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【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第12話/全12話)
夏休みも後半戦に入った。
キコもシオンも宿題は終わり、最近は気兼ねない雑談やゲーム、好きな漫画の貸し借りなどをしていた。それに、けん玉の練習も少し。
「うまくなってきたね」
「でしょでしょ?弟におしえよっかなー」
「調子乗りすぎだバカ」
「すぐバカにするんだから。普段猫かぶりすぎ」
かっ、かっ、とけん玉の練習を継続するキコの横で、シオンは、はたとけん玉をやめた。手に持ったそれを見つめたまま静か
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第11話/全12話)
緑は酔っぱらうと、時折、離れ離れになった娘の話をする。
そして頻りに謝る。ごめん、ごめんと。シオンはこんなにも緑に思われてるキコのことが心のどこかで羨ましかった。
だまって去ってしまったからまた会いたい、というのはシオンも自覚している本音ではある。しかし無意識に、「緑のために」どんな子に成長しているか確認したい、という気持ちがあったのかもしれない。
同じクラスになったのはもちろん偶然だが、計画通り
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第10話/全12話)
昼時になり、やっと涙が収まったシオンだが、「こんな顔で夏期講習なんか行けるわけない…」ということで、塾は休み、しばらく神社にとどまることにした。
ただただ、二人で鳥居の下の階段に座ってぼーっとしていた。持ってきた宿題もしなければ、スマホを触ることもなく、ぼーっと。
のっそりとシオンは立ち上がり、拝殿の前まで歩いて行った。キコはその姿を目で追う。
「アイさん、北海道の大学に行って、今北海道で一人暮
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第9話/全12話)
キコは朝から体も心もだるかった。これまで、シオンと会える日は足取りが軽かったのに。数学の問題を解きまくっても、英単語の書き取りをしても、読書感想文を書き終えても心が晴れることはなかった。夏休みの宿題を、すべて終えることができたのは良かったけれども。
朝8時。「超早く行って、神社という聖域の中で精神を統一するのだ。そうすりゃきっと、なんとかなる!」と、心の中で叫びながら、過酷な気温の中、キコは自転車
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第7話/全12話)
キコとシオンが次に会えたのは、八月に入ってからのある日の午後だった。
二人とも午前中は部活があったので、制服姿だ。キコは白いセーラー、シオンは薄い水色のYシャツに薄いグレーのスラックスといういでたちで、けん玉をしていた。
森の中の神社に、カッ、カッというけん玉の音が響く。
「7回!7回できたよ、もしかめ!練習では5回までだったから記録更新」
「忘れるな、って言った方ができてないなんて」
「いやそ
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第6話/全12話)
次に会えたのは、夏休みに入って2日目の午前中だった。
けん玉はまだ練習が必要だったので、今回は読書感想文用の本を読むだけだった。たったそれだけなのに、やっぱり楽しかった。
午後からシオンは部活があったため、それぞれ持ってきた昼ご飯を食べて解散となった。
シオンは天文部に所属している。
もともと、高校では運動部に入るつもりはなく、かといって帰宅部も味気ない。それだけの理由で入部したが、星について知
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第5話/全12話)
夏休み前で小学校が早く終わった日のことだった。学校が終わるやいなや帰宅し、けん玉を掴むと、自転車に乗って急いで神社へ向かった。
拝殿前の段に座って涼みながらけん玉を見つめていると、祖父との思い出が次々とよみがえってきた。
優しかった祖父のことを思い出すと、涙がぼとぼとと落ちてきた。キコは無意識に「家族の前では泣いちゃいけない」としていた。その時は「泣いちゃいけない」とは、一切考えなかった。涙が落ち
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第2話/全12話)
6月に入った。衣替えで夏制服になる以外に変化はないように思えたが、朝のホームルームで予告なしの席替えがあり、キコとシオンは窓側の一番後ろの席で隣同士になった。
あれから一週間、朝の挨拶以外は特に接点はなかった。
「大っ嫌い」の意味はよく分からないが、やっぱり気になってもやもやしていた。週1のごみ置き場掃除と月1の会議さえ乗り切ればいいと思っていたのに、これから毎日隣にいることになってしまった。
【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第1話/全12話)
【あらすじ】
地元の高校に通う高校1年生の中村キコは、同じクラスで同じ委員会になった男子生徒から、突然「大っ嫌い」と言われる。しかし、なぜそう言われたのか、全く見当がつかず…。
「大っ嫌い」
時は5月後半のよく晴れた日の放課後、2回目の美化委員会の全体会議の帰り。場所はもうすぐ教室の目の前の廊下。
渡辺シオンは突然立ち止まり、同じクラスで同じ美化委員会に所属する女子生徒の中村キコに、そう言い放