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『8月のソーダ水』【わたしの本棚⑦】

じっくり読む小説もいいけれど、ふと思い立ってページをぱらりとめくれるような本が好きだ。少し疲れたときに手に取りたくなるような、サプリメントのような本。じっと文字を追わなくてもいい、どのページを開いてもいい。そうやってゆったりと読める本が本棚にあると、ただそれだけでほくほくと嬉しい気持ちに包まれる。

詩集、写真集、絵本……。いろいろと買っていると最初の頃は文庫本ばかりだった本棚の中身が、少しずつ緩んでくる。ばらばらの厚み、背の高さ。ぽこぽこと本が弾んでいるようで、それはそれで愛おしい眺めだと思う。

今夜は、そんな私のサプリメントの中の一冊を。



コマツシンヤさんの『8月のソーダ水』。

のどかな海辺の街、翠曜岬(すいようみさき)に暮らすひとりの女の子が過ごす、ちょっぴり不思議で幻想的な日々。穏やかな青に心洗われる、フルカラーのマンガ作品集だ。


このお話で描かれるのは、主人公の女の子、海辺リサの日常。手に汗にぎるような展開や、主人公が大きく成長するような出来事はないけれど、その何の変哲もない日常がたまらなく心地いい。コミックでありながらまるで詩のような世界観はどこまでも透明で、その美しさについため息をついてしまう。


例えば、街の浜辺にやってくるラムネ売りのおじさんは、いつもへんてこな冗談を言う。リサが飲み終わったラムネの瓶の中からビー玉を取り出して欲しいと頼むと、おじさんは木綿のハンカチーフをかけて、手品のようにビー玉を取り出す。そしてリサは、ビー玉にきらりと反射する海の景色を見つめながら、おじさんから聞いた「海のガラス」の話を思い出すのだ。

「たまに昼間でも 満月が見える日が あるだろ
 そんな日に波が砕けて とび散った水玉が
 満月の真似して 固まっちまったのが海のガラスさ」

おじさんの話だから本当かどうかは分からない。そう思っているはずなのに、ラムネを飲んだ日は決まって海の中の夢を見るリサ。大きな真っ白いクジラやたくさんの魚たちと一緒にきらきらと輝く海の中を泳ぐシーンは、いつまでも見つめていたいほど幻想的でありながら爽やかだ。

入道雲の浮かぶ空、水平線、ビー玉、灯台、漂流物、
結晶のような白い街並み、貝殻、昼の月、
ラムネ瓶、海沿いを走る電車、炭酸水、夏の終わりを告げる風……
そんなもの達の詰め合わせのようなマンガが
描けないものかなぁ、と随分前から考えていました。

あとがきのコマツさんの言葉の通り、この本には余すことなく夏が詰め込まれている。すっと爽やかな気持ちになりたいとき、季節がぐるりと回った先の夏が恋しくなったとき、これからも本棚からそっと取り出して、ページをめくりたい。

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