地域の家庭にお邪魔して伝統の味を教えてもらいました。さらに、3つのすっぷくの良いとこ取りをした「オリジナルすっぷく」を作り、民宿のランチで提供して多くの人を驚かせたのです。

どんなに頑張っても私は大槌の人にはなれないの?

高校2年生になり、授業で本格的にマイプロジェクトを進めることになった花音さん。オリジナルすっぷくをより多くの人に届けたいと思い、キッチンカーで各地域を回ることを計画しました。しかし、貸してもらえるキッチンカーはなく、営業許可も取れません。

良い方法はないか悩んだ花音さんは、町の公民館で行われていた町民会議に飛び入り参加して相談してみました。

「その場にいた方全員が親身に話を聞いてくれました。そして自治会長さんが「『みんなですっぷく食べる会』を公民館でやって、来れない人には配達したらいいじゃないか」と提案してくれたんです」(花音さん)

イベント前日には、クラスメートや地域の人に手伝ってもらって大量のオリジナルすっぷくを仕込んだ花音さん。当日、公民館に来れない人には配達も行いました。その結果、130食を提供する大イベントとなり、大きな話題となったのです。

それを知ったメディアが取材に訪れ、花音さんは一躍有名に。町を歩くと多くの人が声をかけてくれるようになりました。しかしそれでも、孤独感はなくならなかったと言います。

「いろいろな人が褒めてくれて、それはすごくうれしかったんです。でも、メディアには『県外留学生』と書かれ、周りからは『留学生なのに頑張ってるね』と言われて……。どんなに頑張っても大槌の人にはさせてもらえないのかなと壁を感じました」(花音さん)

「花音ちゃんがいないと意味ない」と言ってもらえて

複雑な思いを抱えたまま、高校2年の2学期が終わろうとしていたある日、公民館イベントを提案してくれた自治会長さんから花音さんに連絡がきました。「新年会ですっぷくを作ってほしい」という依頼でした。

新年会は町民の多くが参加する大イベントです。花音さんもやりたいと思ったものの、年末年始は埼玉に帰る予定だったため断らざるを得ませんでした。すると会長さんがごく自然に「花音ちゃんがいないと意味ないからなあ」とつぶやいたのです。

「大槌に来て初めて花音という名前で呼んでもらえた感じがして、もう本当にうれしくて!自分の家では名前で呼ばれるじゃないですか。その感覚で、なんかぬくもり感じたというか、仲間入りできたと感じられたというか……。
そう思ったとき、私がずっと欲しかったのは、名前で呼んで存在を認めてくれる場所。自分の家と同じように安心できる居場所をつくりたかったんだと気づいたんです」(花音さん)

その後、新年会の日程を花音さんに合わせてもらうことになり、新年会でもすっぷくを振る舞うことが決定。これまでで最大の200食を提供することになりました。

「以前より多くの地域の人やクラスメートにサポートを頼みました。するとあまり接したことがなかった人たちがたくさん参加してくれたんです。参加できなかったクラスメートからも、『やりたいから次も誘って』と言ってもらえて、本当にうれしい気持ちでいっぱいでした。これをきっかけに仲良くなった人がたくさんいます」(花音さん)

花音さんはこのすっぷくプロジェクトを高校生のプロジェクト学習発表会で報告し、高校生特別賞を受賞。さらに、大槌のお土産品として「冷凍すっぷく」を商品化することも決定しました。
現在は、卒業までに冷凍すっぷくを完成させるべく、地元の人と一緒に開発を進めています。

高校卒業後は、東京の調理関係の専門学校に行く予定の花音さん。将来は自分の店を持つのが夢だと語ります。

「高級なお店じゃなくてアットホームな子ども食堂みたいな、誰もが集まれる場所を作りたいんです。みんながいろんなことを話して相談し合える場所。私のように居場所を見つけられない人が『自分の居場所だ』と感じられるお店を作るのが目標です」(花音さん)


花音さんのすっぷくイベントを手伝ったクラスメートの1人は、その時のことをこう振り返ります。
「地域の人の郷土料理への愛着がこんなにも強いと知らなかったので、まだまだ地元のことを知らないなと思った。今まで町内会の活動にはあまり参加していなくて、今回つながりができたのがうれしかったです」

また、花音さんのマイプロジェクトに伴走した先生は……。
「公民館イベントでは、花音が下準備をした後、すっぷく作りのプロであるお母さんたちが気遣って、こっそり味やとろみの加減を確認していたんです。しかし、新年会ではお母さんたちはキッチンに足を踏み入れず、『花音ちゃんの味だから』と見守っているのが印象的でした。
大人が高校生の活動を見守る関係性ができていることに驚くと同時に、地域の大人が『信じて任せる』ことができるようになったことが最も大きな変化だと感じました」

すっぷくプロジェクトは花音さんのみならず、周囲の生徒や大人たちにもポジティブな変化を生み出しているようです。

-文:かきの木のりみ

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