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紙の心臓【ショートショート】
嫌なことは紙に書いてから寝る。そうすると、朝にはきれいさっぱりにとはいかなくても、気持ちが軽くなっていて、なんだかすっきりする気がする。これが幼い頃からの私の習慣だった。
美大時代、初めは絵を描いていた。スケッチブックにカメラやレモンや目玉焼きの絵を描いたり、動物園に行って孔雀のデッサンをしたり、友達を描いたり、花を描いたり、思いつくまま描いていた。
平面では飽き足らず彫塑を専攻してからは、紙に
儚い月の向こう側。(#シロクマ文芸部)
月の色はタバコの煙でグレイに揺れている。まるで今の自分の心を見透かされたようでバツが悪く、月から海に目を逸らす。静まり返った真っ黒な海は、波の音だけが煩いぐらいに響き渡り、その静寂にメスを入れる。月のあかりがぼんやりと辺りを照らす中、砂が靴を重くする。
隣には、タバコを燻らせ海を見つめる彼女が座っている。タバコは僕が作った。手巻きタバコを吸ったことがないという彼女のために巻いて作ったのだ。
きっかけは指。【ショートショート】
Googleストレージが95%です
今日もスマホから警告が流れる。
昔から整理整頓が苦手で、写真も全く整理せず放っておいたら最近頻繁に警告が出るようになって焦る。
こんなゴールデンウィークの天気が良い日に、何で家にこもってスマホで写真整理なんかしてるんだろうと、ほとほと自分のだらしなさが嫌になる。
そもそも、その都度写真を整理しなかった自分が悪いのに、どんどん機嫌が悪くなってくる。
何枚も撮った料
わたしの鏡【ショートショート】
あれから仕事も家事も上の空で何も手につかなくなってしまった。
こんなことが20年前にもあったことを、思い出したくないのに思い出してしまう。
「滋賀ナンバーのベンツ、この間乗り込むとこ見たで。
あれは誰なん?」
ママ友に聞かれ、一瞬耳を疑った。
だって私はもうあの車には随分乗っていない。
「世の中には自分に似た人が3人いるって言うやん、私なわけないよ。」
そう言いつつまさか、と視界がぐらりと揺
【ピリカ文庫】カーディガン【ショートショート】
「結婚したら、もう恋はしないんですか?」
言われた意味が分からず横を振り向く。
「こういう店で働いているということは、結婚されているんですよね?」
「すごいこと聞くね。まあ、人それぞれなんじゃない?」
「ありがとうございました。」
店を出たところで、車で出るお客様を一緒に深くお辞儀をしてお見送りする。今言われたことは何だったんだろう。
この年下の男の子は一体何を言っているんだろう。初対面
【ピリカグランプリ・後夜祭】ETERNITY
ぐるぐると回っている。だんだんと細くなる階段は、一体いつまで続くのだろうとだんだん不安が募る。荒くなってきた自分の息を感じた時、いきなり足が止まった。
どうやら上が渋滞しているようだ。
クリスマス前の自由の女神の中は人で溢れかえっている。
この調子だと展望台へ行くのはだいぶ時間がかかるな。夕食はミュージカルを見た後にゆっくり取った方が良いかもしれない。そんな他愛もないことを逡巡しながら、しばら
Are you famous?【ショートショート800字】
絵に描いたような青い空と、山にかかったHOLLYWOODの看板が丁度部屋から見える。加工したような空色で、まるで窓枠がポスターの額のようだ。
部屋は青と白で統一され、シャワールームはオレンジ色。シャワールームの石鹸までオレンジ色という拘りようだ。
ここはロサンゼルスにあるホテルAbout。
レセプションにはなぜかジュラミンケースが置かれている。
後ろは横長のショーケースになっており、中には
時計【ショートショート800字】
母が泣いている。
父はまたかという顔をしつつ、もらい泣きしそうなのを堪えているように見える。
今日、私は結婚した。
正式に言うと婚姻届けはもう出したのだけれど、今日は結婚式なので、やっぱり今日結婚した、というのも正しい気がする。
浮足立った心とは裏腹に妙に冷静な自分もいて、婚姻届けを出した日と、結婚式を挙げた日と、どちらが結婚記念日になるんだろうかとぼんやり考えていたりする。
夫になった