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私の読書●小説家志望の読書日記

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日々の読書の感想・雑記です。 お気軽に覗いていただければ幸いです。
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記事一覧

私の読書●小説家志望の読書日記㉚逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

大変な力作です。 独ソ戦のなか、村を焼き払われ村の人々や母を殺された少女セラフィマは、狙撃兵として前線に立ちます。 彼女にとっての本当の「敵」とは一体なんなのか? それがこの物語のテーマです。 とても読みごたえがあり、かつ日本ではあまり知られていない独ソ戦の凄惨なる実態もつぶさに描かれていきます。 同時に、スターリン体制下のソ連の内部にある矛盾も、揺れ動くセラフィマの心を通して描かれていきます。 ただ、私の意見としては、ラストに腑に落ちない部分を残しました。 ネタバレにな

私の読書●小説家志望の読書日記㉜佐藤究『QJKJQ』

直木賞・山本周五郎賞受賞作『テスカトリポカ』もすごかったですが、今日読了した『QJKJQ』もすごかったです。 「すごかった」を繰り返して語彙貧困をさらけ出してますけど。 こんなに完全に騙されたのは久しぶり。 でも、単にミステリではない深みがあります。 著者が最初は純文学系であったというのもうなずけます。 ミステリとして見たら、荒唐無稽に映るところもある話。 でも、思想的モメントで見るといやでもざわざわと脳みそのひだが動きます。 苦手な人は絶対苦手だと思いますが、ご興味を持

私の読書●小説家志望の読書日記㉛桜木紫乃『ラブレス』

さて、以前からおすすめいただいていた桜木紫乃さん『ラブレス』読了いたしました。桜木さんは直木賞受賞作『ホテル・ローヤル』はあまり面白いと思えなくて、ずっと手が伸びなかったのですが……『ラブレス』は読みごたえがありました。 この作家さん、ときどき文章がおかしい(分かりづらい)のが難点なんですけど、今回はあまりストレスを感じずに、内容に引き込まれました。 最初の方は女(しかも親族関係にある女性たち)の陰々としたお話かと身構えたのですが、読みすすむにしたがって、一人の女性の生き

私の読書●小説家志望の読書日記㉚馳星周『蒼き山嶺』

仕事にしゃかりきにならなければならないのですが、どうしても先が気になって読んでしまいました。 馳星周『蒼き山嶺』。 切なくて悲しくて、心が揺さぶられてしまいました。 なかなかおさまりません。 私の好きな硬派な韓国映画(『シルミド』など)を見たときのような気持ちです。 この作品は、サスペンス要素もありますが、何といっても極限状況の雪山登山の描写が圧巻です。 後半は、主人公とその大学時代の山岳部の友人(とある事情で追われる身となっている)との2人の山行の延々とした描写が続

私の読書●小説家志望の読書日記㉙花村萬月も中村文則も

 今小説は、またしても花村萬月『二進法の犬』を読んでいます。  なんでこの私がヤクザものばかり読んでいるんだろう。でも、面白いので仕方ない。  ただ、この力のある作家、性と暴力と極道を外したごくフツーの小説でも読ませると思うんだけど、それは書く気が起きないんだろうか。まだ数冊読んだくらいだが、この作家のフツーの小説を読んでみたいと思ってしまう。  最近よく読んでいた中村文則もそうなのだが、設定とテイストが皆似通っているんだよね。そう考えると、太宰や芥川はずいぶんいろんなテイ

私の読書●小説家志望の読書日記㉘ドストエフスキー『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』

 「『罪と罰』を読まない」という本がちょっと話題になっているようである。  私は4人の作家のその「読書会」は読んでいないが、ある意味、ドストエフスキーを読まない方がよかったと思うときもある。  なぜか。  あまりにも面白すぎて、他の小説が色あせて、ほどほどにしか楽しめないのである。  ドストエフスキーのとりわけ『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』。  この2つを読んだら、これ以上面白い小説は読めないという悲しい諦観が来てしまう。  若いころ、面白すぎて夜を徹して読んで以来、何度

私の読書●小説家志望の読書日記㉖花村萬月『ワルツ』

 花村萬月『ワルツ』。  面白かった。特に戦後の数年を舞台にして、当時の世相を節々に織り込んでいるところに迫力があった。知らなかったこともたくさんあった。  それはともかく、あんな結末になるなんて。なんだか、死んだ(殺された)城山が、『戦争と平和』のアンドレイ侯爵を思い起こさせた。死んだ者は過去になっていく。  しかし、ワルツ=三角関係の正体は何だったのだろう。単に一人の女性を巡るそれとは少し違う。城山に強く惹きつけられていたのは、最終的に城山を殺した林だったのではないか

私の読書●小説家志望の読書日記㉕ボストン・テラン『神は銃弾』

 ボストン・テラン『神は銃弾』(文春文庫)読了しました。初読みの作家。  アメリカの現代小説です。  最初はあまりに猟奇的で残虐な殺人の描写や子供にたいする筆舌に尽くしがたい虐待に、ある程度読みなれているつもりの私でも気分が悪くなりました。  でも、読みすすむにつれ、最初はほとんど共感できなかった2人の主人公、娘を誘拐された父親のボブと元ジャンキーで犯人を知っているケイスに、だんだん思い入れていくのが不思議で、バッドエンドになって欲しくないと不安でした。  このケイスという女

私の読書●小説家志望の読書日記㉔『私の男』桜庭一樹

 桜庭一樹『私の男』。初読み。  小説の冒頭が、うまいというか、ある種お手本のようで感じ入ったので、引用しておきます。  「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。日暮れよりすこしはやく夜が降りてきた。午後六時過ぎの銀座、並木通り。彼の古びた革靴が、アスファルトを輝かせる水たまりを踏み荒らし、ためらいなく濡れながら近づいてくる。店先のウィンドウにくっついて雨宿りしていたわたしに、ぬすんだ傘を差しだした。その流れるような動きは、傘盗人なのに、落ちぶれ

私の読書●小説家志望の読書日記㉓ 『ヴィヨンの妻』太宰治

   小説家志望と言いながら、こんなのはどうかと自分で思ってしまうのですが、太宰の作品をじっくり読んだことってあまりないんです。  めちゃくちゃに文章がうまいのもあって、つい流れるように読み、かつストーリーテラーでもあるので、さらさら読んでもなんとなくわかったような気になってしまう。  良くも悪くも太宰の才能。  そのなかでこの『ヴィヨンの妻』はわりと分かりにくい部類に入る短編なのではないでしょうか。太宰治の最晩年に書かれた作品ですが、そこには『人間失格』のような暗さは

私の読書●小説家志望の読書日記㉑男性作家と女性(漱石・太宰)

 前回のものに追記するならば、女性をある種の憧れの対象として描き出し成功しているのは、夏目漱石でしょう。『三四郎』の美禰子、『それから』の三千代、『こころ』のお嬢さんの描き方など。  鏡子夫人が「悪妻」であるとの評判もあるので、その反作用のように憧れの女性像を求めたのかとも思われますが、今の自分の知識では定かではないですね。  ちなみに、鏡子夫人悪妻説は、主に弟子たちが言ったことで、現在の視点から言えば、むしろ彼女がはっきりものをいう、さっぱりした気性で、かつ比較的開明的

私の読書●小説家志望の読書日記⑳誉田哲也『ヒトリシズカ』

 誉田哲也『ヒトリシズカ』(双葉文庫)を読了しました。  面白くないことはないんだけど。  ただなんというか、最近やたらサイコパス系の小説が多いのも不満なんですよね。ちょっと安直。やはり、ふつうの人間の中に潜む心理の深層を穿っていくのが小説、というか文学の務めだと思うんですけど。  ところでこの作品、巻末の「解説」の挿話が実はいちばん面白かったりして。 「……男たちは、女性をテーマにした物語や作品を飽きもせずに生んできた。小説に限っても、多くの文学者が『男の作家が女性の心

私の読書●小説家志望の読書日記⑲ 宮部みゆき『火車』

 宮部みゆき『火車』を読んでいるのですが、宮部さんの文章は、比喩がとてもうまいですね。さりげなく、けれど的確なたとえを端々に入れてくる。  しかも、それがいい意味で、実に生活感があるというか一般の人の日常感覚に即したものになっている。これは簡単なようでいて、なかなかできることでないと思います。  比喩というと、ついビジュアル的なものになりがちなのですが、宮部さんのそれはふつうの人がふつうの日常感覚で思い当たるものが多いのです。工夫してそうしているのか、それともわりと自然に

私の読書●小説家志望の読書日記⑱ ベルンハルト・シュリンク『朗読者』

タイトルだけ知っていたベルンハルト・シュリンク『朗読者』(新潮文庫)を昨日から今日にかけ読み、読了。 はじめはありがちな思春期の少年のお話かと思ったが、二部以降でまったく様相を異にした展開となっていく。 ***** 主人公が15歳のとき、初めての肉体関係を持った女性、ハンナ。 彼女を心身ともに夢中で愛した主人公だが、彼女は突如失踪する。 その後、大学で法学を学び、ゼミで裁判所を訪れた彼は、ハンナと再会することになった。 「戦犯」として裁かれるハンナに。 (ネタば